時給1100円 派遣社員
「……佐藤さん。これ、今日の定時までにシュレッダーお願いね。あ、それからこの会議資料の差し替え、百人分。派遣さんなんだから、時間はたっぷりあるでしょ?」
デスクに積み上げられた、エベレストかと思うような紙の山。
目の前で嫌味な笑みを浮かべるのは、営業事務の主、通称「お局三連星」の一人、山根さんだ。
「……承知いたしました。山根さん。ちなみに、私の契約上、シュレッダーは業務外なんですが」
「あら、嫌だわ。そんな細かいこと言ってると、次の契約更新、難しくなっちゃうんじゃないかしら?」
嫌な沈黙。私は心の中で、山根さんの顔面に向かって、最高精度のキーボード叩きを披露する自分を想像した。
(時給1100円。この金額で、私の尊厳まで買い叩けると思うなよ……!)
私の名前は、佐藤花。
某大手IT企業『ヴィンセント・ホールディングス』に送り込まれた、使い捨ての派遣社員だ。
昼休み、私は非常階段の踊り場で、冷えたコンビニのおにぎりを齧っていた。
「はぁ……。どっかに落ちてないかな。性格は最悪だけど、顔だけは国宝級に良くて、私の才能を勝手に見抜いてくれる、都合のいい大富豪……」
「……落ちてはいないな。ここに立っているだけで。」
「ぶっ!!」
背後から響いたのは、チェロの低音をさらに冷たく研ぎ澄ませたような、暴力的にいい声。
慌てて振り返った私は、危うくおにぎりのシーチキンを喉に詰まらせそうになった。
そこに立っていたのは、わが社の頂点。
若きCEO、九条 蓮だった。
「しゃ、しゃ、社長!? なぜこんな階段に……」
「騒がしい。空気が振動するだけで不快だ。」
九条社長は私を見ようともせず、手元のタブレットに視線を落としている。
実物は、社内報の写真の100倍は酷かった。いや、凄まじかった。
鋭いカミソリのように整ったフェイスライン。眼鏡の奥にある瞳は、北極の氷をそのまま嵌め込んだように冷ややかだ。その鼻筋があまりに完璧すぎて、定規で測っても誤差が出ないのではないかと疑いたくなる。
彼は一度だけ私に視線を向けた。
それは、道端に転がる石ころの成分を分析するような、血の通わない視線だった。
「佐藤、花。……時給1100円の割には、タイピングの速度だけは評価できるな。3階の角のデスク、あそこで死ぬまでキーボードを叩いていろ。」
「えっ、名前、知ってるんですか?」
「私の城にいる個体のデータは、すべて頭に入っている。……だが、効率が悪い。君が今やっている資料の差し替え、マクロを使えば3分で終わるはずだ。無能を努力でカバーするのは勝手だが、時間は有限だぞ、アリ。」
社長はそれだけ言うと、一陣の冷気を残して立ち去った。
「…………アリ?」
手に持っていたおにぎりが、震えた。
お局に虐げられ、社長には虫扱い。
(……いいわよ。やってやろうじゃない。その、マクロだかマグロだか知らないけど、あんたが『効率の塊』だって認めるまで、このアリの底力、見せつけてやるんだから!)
こうして、私と「顔面国宝ドS社長」の、ひねくれたサクセスストーリーが幕を開けた。
次回予告:
社長に言われた「マクロ」を独学で習得した花。お局たちの嫌がらせを光速で片付け始めるが、さらなる理不尽が彼女を襲う!




