【Tips】遠近未来予測演算機構ゼノン
――ザイオンテック日本支社、地下。
厳重に封印された『オメガ・ラボ』にて。
研究所の壁には無数の機械が不規則に組み込まれて、天井を走る送電線が血管のようにふしくれ立ちうねっている。
中央に設置されたのは巨大なカプセル。
カプセルはほのかに緑色の光を放ち、内部では液体が循環していた。
中には一糸まとわぬ姿の女性が浸かっている。
完璧に均整がとれた肉体。
還精補脳の房中術を極めて、数千年の寿命を得た妖怪。
性命双修、不老長生、金丹太要――
女丹の祖たる身体は、女性としての究極の形態を手中としている。
美しき銀髪、蒼玉の瞳。
なまめかしい肌にふくよかな双丘。
天才児が石から彫り出した彫刻の如き肢体である。
その姿は、いくらか熟れた点を除けば瓜二つだった――
カプセルの前に立つ罪園リアムと。
罪園は予言の詩を唱える。
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先触れはアークザイン
天理を裂く者、光輝の鎧――
至天の使者の一閃、定命の民を焼き尽くす
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予言を聞き終えた若々しい容姿の「老婆」は、つまらなそうに顔をしかめる。
彼女が口を動かすと、カプセルの外のスピーカーから声が流れた。
「――くだらぬ。死んでおらぬではないか」
罪園は冷たい声で指摘する。
「”定命の民を焼き尽くす”の一節ですか?」
「応とも、よ。どうせ生きていてもゴミのような命じゃ。大した使い道も無い。間引かれてくれた方が緊張感も増すというもの。天運も、つまらぬ方に転んだな」
「否定します。
人命が助かることの何がいけないと?」
「どのみち『神の石檻』はベスシオンが来襲する頃には持たぬ。今、あやつらの命がいくらかでも助かったとて、最終的な帳尻は合う形になっているのじゃ。だとしたら、犠牲が出てくれた方が政治家連中も有事の法案を通しやすくなる。冒険者の死と引き換えに愚民どもの危機感を煽るにはちょうど良い予定……じゃったのに、のう」
外道の発言に罪園は鼻白んだ。
「母さま。冒険者は――皆、貴重な戦力のはず」
「どうじゃろうなァ。
まぁ、汝の執心している餓鬼は拾い物じゃな」
研究所内のモニターに一人の青年が映る。
冒険者「イモータル・リュウ」――
本名、以東 涼。
「アークザインの襲来が早まった原因がこやつにあるのかは、ゼノンに解析させている途中じゃが……本来の予測には存在しないファクターなのは間違いないじゃろう。この外れ値めが、汝や、A級のくたばり損ない共と組んだことで、第一層到達前にコアの破壊が間に合った――そのために第一層で待機していた冒険者の命が助かってしまった。ゼノンの予測が外れた原因は、この餓鬼にあるんじゃろうて」
遠近未来予測演算機構ゼノン――
ザイオンテックが開発中の高機能AIである。
「ふん、まぁ良いわ。よいか、リアムよ。これでセプテントリオンは単独踏破を諦める、そこまでは規定路線――次は徒党で来るぞ? 汝らの戦術を学習して、のう」
「同意します。
パーティを組む、ということですね」
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次に現れるのはノヴァウルドー
虚無より這い出る黒の炎――
紅蓮の剣を振るいし闇、一切の希望を呑み込む
三番目はヘーレンヴォルン
裁定者、審判者、氷の王冠を戴きし者――
咎無き信徒は安堵せよ、罪無き者のみ許される
続く四番目はヴァンダレス
雷鳴の声を持つ生きた稲光――
無慈悲の体現、禍つ風、吹き荒れる猛威
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「戦士職のノヴァウルドー。
回復職のヘーレンヴォルン。
魔法職のヴァンダレス――」
パーティを機能させるための最小構成――!
「呵呵、そのとおりじゃ。これなるはダンジョン攻略の定石――独学の奇手が上手くいかなければ、定石に頼るのが常道じゃろうて」
カプセルの中の人外は、老獪な狐の如き本性を出す。
かつて「千年狐狸精」と呼ばれた妖怪仙人は――己が錬金術によって自らの遺伝子から組み上げた肉人形に対して、冷酷な命令を下した。
「リアムよ、汝に命ずる。あの餓鬼を虜にして、汝の駒とせよ。必要とあらば身体を重ねて、情を縛るがよい。処女もくれてやれ。奴の命を、いつでも、この我が使い潰せるように……」
「拒否します」
「……何、じゃと?」
予想外の返答に、女狐は目を丸くした。
「拒否、というのは……どういうことじゃ?」
「以東くんとは結婚するまでプラトニックな関係でいることを決めました。彼はマザコンのおっぱい星人ですが、たとえ求められても式を挙げるまでは絶対に揉ませません。弊社の魅力だけで攻略してみせます」
「お、おっぱい星人……?」
これまでに見せたことのないリアムの態度に、ザイオンテック日本支社CEO――罪園の遺伝上の「母親」は、困惑するばかりだった。
「え、汝……我の言うことを聞かぬというのか?」
「肯定します。母さまには愛想が尽き果てました。弊社はこれから以東家の子になります。以東くんの妻となり、亜希さんの義姉となり、春子さんの義娘となります。そのために全力で以東くんを落とすつもりですので、失礼」
「ま、待てっ! 何を言っておるのじゃ……!?」
「弊社は、あなたを母とは思いません。
母の愛は、春子さんから受け取りました」
理解不能な妄言を繰り出しながら去っていく罪園を、カプセルの中の女は止めることが出来なかった。
一人、残される――
「……まさか。これが、反抗期というヤツなのか?」
自分に従順な人形として、教育をしてきたはずだった。
なのに――人並みの餓鬼のように反抗期が来るだと?
「ゆ、許せぬぞ……以東家め――」
はて、と女は思い当たる。
脳裏に浮かぶのは旧知の相手――
「もしや。春子めが、リアムをたぶらかしたのか?」
女は大声で研究所内の設備に向かって叫んだ。
「ゼノンよ――各国の通販サイトにアクセスして、条件に合う育児本を上から十冊ずつ買い込んでくるのじゃ。言語は問わぬ。条件は「反抗期の娘への対処」に関する読者レビュー評価が高い本を優先!!!」
「Yes, Mother」と電子音が応える。
ザイオンテックが誇る高性能AI――
未来を予測するほどのオーバースペックは、世界各国で出版された育児本のレビュー解析にリソースを食われることになった。
Tips【遠近未来予測演算機構ゼノン】 おしまい




