【EXエピソード】つみぞのブライダル
またまた、別のある日のこと。
アークザイン事件の後、罪園は疲れ切っていた。
事態の処理に従事したS級冒険者としてマスコミにコメントを求められ、ザイオンの後継者候補として記者会見の広報役として働き、ずっと働きづめの毎日。
「(俺も、アキの件で深夜に呼び出して重労働させちゃったしな)」
そういうわけで、これも埋め合わせ――
ということで俺と罪園は遊園地にやって来ていた。
「遊園地で遊ぶ、なんて疲れが増すだけで休めないんじゃないか……と思ってたが。甘かったな。ああ、認めるよ。俺は罪園をナメていた」
「はて。何のことでしょうか?
理解不能。
弊社は以東くんが何を言っているかわかりません」
「すっとぼけやがって……!
最初からこれが目的だったんだろ!?」
白一色の調度品で揃えられた教会の室内で、罪園が振り返った。
彼女の身を包むのは、純白のウェディング・ドレス。
罪園の銀髪は腰まで流れるように輝き、教会のシャンデリアの光を反射して幻想的な光景を演出していた。
表情は普段通りの無表情。
けれども、サファイアの瞳だけは静かに煌めく。
ゆっくりと振り返る動作は、時間そのものが止まったかのように緩慢で、周囲の空気もスローモーションのように流れているような錯覚を覚えた。
この瞬間を、目の網膜が焼き付ける。
それは意思ではなく、本能による反応だった。
無垢なる花嫁衣裳を着た乙女に。
俺は――目を、奪われていたのだ。
「どう、でしょうか?」
「えっ?」
罪園は軽く首を動かして、うつむく。
「……以東くんが、黙っているので。
やはり、変でしたか?」
罪園はぽつり、ぽつりと呟いた。
「弊社には不相応でしょうか、
このような華美な衣装は」
「そ、そんなわけないって。
綺麗に決まってる!」
「肯定、しきれません。弊社の姿が綺麗だと本心から思うのなら……何故、以東くんは何も言ってくれなかったのですか?」
「(そんなもん――似合ってる、って言ったが最後、既成事実になるからだよ!)」
ここは遊園地内に作られた教会だ。
テーマパークとしてのコンセプトが「西洋のメルヘン世界」となっているため、教会の施設があるのは知ってたが――
まさか本物の牧師さんがいて、結婚式場になっているとまでは知らなかった。
俺は昨夜まで、どのアトラクションから回ろうか――どんなコースなら罪園が楽しんでくれるだろうか――と公式HPの園内図やおすすめガイドを見ながらワクワクと計画を立てていたのだが、実際はこの有様である。
「園内に入るなり、教会に一直線。下見のコースで予約を取ってたんだろ? 計画犯の手口じゃねえかよ」
「男と女が二人、遊園地に行くのです。
何もないわけがありません」
「これまで、お前とは何度も二人で行ってただろ……それで犯行を正当化できたなら、弁護士は要らないんだよ!」
「肯定します。必要なのは弁護士ではなく、牧師」
ずいっ、とドレス姿の罪園が前に出た。
「世界は不可逆に変化しました――弊社と以東くんも、これまでのマブダチではいられません。永遠の誓いをするときが来たのです。決めましょう、式の日取りを」
「罪園……マジでストレートに来るよな」
結婚とか、妻とかさぁ……!
そうやって好き好きってされたら……男は好きになっちまう生き物だっていうのに!
俺にとっての罪園は、理解者であり親友だった。
あのダンジョンでのバトルの中で、罪園は「自分の名前」を肯定してくれた俺が好きだと言っていたが――そんなの、俺だって同じだよ。
俺のセンスが変わってる自覚くらいはある。
アキにはいつも言われてるし、小中高のクラスメイトにもそうだったし、配信者として人気が出てきた今でもコメント欄で弄られることが多い。
だけど、さ。
罪園は違った――罪園はいつも俺を否定しなかった。
気が合う友人――けれでも、住む世界が違うエリート。
俺が一方的に施しを受けてるものと考えていたが。
「(お互い様、だったとはな)」
罪園はサンプル用の真っ赤なブーケを手にして言った。
「弊社は以東くんが好きです。
だから、以東くんが望まないことはしません」
「罪園……」
「弊社の好意が迷惑だというのなら――身を引きます。友人に戻ります。だから、素直に言ってください。弊社の愛は、以東くんを苦しめていますか?」
パサリ、と罪園はブーケを俺の胸に当てた。
「――弊社は、不要でしょうか?」
「俺は、さ。愛している人がいるんだ。
それは罪園じゃない」
「…………っ!」
でも――と、俺は言葉を続ける。
「俺は迷ってるんだ、色々と。それが本当に愛なのか。本当に愛だとして、それを貫き通す覚悟があるのか。許されないのはわかってるし、貫いたら迷惑を受けるのは相手の方だ。たぶん、普通なら一生秘めたまま、墓まで持っていく好意だと思う」
――俺は母さんを愛している。一人の女性として。
けれども、
それを貫くことが母さんの幸せだとは思ってないんだ。
罪園が「俺の望まないことはしたくない」と言うように。
俺も「母さんが望まないことはしたくない」んだよな。
罪園は云う。
「以東くんは弊社の質問に答えていません」
「あれ、そうだっけ?」
「肯定します。
質問は――弊社の好意が迷惑かどうか、です」
「それは……」
「回答を要求します。正直な本音です」
正直って……言っていいのか、これ?
すごいクズ野郎になる気がするが――仕方ない。
俺は罪園には嘘をつきたくない。
だから、下劣で浅ましい本音を吐くことにした。
「……嬉しいよ」
「復唱を要求します。今、なんと?」
「だから、嬉しいって言ってるんだよっっっ!」
ええい、こうなったらヤケだ。
「罪園みたいな最高に気が合う友達がさぁ! 仲は良くても男としては見られてないんだろうな、ってずっと思ってる幼馴染がさぁ……! 俺のことが本当はめちゃくちゃ好きで、もう妻とか結婚とか好き放題に言ってきてるの、嬉しいに決まってるだろ! そうだよ、嬉しいよ! でも、それって見下げ果てたクズの言うことだろ!? 最悪の、最悪だよ……愛に応えるつもりも無いくせにな! あと、自覚してるかわかんないけど……罪園ってめちゃくちゃ美人だからな!? ガキの頃からずっとキレイだなって思ってたよ……! お前に好きって言われて抗える男なんていねーよ!」
「……以東くんは、まだ本音を吐いてませんね?」
「この俺に、これ以上のクズになれって言うのか……!?」
罪園は純白のドレスで強調された胸元を両手で持ち上げた。
ぷるんぷるん、と弾力が跳ねるような動きを幻視する。
圧倒的な質量。
手を挟んだら食いちぎられる。
人並み外れた、暴力的な巨乳――!
「以東くんは弊社の胸が大好きです。
中学の頃からずっとガン見しています……」
「……ッ! 気づいて、いたのか!?」
「肯定します。以東くんはマザコン。マザコンということは巨乳フェチです。なぜならば、巨乳とは我が子を育む母性の象徴だから――Q.E.D(証明修了)」
「これが高学歴の力かよ……!」
傷一つない無謬の論理で証明されてしまった。
俺が幼馴染の乳を視姦する性欲猿、人呼んでゴミクズだっていうことが!
「以東くん……堕ちましょう。現行法では不倫を罰する法律はありません。妻である弊社が許容するかぎり、以東くんは複数の女性を愛する権利があります」
「な……なんだと!?」
「お義母さまが相手なら、弊社は許します。
これは正義に反するおこないではありません」
「どこがだ……! 正義が一番許しちゃいけないヤツだよ! 畜生、外道、最悪の最悪……! たとえ法律が許しても、社会がそんなカスを許すわけねえ! というか、たとえ社会が許しても俺が許さんッ!」
悪魔の囁きから逃げるように、俺はバックステップした。
罪園は「むぅ」と口を尖らせる。
「では、弊社の好意は迷惑ということで?」
「それは……その……あれだ、グレーだ!」
だってさぁ、俺だって罪園は好きだし……。
灰色、という玉虫色の回答に罪園は不満を隠さないが――
そこに乱入者が現れた。
「はい、グレーですね!
では新郎様もぜひ試着くださいっ!」
いきなり現れたのは式場の職員さん。
そうだ、今は試着の最中――
ってか、さっきの聞かれてたか!?
「グレーのタキシードでよろしいですねぇ? お客様にはお似合いかと存じますぅ、では早速、試着室にGO!」
職員さんは俺を引っ張って試着室に連れ込んでいく。
最悪に見えて、ベストのタイミングだ。
「助かった……!
あのまま続けていたら、人の道を外れるところだった」
いや、もう外れかけているのか?
だって結局、俺は罪園を否定できなかったんだし。
好きな女の子が悲しむ顔を、見れなかったんだし。
「う~~~っ……!」
今日のことは、とても母さんには話せない。
もやもやする気持ち。
どうにもならない、遅れてきた青春。
ひとまず、試着して写真を撮った俺は――
式場の予約はお断りして試着代だけを払い、
その後、めちゃくちゃアトラクションを楽しんだのだった。
☆☆☆
ジェットコースターに乗りながら、罪園は眺める。
愛しい人の横顔を。
「……いくじなし。でも、好きです」
コースターから響く人々の絶叫音。
そこに混ざった罪園の呟きを――
以東 涼は聞き分けたらしく、耳を赤くした。
☆☆☆
EXエピソード【つみぞのブライダル】 おしまい




