【EXエピソード】史上最大のピンチ VS以東 亜希(前編)
俺と母さんは、これまでも色んな強敵と戦ってきた。
グリーンドラゴン――
オークプリースト――
プレジデント罪園(罪園 リアム)――
"至天"のアークザイン――
だが、それらの強敵を上回る最大の隠しボスが控えていたのだ。
名は以東 亜希――
そう、俺の妹のアキである。
史上最大のバトルは、ある夜のリビングで幕を開ける。
その晩のこと。
リビングに隣接した台所で食器を洗っていると、俺が皿をこする水音に、アキの軽快な足音が近づいてきた。
「ねーねー、お兄ちゃん!」と明るい声が響く。
顔をあげると、茶髪のボブヘアを揺らしながらアキがリビングに入って来るところだった。
イマドキの中学生女子らしくカジュアルなスウェットに、膝丈のスカートを合わせた垢抜けたファッション。
アキは今日もおしゃれに気をつかっているようだった。
「なんだ?」と、俺は水道を止めて尋ねた。
アキはニマニマと笑みを浮かべている。
上機嫌さを隠そうもしない――
「お兄ちゃん、約束したよねっ。今度の塾の定期テストで100点取ったら、なんでも言うこと聞いてくれる、って……」
「英語と数学、両方だぞ。
まさか、出来たのか?」
「にひひ。じゃーん!」
答案を見ると、二枚の答案はどちらも満点だった。
「100点じゃないか、すごいぞ!
やるなぁ、アキ!」
「そ、そう? あたしも今回は自信あったんだ♪
理沙は満点取れてなかったから、悔しがってたけど」
「理沙ちゃん……って、アキと仲が良い友達だよな。
いつもはその子の方が成績良いんだっけか」
ちょっと待っててくれ、今、食器を片付けるから――とアキに言って、俺は残りの洗い物を終わらせた。
タオルでよく水気を切って、俺はソファに腰かける。
「いつも80点台のアキが100点とはなァ。
まあ、どうせ山勘が当たったってとこだろ?」
「そんなことはっ……ありますけどぉ」
答案を折り畳んだアキは、改まって言った。
「で、お兄ちゃんにお願いがあるんだけどっ。100点を取ったら、なんでも言うことを聞いてくれる――って言ったよね!? 武士に二言は無い、よね……?」
「ああ。俺は武士じゃなくて盗賊だが(ダンジョンの職業では)、盗賊にだって二言は無いぜ。アキが頑張ったご褒美だし、出来るかぎりのことはするよ」
「じゃ、頼みなんだけどさ……」
ごくり、とアキは唾を呑むような動作をする。
手を合わせて、拝むように頭を下げた。
「お願いっ! ミハルちゃんに会わせて!」
…………はぁ!?
星羽ミハルに会わせる、だと!?
「おい、俺の出来る範囲のことって言っただろ! ミハルに会わせるなんて、そんなこと出来るわけないだろうが――!」
だって、ミハルの正体は母さんなんだ。
配信画面越しでは気づかれなくても、実際に会ったらバレるに決まってる。
っていうか、そもそも――
母さんを星羽ミハルの姿にしているのはユニークスキルである【一念化粧】の変身能力によるものだ。
スキルはダンジョンの中でしか使うことができない。
ダンジョンの外のミハルは――
ミハルのコスプレをしている母さんでしかないのだから!
「ダメだ、ダメ。そのお願いは却下だッ!」
「――どうして? お兄ちゃんってば、あんなにミハルちゃんと仲良いんだし。お兄ちゃんが頼んだら、家族と会うぐらいはOKしてくれるでしょ?」
「それはなぁ……色々、あるんだよ。ミハルさんは個人勢の俺と違って、企業所属の配信者だしな。なんかそういう……コンプラとか、規則があるんだ、よ……」
「……ふーん」
アキは訝しげな目つきで俺を観察している。
「な、なんだよ?」
「お兄ちゃん、ひょっとして――あたしとミハルちゃんを会わせたくない理由があるんじゃないの?」
「なっ!」
何を、言っているんだ……と言おうとしたが、言葉に詰まってしまった。
図星を突かれている……!
「言っとくけど、あたしだって子供じゃないんだかんね。お兄ちゃんやママが何か隠し事をしてるんじゃないか、ってことぐらい気づいてんだから」
背筋に冷たいものが走った。
「ちょっと待て。
なんでそこで母さんの名前が出てくるんだよ」
アキは両手を後ろに組んで、ソファの周りを歩き出す。
「この前の避難警報のとき、ママから連絡があったの。ママ、あのとき”お兄ちゃんと一緒にいる”ってメッセージを送って来たんだよね」
「…………ッ!」
どうやら、母さんはとんでもないミスを犯していたみたいだ。
母さんがあの夜、俺と一緒にいたのは間違いない。
星羽ミハルとして強敵アークザインと戦っていた――俺の、すぐ傍で。
「(アキに連絡するときに、とっさに本当のことを書いてしまったのか……!)」
「ミハルちゃんの配信を見てると、いつも落ち着いた気持ちになるんだ。ミハルちゃんの声って聞いてて心地いいんだよね。あの声、どこかで聞いたことがあるんじゃないかと思って……この前、画面を見ないで声だけを聴いてみたの。そしたら、気づいちゃったんだ。ミハルちゃんの声って、あたしの好きな誰かさんに似てるな、って」
「誰かさん、って……誰だよ。
ははは、まさか、俺とか言わないよな?」
「近いかも。お兄ちゃんの知ってる人」
――ヤバい。最悪の、最悪の、最悪だ。
「ママだよ。ミハルちゃんの声って、虫とかを見て驚いたときに出す、ママの甲高いときの声にそっくり。ミハルちゃんって歌ってみたの動画も出してるし……そういう発声法があるのかな? 自分よりも年下の女の子を演じるときの、声優さんみたいな技術。ねぇ、お兄ちゃん。ミハルちゃんって……本当はママなんじゃない?」
俺は心の中で「異議あり」のボタンを押した。
「――そんなことはないッッッ!」
「な、なにっ!?
急にデカい声出すな、近所迷惑兄貴ッ!」
げしっ、と蹴ろうとするアキのキックを素早いスウェーで避ける。
「!?」
冒険者仕込みの敏捷力で残像を出しながら回避しつつ、俺は決意した。
「(――黙っていたら負けだ。ここは嘘を貫き通す!)」
これはお前のためなんだ、アキ。
実の母親と、実の兄の醜態を知ってしまったら、お前の幼く優しい心はヒビ割れてしまうかもしれない……兄として、お前を傷つけるわけにはいかない!(自己弁護)
「ミハルと母さんが同一人物だって!? ちゃんちゃらおかしいことを言うなァ、アキ! それじゃ、あれか? お前の言うことが正しかったら、母さんは自分の年齢を高校生と偽ってミニスカを履いて配信してることになるし、俺はそんな母さんと公衆の面前でイチャイチャしてることになるんだぜっ!」
「そ……そりゃ、そんなわけないって思ったよっ! だって、本当にそうだったら……ママはヤバい性癖のヘンタイ、メスブタになっちゃうし……お兄ちゃんは逮捕されて死刑になるもんっ!」
「逮捕ッ!?
いや、刑法には違反してないはずだ……!」
――それはともかく。
「アキ、俺の目をよく見るんだ。これが実の母親とイチャコラしてる男の目か? もし本当にそうだったら、もっと申し訳なさとか後ろめたさが混じってるはずじゃないか? 俺はアキの目をしっかり真っすぐ見つめることが出来るんだぞ!」
「たしかに。普通なら、もっと悪びれるよね。なんだろう……あたしが間違ってる気がしてきたよぅ……」
よし、あと一押しだ。
「そんなに言うなら、アキ。
お前の願いを俺が叶えてやる」
「え……?」
「ミハルに会わせてやる。
そこで確かめてみるんだな……。
あの子が、母さんかどうかを!」
――さて。作戦は頭に浮かんできた。
母さんと罪園の協力は必須。
可能ならパンドラさんにも声をかけておきたい。
「(さぁーて。これから忙しくなるなぁ……!)」




