VSプレジデント・ザイオン
荘厳な壁画が立ち並ぶダンジョンの大広間。
冷たい金属質の足音を立てながら、罪園 リアム――いや、プレジデント罪園が無言でこちらに歩み寄って来た。
銀色のボディスーツは、まるで彼女の身体に溶け込むように密着し、その均整の取れた女性らしい完璧な曲線を際立たせている。
ユニークスキル【月光華】が形作るセフィロトの系統樹を背負い、その輝きを受けて腰まで届く銀髪がさらさらと光を反射した。
手に握られているのは白光を放つビームサーベル。
おそらくは錬金術師の専用装備だろう――握られた柄から剣の形に伸びる魔力の刃は、周囲の影を切り裂き、まるで罪園自身が夜を照らす月光の化身かのように思わせる。
「排除する」――そう、罪園は言った。
殺意の対象は星羽ミハル。
ミハルに向けて、罪園は刃を向ける。
ミハルに……俺の……母さんに。
「やめろ、罪園」
自分の声に驚いた。
――俺はこんなに嫌な声が出せたのか。
普段は表情を変えない罪園の、氷のような無表情に亀裂が入ったのがわかる。
それを見て罪悪感を覚えた。
だけど、止まらない。
「お前、自分が何やってんのかわかってんのか? 冒険者同士の戦闘行為――プレイヤーキルは、たとえ故意でなくても御法度だろうが。それを明らかな敵意を持ってするってことは……冒険者資格のはく奪だってありうる。こんなことが知れたら、冒険者としてのお前は終わりだぞ……!」
「……理解しています。
ですが、ここは配信禁止領域」
罪園は刃の対象を、母さんから俺へと変える。
「全ては闇の中です。証拠を録画しようにも、電子機器は使用不能。事実を公表しようとも――ダンジョン公社にもマスコミにも、弊社には太いパイプがあります」
罪園の母親はザイオンテック日本支社のCEO――
ダンジョン公社はザイオン社が無くては成り立たないのが事実。
そう……罪園には権力があるんだ。
「お前、ふざけんなよ……!」
頭に血が昇っているのを感じる。
――俺は、キレていた。
「母さんをプレイヤーキルした上で、その事実を揉み消すっていうのかッ!」
「肯定します。これはダンジョン攻略中の「不幸な事故」。きっと、モンスターに敗北してしまったのでしょうね……隠蔽用のカバーストーリーとしては充分です」
顔色一つ変えずに、罪園は冷酷に告げる。
「以東くんとお義母さまが実の家族であること、それを世間に公表するだけでは生ぬるいと判断しました。再起不能になってもらいます――星羽ミハルには」
「最初から、それがテメェの狙いかよッ!」
罪園は母さんを襲うつもりだ。
「(ダンジョン内でHPが0になった冒険者にはペナルティがある)」
強制脱出魔法によって命が危険に晒されることは無いものの、その代償として装備品全てとアイテム、更には獲得した経験値の多くを失い、レベルも大きくダウンする――母さんがミハルとして鍛えてきたこれまでのステータスはA級――ここで敗北したなら、人気配信者としては再起不能。
「どうしてだよ……! お前、そんな奴じゃないだろ。だいたい、俺の傍にいるのが相応しいとか相応しくないとか、罪園が言ってることはわけわかんねえよッッッ!」
俺は周囲の壁画を見回した。
異星存在セプテントリオン――罪園が立ち向かおうとする「脅威」。
「こんなヤベェ奴らがダンジョンにはいるんだろ!? そりゃあ、俺だって協力するよ! 俺だって、罪園の力になりてえよ! でも、そこに母さんがいちゃいけない理由は何だ? 母さんは俺のパーティだ……冒険者としての、俺の相棒なんだぞ!」
「リョウちゃん……」
と、母さんが消え入りそうな声を出す。
自分の背丈よりも大きな剣を構えながらも……その足元は震えていた。
「(当然だ……!)」
母さんは星羽ミハル。自称JK。人気配信者。
A級冒険者、狂戦士――でも、母さんは母さんなんだ。
たとえ、力が強くても。
モンスター相手ならいざ知らず。
母さんは人間を相手に手を出せるような人じゃない。
そういう人なんだ、母さんは。
――だから、父さんが死んだときに。
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「リョウちゃん、アキちゃん。
安心して。パパがいなくなっても……」
喪服を着た母さんは、ぽろぽろと涙を流していた。
中学生くらいの小さな背丈。
他人よりも若く、幼い容姿――それでも。
精一杯に力を振り絞って「母」として笑顔を見せる。
「お母さんが、二人を守るからね」
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――俺が、母さんを守るって誓ったんじゃないかッ!
俺は盗賊用のダガーを構えて、母さんを庇うように立つ。
「母さんには手出しさせない。どうしてもって言うなら……俺を殺してからやるんだな、罪園ッ!」
「……想定内の行動です。
的中してほしくは、ありませんでしたが」
罪園は地面を蹴って後退し、距離を取る。
フライトユニットを起動しながら、魔力を噴出して宙に浮かび上がった。
「以東くんは現在、C級冒険者でしたね。一緒にレベル上げをやり直しましょう――妻として、親身に支えることを保証します」
「願い下げだ。それに、オークプリーストの経験値やら、配信で稼いだ経験値やらがあるんでな――今の俺はB級だよ」
相手はプレジデント罪園。
日本に七人しかいないS級冒険者の一人。
ダンジョン攻略の最前線に立つ、最強の錬金術師。
それを前にB級冒険者とは、多少は心もとないが。
なぁに――映画だってB級が一番面白いんだ。
「(それに……ある程度は、想定内でもある)」
俺は母さんと目線を交わして、頷き合った。
ダンジョン攻略バトルという話が出たときから――罪園がプレイヤーキルを狙ってくる可能性は考慮していた。
「(「星羽ミハル」に対する罪園の敵意は、あまりにも異常だったからな……)」
とは言っても、罪園が「配信禁止領域」なんてものを持ち出してくるのは流石に想定外で――俺が想定していたのは、せいぜい「モンスターへの攻撃が誤って命中した」を装う程度の可愛いものだったが。
母さんとは事前に打ち合わせをしている。
「(S級冒険者――プレジデント罪園とのバトルは対策済みってことだ!)」
ようやく、頭が冷えてきた。
罪園だって、意味もなく他人を傷つけるような奴じゃないことは知ってる。
何か事情があるのかもしれない。
それか……俺の知らない、罪園の一面があるのか。
信じさせてくれよ、罪園。
恥ずかしいから言わなかったけど……お前に「好き」って言われたとき。
「……俺だって、嬉しかったんだからな」
頭を戦闘モードに切り替える。
こうなったら、熱くなった方が負けだ。
だから――まずはプランA。
俺の意図を汲んで、母さんが傍に立った。
「…………?」と、罪園は空中で首をかしげる。
母さんは【一念化粧】を解いた。
ツインテールの髪型からゴムを外して、柔らかな茶色の髪を流し、普段しているサイドテール風の髪型に整える。
衣装こそ女子高生風のままだが。
雰囲気は「星羽ミハル」から「以東 春子」に戻っていた。
「リョウちゃん、頑張ってね。
いつもの日課をしましょう♪」
「ああ……頼むぜ、母さんっ!」
母さんは背伸びをすると、俺の頬に口づけをする。
頬に触れる、少し水気を帯びた、皮膚と皮膚の感触。
「はいっ、いってらっしゃいのキス……ね?」
ぐ。ぐぐぐ。ぐぐぐぐぐぐ……!
――恥ずかしい。顔から火が出そうなくらい。
それでも、俺は必死に動揺を抑える。
動揺するのは……お前の方だ、罪園ッ!
罪園 リアムは……無表情を崩した。
「は。破廉恥な……母親が……18を超えた息子に……いってらっしゃいのキスを……日課……!? 理解、不能です……理解できない。許さないッッッ!」
呆然、困惑、激怒……!
狙い通りだ。罪園は冷静さを失った!
俺は内心でほくそ笑む。
「(へっ、こんなのが日課なわけないだろ)」
まぁ――恋愛営業は、以東家のお家芸ってわけさっ!




