おわり
婚約したそうです。ちょっと前の私に言ったらぐーで殴られそうですね。
でも本当だから仕方ないと思います。長十郎から婚約指輪だってもらいました。
あいつなりの誠意なのでしょう。本人は「安物でごめん」と言っていましたが、長十郎がバイトで苦労して稼いだお金で買ったということを知っている身としては、値段なんてどうでもいいんですよね。
さすがに学校に装備してくることはできませんが、後生大事に部屋に飾っています。
そうそう、学校と言えばやはり婚約したからといって劇的にこれまでの学校生活が変わるわけでもない――なんてことはなく普通にバリバリ変化しました。
一番の変化は長十郎の忙しさが激減したことだろう。大学入試に向けて勉強を始めた長十郎は掛け持ちしていたいくつかのバイトを、引き継ぎなどを完璧に終わらせた上で辞めた。立つ鳥跡を濁さずとはああいうことを言うのだろう。
現状はコンビニバイト一本で、店長にめちゃくちゃ慰留されているそうだが、キリのいいところまで働いてから折を見て辞めるらしい。
私の志望校はそこそこ偏差値がお高いので、二年の夏から勉強を始めるとなると結構頑張らないといけない。長十郎はテストでは毎回赤点回避する程度にしか勉強しないタイプだったので道のりは険しそうだ。
まあ、凄腕アルバイターになる前は普通に優等生だったので、なんとかなるだろうとは彼を長年見続けてきた鈴木A氏の談。
バイトをしていた時間がそのまま勉強の時間に充てられるようになったので、エンジョイ学園生活とはいかないけれど、それでも以前に比べれば格段に余暇が増えた。
その最たる例が昼休みのランチタイムだろう。
「長十郎、ご飯食べるの遅くなったよね」
「今までが早食いすぎたんだよ」
昼休み、長十郎は私の弁当をゆっくり食べるようになった。
これまではものの5分でガツガツ食べきっていたのだが、今では雑談を交えながらゆっくり昼食を味わってくれている。
「ちゃんと味わって食べないともったいないだろ」
「美味しく食べてくれてるようでなにより」
地味に嬉しい。地味に嬉しい変化だ。おかず一品につき、どう作ったのとか解説する暇もあるし、とにかく会話が増えたのが何よりも嬉しい。
ただ、そのことを長十郎に伝えるとめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔をしてくるのでちょっとだけ面白い。
「いや、俺ずっとあづみにおんぶにだっこだったなーと」
「私も小学校のときはそうだったからおあいこだよ」
「一時のアレだけだろ。こっちは何年もお世話になりっぱなしだよ」
「まあいいじゃん、今後は幸せにしてくれるみたいだし」
「……そうだけど」
照れる長十郎に対して、私はどこか吹っ切れた感がある。当初は失恋した気満々だったからか、一回死んでやり直した気分。もうあれ以上辛いことはないだろう的な。
いやでも完全にないとは言えないんだよな。この前、桃瀬から連絡があって「チャンスをくれてありがとうございました」って文章だけが届いたんですよ。
傍から見ると私の行動ってすごく上から目線の余裕たっぷりな嫌味な行動と捉えられかねないと思うんですけど、逆に感謝されちゃった。人格できてるんだろうな。
こっそり教えてくれたんだけどマジでアイドルになるらしい。これは勝手な予感だけど桃瀬はトップアイドルになると私は思っている。
そして桃瀬は別に長十郎を諦めたとは言っていないのだ。私たちの入籍は大学卒業後を予定しているので、それまでに国民的アイドルになった桃瀬がお茶の間で長十郎に向かって愛を叫ぶという可能性も――ないか。ないわな。あるわけねーべ。
さすがに妄想が過ぎるので大丈夫だと信じたい。
信じたいけど……一応釘刺しとくか。
「お弁当、美味しい?」
「そりゃあ、美味いよ。昨日も今日も、たぶん明日も」
ふむふむ。
「じゃあさ、私って可愛い?」
「……………」
私には分かる。長十郎は「こいつ、めんどくさくなったなぁ」って思っている。
でも私は引かないよ。
「ねぇねぇ、どうなのさ」
「前にも一回言ったけど」
「ごっめーん、忘れちゃった。なんて言ったんだっけ?」
「……………」
普通なら怒られる。だがやつは怒らない。だってお弁当を食べているから。
貴様、目の前のごはんに嘘をつけんだろう?
「――いよ」
「え? なんて? 聞こえない」
腹から声出せー。
「お前が! 一番! 可愛いよ!」
「……………」
聞きましたか皆さん。
だそうです。




