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『帰源院の門』  作者: 驢馬人
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第5夜

 夏目漱石。

 明治から大正時代の文豪の代表格と言って良いだろう。

 彼は1910年に連載を開始した『門』の一場面して描いた円覚寺の帰源院に1894年末から年始まで2週間程度止宿している。この時期はまだ作家ではなく高等師範学校の英語教師のはずで、処女作である『吾輩は猫である』の掲載はその10年後の1905年だったはずだ。

 この時27歳だったはずだが、年齢通りの若さには見えない。この時代の寿命のこともあるだろうが、口髭を蓄え無精髭も生やした男は頬がこけてやつれていて、若々しさはなかった。すでに壮年の印象である。

 よく見ると、顔には幼少期に罹患した天然痘の痕が残り、髪はやはり短めで面長な顔の印象だ。

 元々が胃潰瘍持ちだったと言われる漱石だから、やつれて見えるのはむしろ当たり前なのかもしれないが、血痰が出て結核だと疑われたり、極度の神経衰弱と強迫観念に駆られるようになっていて、親友の菅虎雄から勧められて円覚寺の参禅に来たはずなので、肌の張りがなく年老いて見えているのかもしれない。


「これは夢か?」

 

 低く穏やかなはずの声がややひっくり返ったような音程で、彼は目の前の女性ではなく自分へと問いただした。

 そのまま、裸足で縁側の外の庭へと、登世の方へとにじり寄ってきた。

 

「痩せてしまって……竹の皮に包んで海苔巻きの弁当をまたこしらえましょうか?」

 

 よねが、いや、登世がそう言うと、漱石の膝が崩れ落る。その目から涙が溢れ出ていた。

 何の符牒なのかはわからないが、その言葉こそが目の前の女性が登世であるということの確証を彼に与えたのだろう。

 嗚咽が漏れる。

 

「南無阿弥陀仏。貴女はもう死んでいるはず……」

 

 かろうじてそんなことを言っているのがわかると、登世は優しく彼の肩に手を置いた。

 

「幽霊かしら。それとも禅の途中で眠ってしまった金之助さんの夢かもしれないわね」

 

 これが夢だろうと漱石は思っているようだった。彼は大の大人であることを忘れたかのように登世の足元にしがみついていた。

 

「席を外してくださる?」

 

 登世はゆっくりぼくの方を見ると、その輪郭の柔らかな瓜実顔の口元にほんの少しばかりの笑みを浮かべ、有無を言わさぬ迫力を感じる口調で穏やかに告げた。

 

 ぼくはうなづいて、彼女に建物の中へと入るように手で指し示す。

 何にしても、ここは寒すぎる。

 体調の悪い漱石や女性である登世は建物の中に入ったほうが良かろう。

 

 一礼をして彼らが帰源院の建物の中へと消えると、着ている服をかき寄せていることに気がつき、曇天の下の寒さが堪えることを改めて認識した。

 

 天を仰ぎ見て、気持ちを整理する。

 

 ぼくは何を見ているんだ?

 何に立ち会ってしまっているのだろう?

 夏目漱石に縁もゆかりもない、ただの開業医であるこのぼくが夏目漱石の生きている明治時代にタイムトリップなど、家内や娘に話しても到底信じてもらえないだろう。

 だいたいが帰れるのかどうかもわからない。

 バーコード決済やクレジットカードでの金銭のやり取りが主な現在でも、財布には多少の現金を入れてはいるが、渋沢栄一や北里柴三郎が明治時代に使えるはずもない。この時代に生きている彼らにお札を見せてやるのは面白いかもしれないが、使い道はその程度だろう。

 また、大学卒業後の初任給が35円の時代に一万円札など馬鹿げたジョークとしか思われない。そもそも、使えるようになるのは100年以上先の未来……そんなものに貨幣価値などない。


 よくある転生もののように未来の知識を用いて、無双したり金儲けしたりして、自分の起こした変化によって苦悩するみたいな展開も、もしかしたらこの後ありえるのかもしれないが、夏目漱石関連は今回のアテンドの下準備でいろいろ知識を詰め込んできたものの、残念ながら明治時代の知識がそれほどあるわけではないから、そんなことできようもない。

 昨今はネット環境の激変でiグラスのようなデバイスも出たりしていて、調べたいことは音声でAIが答えたり目の前の空間に情報を提示してくれたりすることもできるから、知識は溜め込むよりもすぐに調べて使うことができるようになっている。

 もちろん、順応性が高い娘のつばさのように日常生活の中で使いこなせているわけではないアガ。

 ここにおいて、ぼくができるのは現代における医師としての一般的な知識や整形外科関連のテクニックを活用することだけだろう。

 この時代だと夏目漱石が患っていた胃潰瘍は死に至る可能性もある病気だし、結核もかかれば隔離せねばならない難病だ。現代では薬で治るものではあるが、今現在その薬は持っていないから、漱石をぼくが治すことはできない。

 

 そう言えば、と思ってポケットから携帯端末を取り出してみたが、案の定圏外の表示であった。つまり、今のこいつはただのメモ帳や計算機、懐中電灯にしかすぎないわけだ。

 

 ぶるぶる。

 改めて周囲の寒さが身に堪えた。

 温暖化がすでに当たり前となっていたから、明治時代の年末はぼくが知る年末よりも寒いのだろう。

 ろくな暖房器具もない禅寺の止宿はかなり漱石にも堪えているだろう。

 ただ、火鉢くらいはあると思われる。

 このままだとぼくが凍えてしまうし、中の様子を伺いながら、建物の内側くらいに潜り込むのは許されるのではないか……。

 

 茅葺き屋根の建物の手前に植えられた草花の緑は常緑のもの以外枯れてさっぱりとしてしまっている。

 ぼくらがいたのは初夏で緑も鬱蒼として花も咲いていた時期だから目に映る印象はだいぶ変わって見える。

 そういえば、見上げてみれば周辺の木々も来た時より鬱蒼とした印象になっていた。伐採前はこんな感じだったのかと感心する。なにしろ、鎌倉時代に元寇の戦没者追悼のために瑞鹿山と呼ばれる山に創建された寺なので、観光寺院となって整備された現代とは自然の度合いが違う。

 

 そんなことを考えながら、二人が入っていた玄関の方にゆっくり歩を勧め、5段ほどの階段を登る。

 引き違いの木の扉なので、わずかに開けて中を伺い、邪魔をしないようにそっと入るつもりで扉に手をかけようとした。

 

 その時、思いがけず扉が中から開けられた。

 

 ばったりと登世の姿をしたよねを目が合う。

 お互い驚いた。

 

「のぞ、のぞいていたわけではないですよ」

 

 咄嗟にぼくの口から出てきたのはそんな言葉だった。

 失敗した。

 これでは覗いていたかのようではないか。

 

 ぼくの慌てる姿を見て、よねの方が先に笑った。

 

「大丈夫です。話をしたのは中に入って左の見えない場所でしたから」

 

 そういう彼女の後ろの方、中は靴を脱いで上がる広い玄関で2段の大きな段差があり、板の間が続いているその場所から、ぼんやりとした無精髭の漱石がこちらを見ていた。

 

「もう戻らないといけません。仙人はここに滞在できるのはほんのひとときだと言っていましたから」

 

 玄関を出て右の方の緑の庭の間を抜けて入ってきた帰源院の山門へと続く石畳の通路へとよねは歩いて行った。

 彼女から離れると取り残されるかもしれないという恐怖からぼくも慌てて彼女に続く。

 

「漱石とは何を」

 

 先に進む彼女に、つい気になって、そう聞いてみる。

 

「ええ、主にかなり溜まっていた彼の愚痴を、昔のように聞いてあげたのですが……」

 

「貴女からなにかおっしゃられなかったのです?」

 

「ええ、ただ、今の環境は良くないので、地方へ転居してはどうか、とだけお話ししました」


 山門をくぐり、帰源院の前の階段を降り始めると、急に周辺の空気が変わり始めた。

 凍えるような寒さが和らいできた感じがしてきたのだ。

 

 どうなんているのかと後ろを振り向くと、山門の内側まで漱石が追ってきていて、降りて帰ろうとする登世の姿をただただ見守っていた。

 

「心配いりません。きっと夢だと思うでしょう」

 

 ああ、そうだ。こんな不思議な体験は、家内に話しても信じてもらえはしないだろう。

 

「……ええ、ぼくたちも夢を見ているだけかもしれません」


 真実のところ、夏目漱石と登世となっているよねが何を話したのかはわからない。

 

 一般的に夏目漱石の参禅による効果はなかったとされているが、止宿したのは年末から正月までの短い期間で、年が明けて3月には高等師範学校を辞して、愛媛県の旧制松山中学に英語教師として赴任している。

 その体験が処女小説『吾輩は猫である』の主人公で中学教師の珍野苦沙弥へと繋がっているようにも思える。

 円覚寺で弱りきっていたはずの漱石はやはり何かきっかけを得ていたのかもしれない。それがこの会合なのだとしたら……。

 

 想像に浸っていたぼくを現実へと引き戻したのは、耳につけたコードレスイヤホンから響く、ボーカロイドのような女性の声とドローンのクロウラー構造のキャタピラのモーター音だった。

 

 降りきった場所の道端の目の前、そこには白い桔梗の花が咲いていた。

 紫色が多い中、この場所には白い桔梗が咲いているのだなと、印象に残った。

 

 その途端、立ち昇る何かの気配が空を埋め尽くした気がした。

 ワッとした蒸し暑さと蝉の声が戻ってくる。

 林間を抜ける風に緑と雨上がりの土の匂いを感じた。

 

 そして、傍には辺りをキョロキョロと見ている陸上型ドローンのよねがいた。

 少し時間が経って、気温が上がってきたようだ。

 台風一過の後、天気は回復して暑くなる予報だったはずだ。


「戻ってきましたね」

 

 イヤホンを通じて、よねには声が届くようにまた変わっているはずだ。

 

「はい。久々に歩けたので、戻ってしまったのは結構残念です」

 

 よねのその言葉に戻ってきたことの嬉しさよりも、医師としての興味が頭をもたげたようだ。

 

「先ほど一瞬見えたのですが、台湾にいる貴女は何らかの障害を持っているために、この訪日をドローンで行うよう手配されたのではありませんか?」

 

 その言葉にドローンが可愛らしく首を少し倒した。

 

「はい。新竹シンヂューにいる私自身は頸髄損傷のために首から下が動きません」


 彼女のその告白に、どことなく罪悪感を覚えたが、中国国内の南北戦争による犠牲者は日本にいてほとんど被害を受けなかったぼくが事情を深く聞くのは失礼にあたるだろう。

 

「IPS細胞による脊髄損傷の治療が日本では世界に先駆けて進んでいることは……」

 

 ぼくの出身医局でも最近積極的に脊髄損傷の治療を始めたという話は昨年の忘年会の時に聞いていた。すでにぼくの近辺の世代が教授をする年頃なのだ。話題も必然医局関係の多岐に渡った。

 

「存じ上げています。今回のことがなくとも、私はいつか日本に来たいと思っていました」

 

 コンシェルジュAIが彼女の案内人としてぼくを選んだのは、もしかしたらこの繋ぎなのではないか、と思った。

 

「ぜひ! ぼくには同じ年頃の娘もおりますので、一緒にご案内しますよ」

 

 そんな話をしながら帰源院から山道へと降りていく緩やかなカーブを描く下り坂を降りて行った。

 最大の目的である帰源院での不思議な体験を終え、ドローンのバッテリー切れの心配をして彼女はドックの置かれているみなとみらいのホテルへと帰ることを選択した。

 北鎌倉の駅までの短い間、もっぱら日本の医療に関する知識を彼女に話していたら終わってしまった。

 

「また日本に来ます。今度はドローンではなく、自身の体で」

 

 彼女は別れ際にそう言った。

 

「ろばさんお勧めの仏殿の参観がまだですからね」

 

 ぼくは北鎌倉の「ショコラトリーカルヴァ」で家内へのお土産を買う約束を思い出し、電車へと無事乗り込む彼女のドローンを見送った。

 緩やかにホームから大船方面へと進み出す横須賀線を見ながら、ふと気がついた。

 

 漱石は去っていく登世を山門の中から見送っていて、彼女が消えた去った後に残像として残る現代で咲いている白い桔梗の花を見たのではないだろうか。

 

 止宿していた年末年始は桔梗の花が咲く時期ではない。

 

 死んだはずの登世に会い、彼女が消え去るその時に見た白い桔梗に、神仏にも感じる至って清浄なものを感じたのではないだろうか。

 

 漱石は「仏性は白き桔梗にこそあらめ」の句を円覚寺の帰源院に残している。

 

 北鎌倉の駅から「ショコラトリーカルヴァ」へと鎌倉街道脇の歩道を歩くと、白鷺池の山道から清涼な夏の緑の風が吹き抜けていた。


 この不思議な体験が夢でなかったとして、後年に夏目漱石が書いた『門』になにか変化が生じているのではないか?

 

 そう思ってぼくはもう一度あの本を読み直してみようと思った。

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