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異世界に導かれし者  作者: NS
第2章 聖都アストレア
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2-26 未知との遭遇5

 時は少し遡って拓海とアイリスの二人がお互い何も話すことなく森に逃げ込んでしばらくした頃、拓海は突然走るのをやめた。



「……」


「拓海さん……?」



 突然立ち止まった拓海を不思議に思ったアイリスは首を傾げて拓海を見た。


 そして、拓海は目を瞑って一度深呼吸をしてから目を開けて何か覚悟を決めたような顔をしてアイリスに答えた。



「アイリスは先に村に戻っててくれ。俺は胡桃の加勢に行ってくるよ」



 迷いのない目でそう話す拓海にアイリスは一瞬呆然とした。



「え、ちょ、ちょっと待って下さい! 今回の敵は今までの敵と比べものにならないくらいの強さです……。一歩間違えたら死ぬかもしれないんですよ? 拓海さんは怖くないんですか……?」



 そして我に返って不安と驚きが混ざったような顔でアイリスは震える声で拓海に問いかけると、本格的な戦闘が始まったのか泉の方から大きな音が聞こえ始めた。


 轟音が聞こえて表情を曇らせるアイリスに拓海は弱々しく笑い、アイリスの頭をぽんぽんと叩いた。



「いや、怖いさ。正直さっきまでは俺も動けないくらい恐かったよ」


「え……?」



 そして拓海はアイリスの頭から手を離し、背を向けた。



「でもさ、良く考えたら胡桃が死ぬことの方が自分が死ぬことより、もっと恐い。これで俺が加勢に行かなくて胡桃が死んだら絶対に後悔するしな」


「そんな……」



 そんなことないなどとアイリスは言うことが出来なかった。バンダースナッチの攻撃から一人果敢に立ち向かい拓海とアイリスを逃してくれた胡桃の顔をアイリスはしっかりと見ていた。


 不安を隠して、力無く自分に笑いかけてくれた胡桃の顔を。



「まあなるようになるさ! 俺はやらないで後悔するより、やって後悔した方がましだと思ってるからな。アイリスも自分がやりたいようにやりな!」



 そして、そう言葉を残した拓海は元来た道を走り戻って行った。



「私は……」



 アイリスはその後ろ姿をただ見送ることしか出来なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ッ!?」



 霞む視界の中、歯をくいしばりバンダースナッチの腕の叩きつけをギリギリのタイミングで横っ飛びをして避けて地面を転がった。


 胡桃はバンダースナッチの攻撃を受けてからほとんど防戦にまわっていた。最初に受けた一撃が致命傷となり、胡桃の思考も既に正常に働いていなかった。本能と経験が胡桃の身体を突き動かし、魔法と短剣で攻撃を繰り返しているものの、バンダースナッチの頑丈な鱗のせいで今いち手ごたえがなく胡桃の精神力は更に削られ、傷と出血が増えて体力が減っていった。



「はぁ……はぁ……」



(私が……止めないと……。二人が逃げ切るまで……頑張らないと……)



 たたらを踏みながら立ち上がるが力が入らず、体験したことがない痛みと失血で正常な思考が既にできなくなってしまっていた胡桃は、逃げるという選択肢が頭から完全に消えてしまっていた。


 しかし、そんな胡桃の状態を無視してバンダースナッチは雄叫びをあげながらひたすら胡桃に向かって当たれば大木を一撃でへし折ってしまうような殴打を繰り返している。


 そして胡桃が両腕の叩きつけ攻撃を後ろに飛んで避けようとした時だった。



(しまった!?)



 疲労と受けたダメージからか上手く足に力が入らなかった胡桃は思ったより後ろに移動出来ず、叩きつけによる衝撃で吹き飛ばされないように瞬時にその場で踏み止まったせいで舞い上がった砂煙に思わず目を閉じて足を止めてしまった。



「あ……」



 一瞬バンダースナッチから目を離してしまった胡桃は再びバンダースナッチを見て目を見開いた。すぐそこまで鋭い牙と赤黒い目を持つ顔が迫ってきていたのだ。


 血の気が引いた胡桃は、恐怖を感じながらも反射的に短剣を前に突き出したが顔の突撃に直撃してしまった。



「ッッッ!!?」



 短剣が弾き飛ばされ、攻撃に直撃した胡桃は声にならないような悲鳴をあげながら森の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 受けてはいけなかった一撃を胡桃は受けてしまった。


 先程よりも強く木に背中を叩きつけられた胡桃は身体のあちこちの骨が折れるのを感じながら、喉奥から這い上がってくる血を咽せるように吐き出し、口の端から流れる血液が地面を赤く染める。

 地面にうつ伏せに倒れた胡桃は身体を痙攣させ、指一本身体を動かすこともままならない状態の中、自分の死を予感していた。



(……拓海……アイリス……お兄ちゃん……ごめんね、私もう駄目みたい……)



 涙が自然と流れる目からは光が失せ、そのまま力無く目を閉じた胡桃はそこでついに意識を失った。


 しかし、無慈悲にもバンダースナッチは既に意識がなく、血の海に沈む胡桃に近づき、とどめをさすためか伸びた両腕を振り上げ、木っ端微塵にしようと全力で叩きつけた。

 轟音をあげて、倒れた木々で辺りに大量の土煙が舞う。


 それからバンダースナッチが獲物を仕留めたか確認しようと腕をどかしたが、叩き潰したはずの胡桃の姿はそこにはなかった。


 そして叩きつけた五メートルくらい離れた場所にさっきまでいなかった男がボロボロになって意識を失っている胡桃を抱えてそこにいた。



「胡桃……。ごめん……」



 その男、桐生拓海は目も当てられないくらいの重症を負って血だらけで意識を失い、ぐったりとしている胡桃の頰を伝う涙を拭ってあげてから木陰に下ろすと、こちらの様子を窺っているバンダースナッチにこれまでに感じたことがないくらいの怒りと殺意を向けて睨みつけた。



「てめぇ……。絶対にぶっ潰してやる!!」



 怒りで声を荒げた拓海に反応したのか、バンダースナッチは両腕を広げて咆哮を上げた。

 

次回は拓海対バンダースナッチです。

あと2、3話で2章は終わる予定です。

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