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異世界に導かれし者  作者: NS
第2章 聖都アストレア
34/434

2-25 未知との遭遇4


「はっ……はっ……はっ……!」



(何だあれ……何だよあいつ!?)



 全力で走る拓海はこの世界に来て初めて『死』という恐怖感に襲われていた。初めてジャイアントゴブリンと対峙した時とは全く別物。


 ここまで強大な力を持つモンスターに初めて相対し、明確な殺意を向けられた拓海は何も考えられないまま、もつれそうになる足を必死になって動かしてひたすら泉へ逃げていた。

 三人はしばらく走り続け、胡桃が魔法を使いながら逃げてくれたおかげで何とか泉がある開けた場所に辿り着いた。



「「はぁはぁはぁはぁ……」」



 恐怖心で普段の倍以上の疲れを感じた拓海とアイリスは胸に手を当て、肩で息をしていた。拓海は胸に手を当てると自分の鼓動がこれまで感じたことがないほど強く、早くなっていることに気付いた。



「ッ!?」



 血生臭く、腐臭が混じった澱んだ空気に混じって背中から飲み込まれるような殺意を感じ、拓海は反射的に後ろに目を向ける。



 ーーーゴアァアァァァァァァァァーーー



 不気味に蠢く赤い目を持つバンダースナッチが木々を薙ぎ倒して咆哮をあげている。身の丈ほどある両手で地面を抉り、身体にぶつかった木々が簡単にへし折れていく。そのモンスターから感じる想像もつかないようなエネルギーに気圧され、それが更に自分達の方に走ってきている恐怖で拓海の身体は硬直してしまった。



(拓海!?)



 胡桃はそんな拓海の様子がおかしいことにいち早く気づき、強張った表情で歯を食いしばり素早く拓海の前に踊り出た。



「“ダークミュール・エノルム”!」



 ーーバギィッッッ



 魔法を詠唱した胡桃の手前の地面に黒い渦が現れると共に勢いよく飛び出た黒い壁がバンダースナッチの突進を弾き飛ばした。



 ーーーゴアァァァァァァァ!?ーーー



 弾き返されたがそのままその場に踏み止まって鞭のようにしなる腕を突如目の前に現れた黒い壁に何度も叩きつけ始めた。

 その様子に胡桃は表情を引き攣らせながらもバンダースナッチから目を離さないようにしたまま、拓海に叫ぶように伝えた。



「拓海、怖くて動けないなら逃げて! こいつは私が食い止めるから!」


「え、で……でも……」



 しかし、拓海は逃げずに戦わなければいけないという気持ちと今すぐこの恐怖から逃げたいという気持ちが交差し、動揺しながら返事を躊躇い、動けないでいた。


 すると、そんな動けずにいる拓海に目を向けないまま、胡桃は声を荒げた。



「早く行って! そこで何もしないで立っていられても邪魔なだけよ!!」



 そして、胡桃の言葉を聞いて我に返った拓海は歯をくいしばりながらアイリスの方を横目で見ると、アイリスは座り込んでしまい口をパクパクさせて恐怖で動けずにいた。



「ごめん」



 拓海は呟くように胡桃に告げ、アイリスの方を向いた。



「アイリス……行くぞ」


「で、でも……胡桃さんが……」


「恐怖で動けない俺らがいても足でまといなだけだ……。早く行くぞ」



 そう言って拓海は動けないアイリスの手を掴み、二人は胡桃を残して森に向かって走っていった。


 目の前の黒い壁のヒビが広がっていく中、胡桃は短剣を握り直し、二人が森の中に消えて行くのを横目で見届けた。



(行っちゃった……か。私Sランクモンスターなんて一人で相手したことないんだけどなぁ……。しかもバンダースナッチなんて名前と見た目しか把握してないし……。でも、二人が村まで逃げれるくらいの時間は稼いで見せる!!)



 するとバンダースナッチの連続殴打により、展開していた黒い壁に大きな亀裂が走ったのを見ると同時に、胡桃はバックステップでその場から距離をとった。



「ふぅ……。いくよ!」



 胡桃は殺意のこもった鋭い目でバンダースナッチを睨み、溢れ出した風の魔力で髪をなびかせながら目を瞑り、周囲の落ち葉と砂が胡桃を中心に舞い始めた。


 そして、バンダースナッチが黒い壁を叩き壊すと同時に胡桃は目を見開き、魔法を詠唱した。



「“ハイドイングレーション”!」 「“ウインドステップ”!」



 風の魔力が胡桃の足を包み込み、身体の輪郭がぼやける。そして、胡桃がいた場所に落ち葉と砂埃を残してその場から消えた。正確には姿が景色と同化する魔法を使い、消えたように見えるほど素早く動いたのだ。


 そして、バンダースナッチの背後をとった胡桃は再び魔法を詠唱しながら片手でクナイを投げ、脇差で背中に斬りかかった。



「“爆符・ウインドブラスト”!」 「付与魔法“闇”!」



 術符が付いたクナイはバンダースナッチの背中にぶつかると、緑色に発光して爆発し、風属性の魔力の刃が身体を覆う鱗を弾きとばした。



 ーーーゴギャアァァァァァァァァ!?ーーー



 そして、剥き出しになった筋肉質な肉体を覆う黒い皮を胡桃が付与魔法により強化された脇差の魔法の刃で斬り裂き、バンダースナッチの身体から黒々とした血が噴き出して悲鳴のような叫び声をあげた。


 脇差で斬りさいた胡桃はそのバンダースナッチの様子に手ごたえを感じていた。



(よし! ちゃんと効いてる!)



 それからバンダースナッチは怒り狂ったように胡桃を殴り飛ばそうと、振り向きながら長い腕で地面を抉り飛ばしながら薙ぎ払う。


 そして反撃がくると身構えていた胡桃は、冷静に大きく後ろに飛んで攻撃範囲から逃れようとした。


 その瞬間、胡桃にとって予想外のことが起きた。



「なっ!?」



 視界一杯に広がる硬質な青い鱗。胡桃はバンダースナッチの長い腕から繰り出される攻撃範囲を読んで、後ろに飛んだはずだった。視界を埋め尽くす青い鱗に、胡桃は死を連想してしまい思考が一瞬止まった。

 その状況に陥ったのは胡桃がバンダースナッチの長い腕から繰り出される攻撃範囲を見誤ったからではない。バンダースナッチの予想外の性質によるものだった。鋭い嗅覚、そして腕を約二倍ほどの長さまで自在に伸縮することができるという性質である。

 振り向き様に長い腕で弾き飛ばしてくると胡桃は考えていたが、バンダースナッチは振り向いた訳ではなく、身体を大きく回転させていた。そして、もう片方の腕を胡桃が後ろに飛んだのと同時に姿は見えないが鋭い嗅覚で居場所を捉えていたバンダースナッチは殴りつけるように勢いよく伸ばしてきたのである。



「ーーッッッ!?」



 流石の胡桃もこの動きは予想出来ず、辛うじで脇差で攻撃の軌道を少しずらして爪の直撃は避けたが、胡桃は何かがへし折れるような嫌な音を聞くと共にそのまま為すすべなく殴り飛ばされてしまった。


 バンダースナッチの腕に殴り飛ばされた胡桃は声にならない悲鳴を上げながらゴムボールのように弾き飛ばされ、受け身をとる間もないほどの勢いで木に激しく背中をぶつけると、再び身体から何かがへし折られる嫌な音と共にぶつかった木が音を立ててへし折れた。



「っ……ぁ、ぅ……ぁ……かふっ……」



 地面に仰向けに倒れる胡桃は、呻きながら咳き込むように吐血した。

 バンダースナッチは血走った目で既にまともに動けない胡桃を見ながらゆっくりと胡桃に近づいていく。


 倒れる胡桃からは背中やぶつけた頭から出血していて、少しずつ地面が赤く染まっていく。元々胡桃の防具は動き易さを重視したものなので胡桃は想像以上のダメージを負ってしまっていた。身体から血が流れでて、貧血気味の胡桃は朦朧とする意識の中、闘志は失わないようにバンダースナッチを睨みつける。

 胡桃はよろめきながら立ち上がり、腰の短剣を引き抜いたが、意識がはっきりしないまま立ち尽くしていた。


 しかし、無情にもバンダースナッチは容赦なく咆哮を上げながら二本の腕を伸縮させながら胡桃に襲いかかる。


 それから胡桃は本能だけでバンダースナッチの攻撃を短剣で受け流しながら防いでいたが、防ぎ切れるわけがなかった。時間が過ぎるにつれて胡桃は失血し、傷も増えていき、徐々に心臓の鼓動も小さくなっていくのであった。

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