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異世界に導かれし者  作者: NS
第2章 聖都アストレア
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2-5 謎のオーラ

(……ん? 何だ?)



 拓海は胡桃と別れて村に戻るため森の中を歩いていると、風で揺らめき擦れ合う木の葉の音に混じって何か遠くの方から悲鳴が聞こえてきた気がした。


 拓海は一旦立ち止まりよく耳をすませる。


 すると、今度は助けを求めるような女性の悲鳴がどこかから聞こえた。



(まさか胡桃? いや、今のは胡桃の声じゃないしな……。ちょっと待てよ……悲鳴が聞こえた方向的に……っ!! まさか村に!? くそっ)



 拓海は嫌な予感がしたと同時に身体が勝手に動き、村に向かって駆け出していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あれは……」



 全力疾走して一分くらいで森を抜けた拓海から少し離れた場所で腰を抜かす村人の女性の前にそいつはいた。


 体長は三メートルくらいあるだろうか。泥で薄っすらと汚れた緑色の肌でゴツゴツとした筋肉質な身体。片手には刃が分厚く、血や泥がこべり付いて切れ味はそこまで良さそうではないがかなりの重量がありそうな巨大な斧が握られている。


 その明らかに先程戦ったゴブリンとは違う巨体に拓海は見覚えがあって目を見開いた。



「あれは……ジャイアントゴブリンか!?」



 胡桃にどのようなゴブリンがいるのかということ、ゴブリンの群れがいるということからいる可能性があるモンスターについて拓海は事前に教わっていた。そして、目の前のモンスターは教わったジャイアントゴブリンの見た目の情報と一致していた。


 ジャイアントゴブリンはBランクのモンスターの中でもかなり手強くAランクの冒険者でも一対一では手を焼く強力なモンスターで一流冒険者になるための最初の壁として知られている。当然この依頼にはジャイアントゴブリンがいるなんてことは知らされていない。


 口の端から涎が地面にぼたぼたと音を立てながら滴り、ジュワッと音を立てて地面が溶けて削れていく。


 まだジャイアントゴブリンと村人は拓海には気付いていないが、ジャイアントゴブリンは地響きをたてながらじわりじわりと女性の村人との距離を詰めている。


 拓海はその様子を見て、拳を握りしめて震えてかちかちと歯がなっていた。現実離れしたその巨躯と多くの命を奪ってきたと思われる巨大な斧に顔が強張って萎縮した拓海は足がすくんでいた。


 拓海は葛藤していた。そもそも拓海は元の世界に戻ることが目的。そのためにこんな所で死ぬ訳にはいかない。

 しかし、救えるかもしれない命を見捨ててもし元の世界に戻ることができたとしても、きっと罪悪感で妹の柑菜に向ける顔がなくなってしまうだろうと拓海は感じていた。



(くそっ、胡桃がいない時に……だけど、だけど……。ふぅ……覚悟を決めろ!!)



 そして、拓海は震える両膝を思い切り叩き、ジャイアントゴブリンに目を向ける。


 もう迷いを断ち切った拓海は意を決してジャイアントゴブリンに向かって駆け出す。

 そして、一定距離を保って立ち止まり、近くに落ちていた程よい大きさの石を拾ってジャイアントゴブリンに勢いよく投げてぶつけて、大きく息を吸い込んだ。



「こっちを向け!!」



 拓海の叫ぶ大声が響き渡り、石をぶつけられて立ち止まっていたジャイアントゴブリンは狙い通り、ゆっくりと拓海の方に振り返った。

 これから食事というタイミングで邪魔されてイラだったのかジャイアントゴブリンの表情から怒りを感じた拓海は冷や汗が背筋を伝うのを感じながら拓海に気付いた村人に目を向けた。



「こいつの注意は俺が引きつける! その間に逃げろ!」



 拓海の声でようやく我に返った女性は、小さく悲鳴をあげて震えながらも拓海の姿を見て少し恐怖心が薄れたのか、立ち上がり頭を下げた。



「ひっ……あ、ありがとうございます……」



 拓海は腰から長剣を抜いてジャイアントゴブリンを睨みながら横目で女性が逃げたのを確認した。



(胡桃が今の声で気付いてくれるといいけど……)



 そんなことを考えていると、拓海は辺りの空気が一瞬で変わったのを感じて少したじろいだ。そして、自分に明らかな殺意を向けられたことに気付いた拓海は、長剣をしっかり両手で握り直した。



「ヴオォォッ!」



 ジャイアントゴブリンは唸り声を上げると、どすどすと音を立ててその見た目に似合わない速度でこちらに走ってきて、拓海に向かって勢いよく振りかぶった斧を振り下ろした。


 しかし、その動きは大した速さはなく動体視力が優れている拓海はそこまで焦ることなく冷静に振り下ろされる斧の軌道を見極めた。

 そして、剣で受け止めきれないと判断した拓海は、後ろに下がって避けるのではなく、前に踏み込んで逆に懐に潜り込んだ。近づくと生臭い異臭が拓海の鼻をつき、拓海は思わず顔をしかめた。


 だが拓海は集中して、長剣を両手でしっかりと握り、狙いを定める。狙いは大木のような太さで筋肉質なジャイアントゴブリンの巨体を支える右足。



「はぁっ!!」



 拓海は力を込めて全力でジャイアントゴブリンの右足を上から叩きつけるように斬りつけた。



「っ!?」



 しかし、表面の皮が厚いのか上手く刃が通らなく弾かれてしまった。傷はついたが微かに血が滲んだだけで、体勢を崩させるような有効打にはならなかった。

 それどころか、逆に拓海は斬りつけた反動で、後ろに少しのけ反って体勢を崩してしまった。



(く、この剣じゃ厳しいのか……)



 すると、目の前で斬りつけてきた拓海を鬱陶しそうにジャイアントゴブリンはその大木のように太く筋肉質な右足で前蹴りをしてきた。

 視界一杯に薄汚れた緑が広がるが、体勢を崩した拓海は避けることはできない。



「やばーー」



 不意をつかれた拓海は、避けれないと思った瞬間とっさに長剣の腹で前蹴りを受け止めようと構えた。



「ーーッ!?!?」



 そして長剣と足がぶつかった瞬間、身体には凄まじい衝撃が走り、拓海は何かがへし折れる音を聞いた。

 拓海は声にならない悲鳴を上げる。


 拓海の想像以上にその一撃は強く、ジャイアントゴブリンの右足は長剣を軽くへし折り、そのまま拓海を蹴り飛ばした。


 蹴り飛ばされた拓海は長剣を手放し、ゴムボールのように地面に身体を叩きつけながら五メートルくらい吹き飛ばされたところでようやく止まった。


 右の視界が赤く染まっていく。どこか切って血が流れて右目に流れる。息がつまり、倒れたまま口の端から血を流す拓海は、激しく咳込んだ。



「かはっ!? く、あ……ごほっ、ごほっ……」



 両腕も恐らくヒビが入っている上に上手く呼吸が出来なくて拓海は顔を歪め、あまりの痛みに思わず目から涙が流れた。このままではいけないと、立ち上がろうとするが想像以上の痛みと目が回り、拓海は立ち上がりきることができずに片膝をついてうずくまっていた。


 しかし、そんな拓海の状態など関係なく、ゆっくり拓海のもとに歩いてくると唸り声を上げたジャイアントゴブリンは振り上げた斧を無常にも振り下ろす。


 巨大な斧が徐々に拓海に迫る。



(く……そ……。俺はこんなところで死ぬのか……。ごめん柑菜、父さん、胡桃……)



 赤く狭まった視界で迫る刃に、拓海は歯を食いしばりながら最後に少しでも抵抗しようと、振り下ろされる斧を受け止めようと苦し紛れに腰から引き抜いた短剣を構えた。


 すると次の瞬間、短剣と斧がぶつかった感触はあったが拓海は潰されることなく上から吹いた風が拓海の髪を揺らした。



(……?)



 拓海は目の前の信じられない状況に目を見開いた。

 苦し紛れで構えた短剣が巨大な斧を受け止めていた。しかも不思議なことに短剣を持つ拓海にはそんなに斧の重さを感じなかった。



(これは…….)



 拓海が持つ短剣は銀色に輝くオーラを纏っていた。聖都に行く途中に一度無意識に拓海が纏った正体不明のオーラである。


 拓海は痛みに耐えながら、短剣と斧で競り合いながらゆっくりと立ち上がって、全力で短剣で斧を弾き返した。斧を弾き返されたジャイアントゴブリンはバランスを崩して後退りする。


 霞む視界の中、拓海は自分が握りしめる最後の武器である銀色に輝く短剣を驚いて見つめた。



(もしかしてこのオーラは付加魔法なのか? いや、それよりたたみかけるなら今しかない!)


「うおおぉぉぉ!」



 拓海は痛みを我慢しながら雄叫びを上げ、気合いと共に最後の力を振り絞って銀色のオーラを纏った短剣で体勢を崩したジャイアントゴブリンに接近してその体に必殺の連撃を無我夢中に叩きこんだ。


 そしてジャイアントゴブリンが悲鳴のように呻きながら尻もちをついた瞬間、拓海は何も考えずに無意識にジャイアントゴブリンの眉間に向かってオーラを纏った短剣を全力で投げていた。

 投げた短剣がジャイアントゴブリンの眉間に到達したと同時に拓海はすかさず氷属性の低級魔法を詠唱した。



「“フロスト”!!」



 眉間に深く刺さった短剣はそのまま頭の内部を氷漬けにしたようで、ジャイアントゴブリンの目からは正気が失せ、その巨大な身体はゆっくりと後ろに傾き始めた。



「や……った……」



 霞み揺れる視界の端でジャイアントゴブリンが音を立てて倒れるのを見送った拓海は、頭からも血がしたたり身体に走る激痛に耐え切れずにその場に膝から崩れ落ちて糸の切れた人形のようにばたりと倒れて意識を失ってしまうのだった。

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