2-3 冒険者登録
(……ん? 何だろうこの感じ……暖かい……それに何かいい香りがするような……っ!?)
「んっ……すぅ……すぅ……」
「ちょっ、え!? く、胡桃!?」
目を覚ました拓海の上に、何故か胡桃が覆い被さるように気持ち良さそうな顔をしてぐっすりと寝ていた。
「ん〜……」
気持ち良さそうに寝息をたてる胡桃の顔が拓海の顔のすぐそばにある。胡桃の寝息が首に当たり、高級そうな石鹸の良い香りが拓海の思考を鈍らせる。
(待て待て落ちつけ……ここで対応を間違えたら面倒なことになるぞ)
そう思いながら必死に冷静になろうとする反面、顔を赤くして身動きがとれずにいる拓海が胡桃の寝顔を見ていると、胡桃が唸りながら擦り寄ってきた。
「ん、ん~お兄ちゃん……?」
「ッ!?」
胡桃は寝ぼけているのか首の後ろに手をまわして拓海に抱きついてきた。
胡桃の柔らかい頬が拓海の頬にあたり、決して小さくない胸が押しつけられる感覚を感じた拓海は流石に恥ずかしさの限界で慌てて胡桃から離れようとした。
「ちょ、く、胡桃! だ、駄目だって!? 俺だよ拓海だよ! 目を覚ませ!!」
拓海が胡桃から逃れることが出来ずに苦し紛れにそう叫ぶと、胡桃は眠たそうにゆっくりと身体を起こして拓海の上に馬乗りのまま目元をはだけたパジャマの袖で擦った。
「ん……あれぇ? 拓海? おはよ~」
「あ、あぁ……おはよう……」
寝ぼけたまま挨拶する胡桃にぎこちない表情の拓海は挨拶を返した。
それから薄目の胡桃と拓海が見つめ合い五秒。
徐々に胡桃の目が見開いていき、自分のはだけたパジャマと下敷きにされている拓海を見比べた。
「え、あ……えっ……きゃああああぁぁぁ……!?」
「ぐはっ!?」
徐々に顔が赤くなっていき、恥ずかしさのあまり叫んだ胡桃に反射的に蹴り飛ばされた拓海は、小さく悲鳴をあげると共に勢いよく転がりながら背中を壁にぶつけ、宿屋に鈍い音が鳴り響くのだった。
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その後、下の階から酒場の管理人さんが部屋に上がってきた。理由はもちろん朝から胡桃が大きな悲鳴をあげたことと、拓海が壁に背中を打ち付けた音のせいだった。
二人は観念して酒場の管理人さんに正座させられて叱られるのだった。
「あんた達、他のお客様も泊まっているんだからね!
気をつけなさい!」
「はい、すいませんでした……」
「ごめんなさい……」
そんなぐうの音もでず、反省して俯く二人を見て管理人は一息つくと、拓海に管理人さんが近づいて胡桃に聞こえないくらいの声で耳打ちした。
「あんた、見た目の割に案外大胆なのねぇ……」
拓海が振り向くと、管理人さんはにやにやと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「決してやましい事はしてないですからね」
「あらぁ、本当かしら〜?」
何か勘違いしている管理人は面白そうに笑いながら一階の厨房に帰っていった。拓海の言葉を適当に聞き流して信じていないようだった。
それから、管理人に怒られてからぎこちない雰囲気で二人は朝食を済まして部屋に戻った。
拓海が先頭で部屋に入ると、拓海の後ろから胡桃が申し訳なさそうな顔で近づき、拓海の袖を掴んだ。
「あの、ごめん。悪いのは私なのに拓海まで叱られて……」
お互い悪気があったわけではないので、申し訳なさそうに謝る胡桃の言葉に、拓海は振り返って首を横に振った。
「いやいや、こっちもごめんな。というか忘れよう、うん」
「あはは……。そだね。ありがと」
二人がそうお互い笑い合って和解したところで、拓海はそういえばと思い出したかのように話を切り出した。
「そうだ! それより今日は聖都で冒険者登録するつもりなんだけど、いまいちよく分からなくてさ。ついてきてくれないか?」
「うん! 私も一緒に行くよ!」
胡桃は拓海の誘いに笑顔で返すのだった。
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それから、二人は早速出かける準備を済ませてアルカディア城の内部にあるという聖都の冒険者ギルド支部に向かっていた。
そして、そのアルカディア城の下まで来ると拓海は改めてその大きさに一人驚いていた。
拓海が城の下から城を見上げ呆けていると、先に歩いていた胡桃が振り返って拓海に手を振りながら声をかけた。
「拓海? どうしたの~? ほら、こっちだよ〜! こっち!」
「あ、あぁ! 今行くよ!」
アルカディア城の一、二階は繋がっており天井には高そうな照明器具がついていて広いロビーとなっていた。
「三階までは階段だよ! ついて来て!」
拓海は胡桃の後を追い階段を登った。どうやら登り専用の階段と下り専用の階段があるらしく階段は基本一方通行になっているようだ。
また胡桃曰く冒険者連盟の聖都の支部はアルカディア城の三階の酒場と繋がっているらしく、三階に着いた拓海と胡桃の二人は早速受付に行った。
それから受付に並び、受付嬢に趣旨を伝えると冒険者登録の申請書を手渡されて、拓海は胡桃に教えてもらいながら申請書に記入した。
そして拓海は申請書を書き終えて受付嬢に渡すと、すぐに冒険者用の身分証明書となるカードを発行してくれた。
「それでは、こちらのカードが冒険者の証となりますので、ご確認下さい」
「どうも、ありがとうございます」
拓海は受け取ったカードを確認していると魔力の欄がまだ空欄になっているのに気づいた。
「あの、ここ空欄なんですけど……」
「あ、申し訳ありません。そのカードを持って八階にある魔力測定室に行って下さい」
受付嬢の説明によると、どうやらこの欄にはそこで測定した魔力が記入されるようだ。
カードを受け取った拓海は早速胡桃と上に向かうエレベーターに向かった。あとで胡桃に聞いた話ではこのエレベーターは風魔法を利用して出来ているらしい。全く振動もなく動いているため、拓海はいまいち上に上がっている感じがしない不思議な感覚を覚えた。
そして二人が八階に着き魔力測定室に着くと、部屋の扉が閉まっていた。
すでに誰かが測定をしているようなので待っている間、拓海は少し気になったことがあったから胡桃に質問した。
「なあ、魔力測定って具体的に何を測るんだ?」
「えっと….…自分が持つ魔力の種類と魔力の保有量と質かな。ちなみに保有量と質は鍛えればある程度上がるよ!」
魔力の保有量と質にも下からE、D、C、B、A、S、SS、SSSとあるらしい。誰が広めたのかは不明だが、帝クラスの中には測定不能になる人がいるんだとかいう噂があるようだ。
そうこう話しているうちに、前の人が出てきた。拓海と背丈が同じくらいの金髪の女の子だ。耳が尖っているところを見るといわゆるエルフというやつだろうか。
「よし、それじゃあ行ってくる!」
「うん! 私は部屋の外で待ってるね」
部屋には測定者以外は入れないので、胡桃に見送られながら拓海は一人で部屋に入った。部屋には用途がわからない様々な機械が設置してあった。
拓海が部屋を見渡していると部屋の中央に立っている白衣を着た銀縁眼鏡の男が声をかけてきた。
「君! こっちだよ」
男に呼ばれ我に返った拓海は急いで男の元に向かった。拓海が珍しいものを見たような様子で部屋を見ていたので、銀縁眼鏡の研究員が拓海に尋ねた。
「この部屋に来たのは初めてかい?」
「はい。えっと今日は冒険者の登録をしに来ました」
研究員は拓海の言葉になるほどと一つ頷くと、魔力測定をするため拓海を手招きして誘導した。
「それじゃあ、そこでカードを真上に掲げて立って待ってて」
「えっと、こうかな?」
拓海がカードを自分の真上に掲げていると、床に何やら複雑そうな光輝く魔法陣が現れた。そして数秒魔法陣が発光すると魔法陣が消えた。どうやらこれで終わりのようだ。
「はい、これで終わりだぞ。どれどれ……っ!? これは中々……君はまだ冒険者駆け出しだよな?」
「そうですけど……どうかしました?」
「君の魔力は氷、無属性で魔力保有量はAだ。この時点で駆け出しにしては中々凄いよ。だが何と質はSSだ。さっきのエルフの女の子より凄いな。上位の冒険者でも中々いないんだけどな……。えっと、名前は……。桐生拓海……って言うのか。桐生……ね。うん、将来有望だね。覚えておくよ」
「えっと、ありがとうございました」
そんなやり取りを交わして、いまいち実感がないまま部屋を出ると、胡桃は廊下の壁によりかかって何か鼻歌を歌いながら待っていた。
「あ、終わった? それで、どうだった?」
「ほら、こんな感じ」
拓海がカードを胡桃に渡し、その結果に目を見開き、唖然としていた。
「私でも頑張って最近やっと質がSになったばっかりなのに……」
「あははは……」
そう苦笑をしている拓海の目の前で胡桃は一人いじけているのだった。
最初の胡桃と拓海の夜の宿でのやりとりは番外編で書く予定です。




