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春告げのセリ  作者: K+
おまけ
25/25

小話 ※二編有

※ 健康体操(ミシュ歴五〇六年春) ※


 ヒラルは五つ。今日も父にくっついて、本宅へやって来た。

 馬から降ろしてくれた父から、耳にタコができている文言をつらつら聞かされる。一人で森に入るな、グリンザ・ムスタに近づくな、祖父(じい)様にちゃんと挨拶しろ、叔父様、叔母様にもちゃんと挨拶しろ、お昼ご飯に食器で遊ぶな……

 二番目の項目は、いつもするっと聞き流す。

 祖父の部屋に父と入って、御挨拶が済んだら一人で退出。早速、ムスタを捜す。

 部屋には居なかった。

 廊下をひょいひょい歩いていたカイケン(じじ)に後ろから突撃したら、華麗にかわされた。悔しい。

「グリン、何処っ」

 不貞腐れて問うたら、存じませんな、と爺は顔の皺を一層くちゃくちゃにした。

「知っとりますかな、ヒぃ嬢。わし、若い頃、ムスタにそっくりだったんですわ」

「……どおいうこと」

「ムスタはそのうち、わしみたいになるっちゅうことですわ」

 ヒラルの頭は、寸時、考えることを放棄した。

 グリぃンっ、と呼びながら、ヒラルは駆け出す。


 屋敷の裏手に、叔母と二つ下の従妹、モモが居た。

 この前、母がモモをとても可愛がっているのを見てから、ヒラルは少々面白くない。確かに白くてぷくぷくで可愛いけれど、ヒラルだって可愛いのだ。グリンザが、お姫様、と呼んでくれるくらいだ。

 叔母と従妹は、芝地で並んで、妙な動きをしていた。

 後ろ向きに忍び足。普通、抜き足差し足忍び足というのは、前向きにするものではないだろうか。

 こそこそと、何かから逃げ出す練習だろうか。

 ヒラルが首を傾げて眺めていたら、モモがこちらに気づいた。

「ひりゅりゅ」

「あ、いらっしゃい、ヒラルちゃん」

 叔母が優しく笑った。ヒラルは、叔母は大好きだ。ウチとはちょっと変わった、美味しい物を食べさせてくれるから。

 こんにちは、と腰を折ってきちんと御挨拶して、ヒラルは叔母の綺麗な青い目を見上げた。

「熊から逃げる練習してたの?」

 叔母は楽しそうに、ううん、と応じた。

「えーとね、体操です。叔母さんの、故郷(ふるさと)の」

「ぽかぽか、元気ぃよ」

 モモが言って、ころころ笑った。この従妹は、いつ見ても幸せそうだ。グリンザと毎日一緒だからに違いない。

「わたし、グリン捜してるの」

「今日は、デン様と一緒に出かけてるわ。そろそろ帰ってきますよ」

「そうだったの」

 だから見つからなかったのかとヒラルが納得した時、あ、と叔母が嬉しそうな声をあげた。

「おかえりなさい」

 振り返ると、グリンザと叔父が並んでこちらに歩いて来る。ヒラルがぱあっと顔を輝かせる間に、モモが走り出していた。

「とと様」

 叔父に高々と抱き上げられて、従妹はきゃあきゃあと喜んでいる。

 まったくコドモですこと、とお姫様ぶった感想をヒラルは浮かべていたが、そんなモモを見たグリンザが、にっこりした。

「モモちゃん、体操してたね? ほっぺがお名前の花とおんなじ色だ。益々可愛くなってるよ」



 お姫様をかなぐり捨て、ヒラルが体操を教わるようになったのは言うまでもない。



    ※    ※    ※



※ 誕生日(ミシュ歴五〇六年冬) ※


 デンの二十六回目の誕生日に、一日ゆっくりできる時間を贈ろうとセリは思いついた。

 義父をはじめとする屋敷の人達に頼んで、予定の調整をする。みんなが協力してくれて、しっかりお休みの日を作ることに成功した。

 後は当日の朝、今日はのんびりしてね、と伝え、びっくりしてもらったら完璧だ。

 セリはウキウキしながらその日を迎えたが、この計画には穴があった。

 当日までデンには内緒で、驚かせたいのだと、皆に伝えるのを忘れていたのである。

 デンにはかなり早い段階から情報が漏れており、周りからは、若奥さん、若坊と二人の時間が欲しいみたいだねぇ、と微笑ましく語られていた。

 そもそも、この日はセリの誕生日でもあったからだ。

 そんな事とは露知らず、こっそりと準備をしているつもりだったのはセリ一人。


 早朝、のんびりしてね、と予定通り伝えたら、デンは驚いてくれずに、はにかみ顔でセリの額に口付けてきた。それはそれで、セリはとても嬉しかったのだけれど、その後すぐに夫妻の寝室へ美男が押しかけて来て、こんな発言である。

「というわけで、準備はいいかなー?」

 グリンザが、どういうわけなのか、いい笑顔で言う。「シシィと研鑽を重ねてきたからね、身体への負担は殆ど無いよ。安心してね」

 え? え? と、むしろ驚いているのはセリとなってしまった。

 セリの隣で、デンは頬を緩める。

「奥殿、前から動物になりたそうだったから、ムスタに何とかできないか頼んでたんだ。今年、やっと実現できた」

「兎や小鳥の奥方も可愛い気がしたけど、他の動物から本物と間違えられると事だからね。ある程度、大丈夫そうなのってことで、猫にしたよ」

 セリは、おろおろしながらデンとグリンザを交互に見る。

 メッセン自治区では、森へ入り込んで来る不法侵入者を、ゴウナやデンが神獣のフリをして追い払うということが数年に一度の割合で行われるようになった。

 グリンザが類友氏と競うように魔法図を改良したお蔭で、このところは、大変な魔法というより楽しそうな魔法になってきている。確かにちょっぴり、いいなぁ、とセリも思っていた。

 口に出したことは一度も無かったのに、見抜かれていたとは……!

 恥ずかしさにうろたえつつ、セリはふるふる首を振った。

「だ、駄目です。わたし、居なかったら、モモが心配します」

「大丈夫。今日は義姉者(あねじゃ)やクラカが見てくれることになってる」

「えぇ? そこまで根回し済み!?」

「バチェラ程度の魔力量だったら一緒に子猫になっても良かったけど、ちょっとモモは……まだ制御が上手くできない今、下手な事しない方がいいから」

「ま、ま、今日は二人の誕生日でしょ。二人だけで楽しんでおいでよ」

 グリンザが魔法図を取り出す。「僕は今日、部屋で人体を飛ばす構成を考えてるから。元に戻りたくなったら、いつでもおいで?」

 何ですかその魔法は、と問う暇も無く、パッと眩い光がグリンザの指先から漏れ、セリは頭を撫でられる。

 次の瞬間には、バサバサと着ていた服が落ちてきた。

「うにゃー」

 もぞもぞと布をかき分け脱出すると、随分高い位置からグリンザとデンが見下ろしてきていた。

 きらっきらの笑顔で、可愛いっ、とグリンザが歓声をあげる。

「わー、奥方、予想以上に可愛いー!」

 はしゃいだ様子で屈み込むグリンザの横で、デンは片手で顔を覆って動揺しているようだった。指の隙から覗いてきて、ハッとしたようにグリンザを見る。

 今しも喉元を撫でられかけていたセリは、さっとデンにすくい上げられた。宙を泳いだ四ツ脚は黒い毛皮に覆われていたが、脚先だけ白い。完全な黒猫ではないようだ。

「みゃあ」

 デン様、と呼んだものの、言葉にならない。

 グリンザが、物欲しそうな目で見てきた。

「ちょっと撫でるくらい、いいじゃーん。ぅわぁ、綺麗な肉球ぅ。僕も触りたいよ!」

「ムスタ、俺にも早くかけて。激しく気が進まないけど、俺なら撫でていいから」

「えー、デン君、可愛い猫になる自信あるわけー?」

「無いけど、妥協して」

「みゃあ、にゃあ」

 デン様も猫になるの? とセリは嬉しいような勿体無いような気分で問うた。

 デンの腕にしっかり抱えてもらっている今現在、かなり居心地がいい。とはいえ、せっかくお休みを用意したのだから、デンには寛いでほしいものである。この際、セリはその傍で丸まって居られれば幸せだ。

 しかしながら、セリの猫語は二人に通じなかった。

 デンはセリよりも早めにこの〝贈り物〟を決めていたようで、妻の〝願望〟を知って、どうせなら一緒に変化する計画へと変更したらしい。

 セリ猫を抱っこしたデンが床に腰を下ろすと、グリンザが再び魔法を発動させる。

 体勢が崩れ、セリはぽふっと茶虎模様の毛皮に乗っかった。グリンザの喜声が頭上で響く。

「おぉ!? デン君、意外と可愛いよ!」

 セリが慌てて脚をどかすと、デンが身を起こす。

 きゅんとした。

 しなやかな身ごなし。縞模様がきりっとした眉のようで、凛々しい風貌。瞳の色が、少し明るくなっている。

 デン狼もカッコ良かったけれど、デン猫もイイ。

 なぉなーおっ、とセリは猫的黄色い声を発する。デン様、素敵っ、と言ったわけだが、デンは油断ない目つきでグリンザを見上げ、ちょっと毛を逆立てていた。

 グリンザの大きな手はセリに向きかけていたが、くしゃくしゃとデンの頭を撫でる。

「はいはい、引っ掻かないで。妥協した妥協した。奥方ってば君しか見てないよ、幸せ者め」

 デンはこちらを見ると、焦ったように顔を前脚で洗い出す。セリは我知らず尻尾をぴんと立てて、デンにすり寄っていた。

 グリンザはにやにやと目を細めてから、部屋の扉を開ける。

「じゃあね。あ、そうそう、その恰好で子猫ができるようなことはしない方がいいと思うよ。ソコは気をつけて」

 デンは照れ隠しのように尻尾でグリンザの足をはたくと、脇を歩き出す。セリもぴょんとついて行く。四本脚で歩くのは、思いのほか速度が出る。爽快だ。


 猫体験は、大層楽しかった。

 デンも一緒に猫だったから、余計だ。

 屋敷を出た後は、人の体じゃとても無理な細い隙間を通り抜けてみたり、高い場所に飛び乗ってみたり、集落の子に追い駆けられて一目散に逃げ出したり。

 風でゆらゆら揺れる物に、妙に心魅かれたのは猫の習性だろうか。

 目に映る様々な物にわくわくできていた、童心に帰った気分でもあった。

 ひとしきり探検してから屋敷の裏庭へ戻り、冬の終わりのやわい陽だまりで、日向ぼっこをしながらデンに寄り添っていたら、セリは心地好さにうとうとしてきた。

 くあ、とセリが猫らしい欠伸をすると、デンが喉元に頭を押し付けてきた。寝るな、と言いたげだ。

 でも眠いです、とセリがミィと声を漏らすと、デンはじゃれつくように耳を甘噛みしてきてから、起き上がって歩き出してしまう。

 置いて行かれるのは嫌なので、セリもひょこひょこついて行く。

 屋敷の窓にデンが飛びかかり、窓硝子をべしりと叩いた。ややして、グリンザが窓を開ける。

「やぁ、もういいの?」

 ひょいと二匹一緒に抱えられ、デン猫はほんの少し不満げな様子になったが、そのまま屋内に戻してもらった。

 二人の部屋に帰って来ると、グリンザは布団の上に二匹を降ろす。デンが中に潜り込んで、セリも何となくくっついた。

 猫になっても、布団で寝る方が気持ちはいいみたいだ。

「じゃあ、解くからねー」

 グリンザの声が布越しに聞こえ、扉の閉じる音がしたと思ったら、セリとデンは人間に戻っていた。

 二人共、すっぽんぽんだった。

 そういえば裸だったんだ、とセリは頬が熱くなる。

 鼓動が速まっていくのを自覚しつつ、隣をちらりと窺う。

 布団をかぶったままの薄闇の中で、褐色の瞳が、獲物を見つけた猫のように爛々と見据えてきていた。

 ゆっくりと手指を絡め、デンは囁いてくる。

「寝ないで……セリ」

「――眠気、吹っ飛びました」

 デンは喉を鳴らすと、猫っぽい仕種で首元に顔を寄せてきた。



 翌年、二人の間には、子猫ならぬ人の男の子が誕生したりする。

 お粗末さまでした。

 ここまでお付き合いくださった人に感謝を!

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