プロローグ
連載です。
よろしくお願いします。
矢印のついた木を見て足を止める。
「おかしくない?」
先程木に矢印を付けた。そして矢印の方へと歩いたはずなのに、またそこに戻るのはおかしい。
「うーん。来たことなかったから来てみたけど、来た甲斐はあったかも」
なんとなくで来てみたけど、儲けものだ。
「この森に入ったら抜け出せない、か。本当みたいだねぇ」
摩訶不思議だ。
「他の噂も本当かもね」
弾むように足を進めた。
右に左に斜めに後ろに。滅茶苦茶に歩いて、飛び上がって木の上まで歩いたりして。見分けのつかない木、木、木という風景が途切れた。
生きては出られない。という噂は本当。だったのかも。
途切れた風景に足を入れた瞬間、今までに体験したことのない痛みが体を駆け抜けたから。
空間の中にポツンとあるこじんまりとした家。そこに行こうとしただけなのに。
これはちょっと痛みで動けないかも。
そうしていると扉が開いた。
「あ、お邪魔してます」
「……なんでまだ生きてるの?」
同年代ぐらいの女の人が茫然と呟いた。
「雷耐性、あったりする?」
「ない、かな。たぶん」
「じゃあ、やっぱりなんで生きてるの?即死レベルの雷魔法なんだけど」
不思議そうに首をかしげながらまじまじと見つめられる。でも雷魔法は止めてくれない。
「あー……そういう体質なんで」
一応嘘じゃない。けどたぶん納得はしてくれないだろうと思っていたら「じゃあ、無駄なんだね」って言って魔法を止めてくれた。
「えっと、じゃあ……お茶でも飲んでく?」
「いいの?」
女性宅に見ず知らずの男を招き入れるのは危険なんじゃないかな?
もちろん俺は悪さをする気なんてないけどね。
「まあ、これも縁だし?それに暇してるから」
「あ、じゃあ、改めて。お邪魔します」
誘われるままに玄関扉をくぐった。
お茶に誘われたはずなんだけど。出されたカップを見る。
「うち、お茶なんてなかったわ。でもお茶請けは自信作だから」
それならば仕方がないとお湯を飲んで、自信作に手を伸ばす。
「…………ふくざつなあじだね」
「おいしくないでしょ?」
せっかく気を使ったのに、出した本人が本質を言っちゃうの。
「自信作じゃなかったの?」
「味はさておき、これだけを食べてたらいいって言う完全食だから」
「……面倒がなくていいね」
さておかないほうがもっといいけど。ずっと食べてたらちょっと癖になるかも。いやならないな。ぱさぱさになった口にお湯を流し込む。空になったカップにおかわりのお湯を入れてくれる。うん、気遣いのできる女性だ。
「他に出せるものないの、悪いけど。後は……神酒ならあるけど」
「いや突然来たこっちが悪いから気にしないで」
昼間っからお神酒とはいえ酒を飲む気分でもないし。
「まあ、そういえばそう。で?」
女性は追加の完全食をテーブルに置いて、目の前に座った。もっとも椅子がなくて引っ張り出してきた箱にだけど。
「で?とは?」
ちょっと目線の位置がずれてる女性を見る。
「なんで、ここきたの?の、で?」
なるほど、たしかに。見たところ一人暮らしっぽい。見ず知らずの女性の一人暮らしの家に見ず知らずの男がやってきた理由を聞きたいのはもっともだ。
「この森に今まで来たことなかったから、なんとなく」
「は?なんとなくって……簡単に来れないようになってるはずなんだけど」
「簡単じゃなかった。すっごく迷ったんだから」
指を折りながら思い出す。
「十四日。森に入ってからここに来るまで十四日、かかった」
「諦めてよ」
「なんか意地になっちゃって」
「あ、そ。で?」
また、で?だ。だから同じように返した。
「それで、なんでこの家に来たの?の、で?」
「ああ……家があるの知らなかったから、理由はないかな」
「は?」
ぼりぼり食べてた完全食を咥えたままぽかんとしてる。
「あ、ごめん。ちょっと違う。噂では家があるっぽいっては聞いてた」
「あ、そうだよね。じゃなかったら本当に意味なく森さまよってただけだもんね」
うんうんと頷いてぼりぼりを再開した。
「人食いの家?」
「うん、それ。森の中心にいるって」
「食べないんだけどなぁ」
「だろうね」
こんなまずい……複雑な味の完全食以外なにもない家だもの。
「人食いの家ってわかって探したの?馬鹿なの?」
「他にも魔女がいて研究材料にされるとか、神の宿る家で生贄にされるとか、シンプルに生きて帰れない家。なんかもあったよ」
「どれもロクなのないじゃない。やっぱり馬鹿」
「そうかも。で?」
せっかくなのでお返ししてみる。
眉間に深く皺を刻ませてしまった。
「えっと、それでどれが正解の、で?です」
「ん?生きて帰れない家が正解。だったんだけどね」
ちらりと見られて、ため息を吐かれた。
「おまえのせいで正解なくなった」
「……すみません?」
「別に謝んなくていいけど」
自分のカップにおかわりのお湯を指先から簡単に出してる女性に、ぶしつけかな?と思いつつも今更かと思い直してきいてみることにした。
「じゃあ……正解になるまで試してみます?」
長い睫毛で縁取られていた目が見開いて、すぐに細められてお湯をぶつけられた。
「ここは生きて帰れない家だけど自殺の名所じゃない」
冗談じゃないとまたお湯が投げられる。
「死にたいなら勝手に死ね。私を巻き込むな」
風を当てられ、乾かしてくれた。結構踏ん張らないときつい強風だったけど、やっぱり気遣いのできる女性だ。
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