第18話 夏祭りに向けて
「お祭り?私が?」
「そうそう。せっかくだから参加しなよ。家で一人は暇だろうし」
ホミが地域の夏祭りに参加するように言ってきた。
地域というのはここ石滑村の事で、私の知るご近所さんはもちろん、あまり会わないという麓に近い方の家に住んでいる人たちも集まってやるお祭りなのだという。
あと、もちろん私が想像するような夏祭りもその後に行くらしい。
「夏祭り…正確には『神代祭り』に参加しないか?ってね。この村に古くから伝わるお祭りで、村の歴史や始まりに関わる大切なお祭りなんだ」
「へぇ~?」
「せっかくだし、今からそのお祭りのメインになる神社に行ってみようか?」
ホミに渡された服に着替え、虫よけスプレーをふんだんに振りかけて、蚊取り線香も焚いて準備は万端。
麦わら帽子をかぶっていざ外へ。
まとわりつくような蒸し暑さの中、ホミに続いて山を登っていく。
木陰は涼しく、少しでも日が差すと熱い。
水筒に入ったよく冷えたお茶を飲みながら山を登る。
すると、中腹よりも少し前くらいで小さな鳥居がある脇道があって、そこに入っていく。
なんだか薄暗い不気味な参道を歩き、やってきたのは寂れた神社。
いたるところが苔むしていて、落ち葉が散らばって人の手が入っていないことがよくわかる。
「ここがそのお祭りの会場なの?」
「うん。神代神社。この村や、ふもとの村々に深くかかわっている神社で、600年以上前からずっとこの状態で残ってるらしいよ?」
「600年!?すごいね…当時のままこうして残ってるなんて…」
「ね?しかも、その600年の間ずっと丁寧に手入れされてきたかと聞かれれば、そうじゃない。むしろずっとこんな感じ。誰もお手入れしてないのに、こうして残り続けてるんだよ」
「すごい………でも、なんだろう?ちょっと寒気が…」
真夏のはずなのに、まるで冬の初めみたいに肌寒い。
しかもなんだか変な感じがするし…居心地が悪い。
「ここは本来禁足地でね?夏祭りや初詣の時以外は基本来ない。参拝にも来ないから、まあこんな風に寂れてるんだよ」
「禁足地って……ネットの陰謀論系の動画でしか聞いたことないよ…」
「まあね。本当に危ないところは誰も近づかないし、話にも出さない。地元の住民しか知らないからね」
「えっ?それ大丈夫なの?ここにずっといたら祟られない?」
「大丈夫だよ。石滑村や、麓の村を守る神様が祭られてる神社だよ?そんな短気な神様じゃないって。ほら、こっちに来て」
ホミは、持ってきたカバンから古びた鍵…というか、見たことない形状のカギを取り出して神社の本殿に向かう。
そしてカギを開けて扉を開けると……中は不自然なほどきれいだった。
敷居をまたいで中に入る前に一礼すると、私も呼ばれたのでそれに倣って一礼する。
見た目通り、中はとてもきれいでまったく埃が舞っていない。
床や部屋の隅にも埃はなく、まるで外のように空気が綺麗だ。
「一旦休憩。山登りで疲れたでしょ?」
「うん…でもいいの?」
「いいのいいの。元々中は参拝に来た人や、掃除なんかの管理をしに来た人が休むためにあるからね。ほかの神社でそんなことしていいのかはわかんないけど、少なくともここは大丈夫」
私にここは安全だとアピールするかのように、盛大に寝転んで体を休めるホミ。
けれど、それを見せられてもそんなことはできなくて、正座で休むことにした。
結局、1人だけ寝転ぶのは居心地が悪かったのか、ホミも正座になった。
「それじゃあ、夏祭りに向けてこの村と神社の昔話について話そうか」
「え?今?」
「うん。今だよ……『昔々…具体的にいうと大体600年ほど前。この山の麓には3つの村があったとさ。その村は特に変わったことないごく普通の村だったけれど…ある日事件が起きました』」
「本当に昔話風に言うんだね…続けて」
まるで読み聞かせでもするかのように話すホミ。
とりあえず大事な話だと思うので、真面目に聞いて話を理解しようとする。
「『なんと大雨で山が崩れ、3つの村は呑み込まれてしまいました!さあ大変。村人たちは土に埋もれて死んでしまったかに思われましたが…なんと全員無事だったのです!たまたま近くを通りかかった心優しい神様が村人を迫りくる土砂から守り、すくっていたのです』」
「なんか昔ばなしらしくなってきたね…」
「まあまあ。聞いてよ……『村人たちは心優しい神様に大変感謝しましたが、村や畑は土砂に呑まれてお礼に渡せるものがありません。住む家も、食べるものを作る畑もなくなってしまったので、明日を生き抜くことも大変なこと。村人たちは心優しい神様に助けを求めました』」
「村を救ったんじゃなくて、村人を救ったんだね…」
なんというか……優しいのかそうじゃないのか…
口には出せないけど、助けるならアフターケアもしっかりしてほしいよね。
「『心優しい神様は村人たちを助けたかったのですが、村があった地域を古くから守る神様ではありません。なので、山に住んでいる古い神様に助けを求めましたが、その神様は長年の疲れからとても弱っていて、村人を助けられるほどの力はありませんでした』」
「本来の守り神なんだよね?その古い神様って」
「そうだね。ずっと昔から村や山を守ってきた神様だよ。……『そのことを知った心優しい神様は、自らの母に助けを求めました。母神様は心優しい神様の行いを誉め、村を飲み込んだ土砂をきれいさっぱり山に戻してあげました』」
「え、お母さんすご…」
「ね?私も初めて聞いた時びっくりしたもん。んで、続きだけど……『母神様によって元通りになった村や山を見た古い神様は、守り神の地位を譲りたいと申し出てきました。母神様はそれを受け入れ、娘である心優しい神様に守り神の地位を与え、同時に山と村々に豊作の加護を与えました。母神様は山の中腹に神社を作り、そこに毎年夏に収穫物の一部を持ってきて、心優しい神様に感謝しなさいと言いました。村人たちはそれを喜んで受け入れ、夏にはお祭りを開いて子供の子供、孫の孫の代までお祭りを通じて心優しい神様に感謝しましたとさ。めでたしめでたし』」
なるほどね。
村を救い、加護を与えて村を守り続けている訳か。
その感謝として、夏にお祭りを開いて収穫した作物を捧げる。
祭りの本来のあり方って感じだね。
「とまあ、これが子供たちに聞かせる用のお話。大人向けに具体的に説明すると、要は村の危機を救ってくれた上に、豊作の加護までくれた神様に感謝と信仰心を捧げる場としてお祭りが開かれるってわけ。ちなみに祭りをする理由は、単に感謝の為とか、通例だからってだけではなく、村人がこの神社に祭られている神様に信仰を持ち続ける限り加護が持続するから。ちゃんとした理由があるんだよ」
加護があるから、作物がよく育つ。
現代人の感覚で言うと、非科学的で、信じられない話だね。
「へぇ~?でも、言い伝えでしょ?加護なんてそんな…信じていい話なの?」
「さあ?私もこの話の真偽は分からない。けど、今まで畑に作物を植えてうまく育たなかったことは一度もない。肥料を上げなくても、大雨で畑が水没しても、干ばつで畑がカラカラに乾燥しても、台風で風に吹かれても、一度も作物がうまく育たなかったためしはない。この600年、どの畑でも一度もね?」
…そんなことあるのかな?
ただの偶然ってことはない?
ますます信じられなくなってきた。
「お手入れさえしっかりしていれば、どんな悪天候に見舞われようとも問題ない。不思議な話だけど、この村で生活している私にとっては信じている話だよ」
「……そう。宗教はデリケートな話だから、私は何とも言えないかな。でも、もし本当に加護あるなら、それに感謝してこの神社を綺麗にしないとね?」
「うん。というわけで、はい。軍手」
私が信じるか信じないかは一旦おいておくとして、この村で暮らすからには村のやり方に従う。
『郷に入っては郷に従え』だ。
ホミから軍手を受けとると、神社の内部に置かれた箒と塵取りをもって、神社の前を綺麗にする。
落ち葉を箒で集めて塵取りに入れ、ホミが持ってきていたごみ袋に捨てる。
落ち葉掃除が終わると、今度はデッキブラシを持ち出し、石畳に水を撒いて丁寧に擦る。
泥や石の表面に生えた薄い苔の膜を削り落とし、ピカピカにするんだ。
石畳は本殿の前から鳥居のところまで続いていて、綺麗にするのにとても苦労した。
それでも、終わった後に見返すと目に見えてピカピカになっていて、とても清々しい気分になる。
最後に雑巾で本殿外の…縁側?みたいなところを綺麗に拭いたら今日の掃除はここまで。
「ふぅ…気のせいかな?来た時に感じた寒気がなくなってる」
「きっと、神様が喜んでくれてるんだよ。最後にお供え物を置いて、拝んで帰ろうか」
「そうだね。って、油揚げ?」
「うん。油揚げ」
ホミが取り出したお供え物は油揚げ。
それを、本来賽銭箱があるであろう位置に置かれた大きな石のお皿にお供えすると、数歩下がる。
深く頭を下げて一礼をして、くるりと本殿に背を向けて歩く。
「ここの神様って、狐なの?」
「うん。狐の母娘の神様が祭られている神社だよ。世間では稲荷神社って呼ばれるパターンだね。まあ、見ての通り稲荷像はないし、狛犬もないけどね」
「確かに…言われてみればその通り……ん?」
「どうかした?」
ホミに言われて、狛犬も稲荷像もないことを思い出して振り返ると、大型犬のように大きい狐が油揚げを咥えていた。
「サカイ?」
「えっ?ああ、うん…何でもない」
ホミの呼ばれてハッとすると、そこに狐なんていなかった。
…ただの見間違いかな?
「狐が祭られてるってことは、この地域では狐は神様の使い的な感じなの?」
「ん~…まあそうだね。でも、この地域に狐はいないよ?」
「え?」
「狸ならいるけど…この地域や、この山に狐はいない。もし狐がいたのならそれは、神社に祭られている神様の眷属の狐かもね?」
眷属……私が見たアレは、本当に神様の使いだったのかもしれない。
大型犬サイズの狐なんて聞いたことないし。
…まあ、見間違いかな。
「そうそう。山の野生動物と言えば、前に猟師さんからもらったイノシシ肉の残りが冷凍してあるんだ。よかった食べる?」
「じゃあ貰おうかな?初ジビエ。どんな味がするのか気になるし」
大きな狐の事は見間違いだと頭から放り出し、今日の晩御飯について話しながら帰る。
その日の晩御飯は、本当にイノシシ肉の料理が出てきた。
ホミの料理の腕もあって、初ジビエはすごくおいしくて、また食べたいと思えるものだった。




