第3話 雷命紋《らいめいもん》
第3話 雷命紋
巨大な雷が、雷殻獣とレイを同時に飲み込んだ。
黒い甲殻が砕ける。
核に走った亀裂が、瞬く間に広がっていく。
雷は核を破壊し、同時にレイの身体を内側から焼いた。
魔力を運んでいた回路が、一本ずつ断ち切られる。
神経が焼ける。
血が沸騰する。
心臓が、止まる。
最後に聞こえたのは、雷殻獣の核が砕ける音だった。
◇
術者が死ねば、魔法は消える。
本来であれば、レイの雷も消えるはずだった。
だが、砕けた雷殻獣の核から、黒い靄のようなものが溢れ出した。
長い年月を生きたモンスターの本能。
人間への憎しみ。
死を拒む執念。
それらが、消えかけていたレイの雷へ絡みつく。
雷は消えなかった。
行き場を失った光は、倒れたレイの身体へ逆流した。
胸から腕へ。
背中から首へ。
焼き切れた魔力回路をなぞるように、青白い雷が皮膚の下を走る。
雷は傷跡となり、魔法文字となり、紋様となる。
最後の一筋が心臓へ届いた。
止まっていた心臓が、強く跳ねた。
◇
レイが目を覚ましたとき、白い天井が見えた。
見慣れない天井だった。
身体を起こそうとすると、全身へ鈍い痛みが走る。
「動かないでください!」
女性の声が聞こえた。
白衣を着た治療魔法士が、慌ててベッドへ駆け寄ってくる。
「ここは……」
「王立魔法医療院です」
「森は……雷殻獣は?」
「討伐されています。あなたと同行していた方々も、全員無事です」
その言葉を聞いた瞬間、レイは力を抜いた。
「よかった……」
「よくありません」
治療魔法士は厳しい表情で言った。
「あなたは三か月も眠っていたんですよ」
「三か月……」
「心臓が停止していた時間もあります。生きていること自体が奇跡です」
レイは自分の胸元へ視線を落とした。
寝衣の隙間から、青黒い紋様が覗いている。
雷が走った跡のような、不規則な線。
「これは?」
「私たちにも分かりません」
治療魔法士は言いにくそうに続けた。
「あなたの身体には、未知の魔法文字に似た紋様が刻まれています。その紋様が、止まっていた心臓を動かしたと考えられています」
「魔法文字が、身体に……」
「私たちは、雷命紋と呼んでいます」
雷命紋。
雷によって命を奪われ、雷によって命を取り戻した自分には、よく似合う名前だと思った。
「魔力回路は?」
レイが尋ねると、治療魔法士は目を伏せた。
「焼き切れています」
予想していなかったわけではない。
最後の雷が、自分の身体を通り抜けた感覚を覚えている。
それでも、言葉にされると胸の奥が重くなった。
「治療は、できますか?」
「通常の治癒魔法では難しいでしょう」
「では、魔法は……」
「本来であれば、二度と使えません」
病室が静かになった。
レイは自分の右手を見つめた。
詠唱も覚えている。
魔法文字も書ける。
魔力の感覚も、僅かに残っている。
それなのに、身体の中には魔力を運ぶ道筋がない。
「試してもいいですか?」
「何をです?」
「小さな魔法です」
「今は安静に――」
「水を一杯だけ」
レイはベッド脇の空の杯へ手を向けた。
治療魔法士が止めるより先に、短い詠唱を口にする。
「《水よ、我が掌へ集え》」
空気中の水分を集める、最も基本的な水魔法。
幼い頃、最初に覚えた魔法の一つ。
魔力を流した瞬間、胸の雷命紋が熱を持った。
「っ……!」
胸から指先へ、鋭い痛みが走る。
水は生まれなかった。
代わりに、青白い雷が指先から弾けた。
轟音。
杯が砕け、病室の壁に大きな穴が空いた。
廊下から悲鳴が聞こえる。
焦げた匂いが広がる。
レイは震える右手を見つめた。
「水を……使ったはずなのに」
治療魔法士も、言葉を失っていた。
胸の雷命紋が、脈打つように光る。
まるで、レイの中に残ったすべての魔力を、自分のものだと主張するように。
かつて、あらゆる属性を扱った神童。
その少年に残された魔法は、たった一つ。
強大で、暴れ回り、持ち主自身を傷つける。
呪われた雷だけだった。




