第1話 神童レイ・アルヴェイン
第1話 神童レイ・アルヴェイン
レイ・アルヴェインの戦いは、美しい。
彼の戦いを見た者は、決まってそう口にした。
魔力を肉体や武器へ流し、敵の懐へ踏み込む近接型。
距離を保ち、詠唱と魔法文字によって現象を生み出す詠紋型。
王立セレスティア詠紋学院では、多くの生徒がどちらか一方の道を選ぶ。
刀を握る者が、戦いの最中に複雑な魔法文字を書き連ねる余裕はない。
魔法文字を書く者が、モンスターの牙や爪が届く距離へ踏み込む必要もない。
両方を学ぼうとすれば、どちらも中途半端になる。
それが、長く信じられてきた常識だった。
レイだけは、その常識に当てはまらない。
右手には、黒鞘から抜かれた一振りの刀。
左手の指先には、淡い魔力の光。
敵の懐へ踏み込みながら刀を振るい、刃が届かない場所には空中へ魔法文字を描く。
古代から伝わる詠唱と、魔力によって書かれる魔法文字。
二つを組み合わせ、世界へ現象を刻む技術。
それが、詠紋術。
火を生み出すものは火紋。
水を集めるものは水紋。
風を操るものは風紋。
大地を動かすものは土紋。
雷を呼ぶものは雷紋。
レイは、それらすべてを自在に扱った。
「レイ、右から三体!」
「分かりました」
森林の中を駆けながら、レイは右手の刀を横へ振るった。
刀身から零れた青白い魔力が、空中へ弧を描く。
光の軌跡は古代の魔法文字へ変わり、後を追うようにレイの左手が新たな文字を書き足していく。
幾つもの文字が連なり、一つの風紋を形作った。
「《風よ、集いて輪となれ》」
風紋が淡い緑色に輝く。
次の瞬間、木々の隙間から飛び出した小型モンスターたちは、渦巻く風に呑まれて宙を舞った。
彼らが落下する先には、すでに土紋が刻まれている。
レイが先ほど通り過ぎた際、刀の切っ先で地面へ書き残しておいたものだ。
「土牢」
短い言葉とともに、土紋が黄金色へ染まった。
地面が盛り上がり、落下したモンスターたちの四肢を包み込む。
鋭い爪も牙も、土の拘束から抜け出すことはできない。
「討伐する必要はありません。動きを止めました。核を傷つけないように回収してください」
後方にいた見習い魔法士たちは、慌てて頷いた。
「は、はい!」
「相変わらず器用なものだな」
任務を監督していた騎士が、感心したように笑う。
「刀で戦いながら、通り過ぎた場所へ土紋まで残していたのか」
「この種類は、群れで同じ方向から襲ってきますから。動きの道筋が分かれば、それほど難しくありません」
「それを難しくないと言うから、神童などと呼ばれるんだ」
レイは困ったように笑った。
神童。
幼い頃から、何度も呼ばれてきた言葉だった。
嫌いではない。
期待されることは嬉しかったし、自分に力があるなら、その力を役立てたいと思っていた。
ただ、その呼び名を聞くたびに、少しだけ居心地が悪くなる。
「俺たちなんて、火属性一つをまともに扱うだけで精一杯なのに」
核を回収していた見習いの一人が、苦笑しながら言った。
「レイは学院に入る前から、刀も使えて、火も水も風も土も使える。やっぱり生まれつき違うんだな」
「違いませんよ」
レイはしゃがみ込み、見習いが地面へ書いていた火紋を覗き込んだ。
魔法文字の並びは丁寧だった。
ただ、最後の一画だけが僅かに歪んでいる。
「ここを少し整えると、炎が安定します」
「ここか?」
「はい。形は合っています。少しだけ癖があるだけです」
レイは刀を鞘へ戻し、白墨を借りて火紋の一部を書き直した。
「もう一度、魔力を流してみてください」
見習いが恐る恐る手をかざす。
「《小さき火よ、我が掌に留まれ》」
火紋が赤く輝き、小さな炎が生まれた。
先ほどよりも形を崩さず、静かに燃え続けている。
「……できた」
「詠唱も魔法文字も問題ありません。きっと、すぐに慣れます」
「ありがとう、レイ」
「どういたしまして」
レイは立ち上がり、森の奥へ視線を向けた。
今回の任務は、街道沿いに現れた小型モンスターの調査と排除。
本来なら、学院入学前のレイが参加するほどの任務ではない。
だが、見習いたちの実戦経験を増やすため、監督役の補助として同行を頼まれていた。
ここまで危険な場面はない。
このまま終わるはずだった。
「……静かですね」
レイの言葉に、監督騎士が表情を変えた。
先ほどまで聞こえていた鳥の声が消えている。
虫の羽音もない。
風が木々を揺らしているのに、森全体が息を止めたように感じられた。
「全員、止まれ」
騎士が剣を抜く。
見習いたちも杖や武器を構えた。
レイは地面へ視線を落とした。
落ち葉の間に、小型モンスターの足跡がいくつも残っている。
どれも同じ方向へ逃げていた。
街道側ではない。
森のさらに奥から、何かを避けるように。
「戻りましょう」
レイが言った。
「ここから先は、予定していた調査範囲ではありません」
「同感だ。通信石で報告を――」
騎士が腰の通信石へ手を伸ばした瞬間。
地面が揺れた。
低い振動が、足元から身体へ伝わってくる。
一本の大木が、音もなく傾いた。
根元から斬られたのではない。
幹の中央が、巨大な何かに押し潰されている。
黒い甲殻に覆われた爪が、倒れた木の向こうから現れた。
「退避!」
レイが叫ぶ。
次の瞬間、紫色の雷が森を薙ぎ払った。




