償い
絶海の流刑地「奇渡ヶ島」。
仲間の晴人をアヘンの廃人にされた怒りを胸に、真司たちは白狼城へと迫る滝川の軍勢を迎え撃つ。
圧倒的な戦力差を前に、銀が仕掛けたのは「国を挙げた大芝居」だった。
松明の火と太鼓の音、そして潜入していた圭太と翔の誘導により、戦う前からイルーサリの軍勢は霧散し、戦場には滝川一人が取り残される。
かつての相棒・大内の説得に涙し、改心を誓った滝川。
真司の願いもあり、銀が「許し」を口にしたその時、物語は誰もが予想だにしなかった残酷な結末へと向かう――。
白狼の谷間に太鼓の重たい音が鳴り渡る。
すると左右の尾根に、一つ、また一つと松明の明かりが灯り出した。
明かりは広がり、その松明の数は優に100を超えている。
動揺するイルーサリの軍勢。
その軍勢を落ち着かせようと、滝川が必死に叫ぶ。
「おい、お前ら落ち着け! こんなの単なるパフォーマンスだ。どうせ松明が多いだけで、兵隊なんてほとんど居ないぞ!」
それを聞き、屋上の銀と真司が滝川に向けて、押収した大量のアヘン入りの瓶を投げつけた。銀が余裕の笑みを浮かべる。
「うちの軍勢がアヘン漬けにでもなったと思ったか? 冥途の土産に、お前が掛かった罠を教えてやるよ」
「なんだと……!」
動揺の色が見え始めた滝川に、銀が続ける。
「城からの狼煙を合図に、アヘン漬けの演技をする。そうさ、お前の所の隠密が見た光景は、全て演技なのさ。俺の国の統制力を舐めるなよ」
それを聞き、大将の滝川も完全に動揺し始める。当然のように、その動揺は軍勢へと伝播していった。
そして、銀が叫ぶ。
「突撃せよ!」
その言葉を合図に阿吽が再び太鼓の音を響かせると、左右の尾根から怒号と共に白狼の軍勢が駆け降りる。
イルーサリの軍勢の動揺が怯えに変わる中で、一人の男が叫んだ。
「これはやばい、みんな逃げろー!」
その男は、軍勢に忍び込んでいた圭太だった。
さらに、軍勢の最後方にいた男がいち早く逃げながら叫ぶ。
「こっちだ、こっちなら敵がいないぞ! みんな早く逃げろー!」
真っ先に駆けだしたその男は、翔だ。
翔を追いかけるように、イルーサリの軍勢は我先にと尾根の間を抜けて行く。
気が付けば、呆気に取られている滝川と数名の兵のみが残されていた。
そこに、阿吽がゆっくりと歩を進める。
阿吽が一歩、また一歩と進むごとに、残った兵たちの顔色は青ざめていく。
そして、阿吽が手に持っていた太鼓を地面に叩きつけるように投げた。
ドォーンと重たい音が最後に残っていた兵の心を砕くと、全ての兵が逃走してしまった。
白狼の谷に残されたのは、滝川ただ一人であった。
屋上からその光景を見た真司が、銀に語り掛ける。
「すごいです銀さん、一滴も血が流れないなんて」
「フッ、さあクライマックスだ。行くぞ」
涼しい顔で銀が立ち上がり、滝川の元へと向かう。
阿吽と白狼軍に囲まれ、滝川はがくりと膝を折り、肩を落としていた。
そこに真司と銀、そしてさなえも合流する。
「銀、てめぇ……やりやがったな!」
滝川は銀の顔を見るなり、噛みつくように叫んだ。
「あら、貴方。こんな状況でずいぶん威勢が良いのね」
さなえが腕を組み、滝川を見下す。
膝をついたまま銀たちを睨みつけ、滝川は言葉を吐き出す。
「俺のことは好きにすればいいさ。けどな、国には俺の相棒が残ってるんだ。必ず復讐しに来るぜ」
「相棒か……お前は裸の王様だな」
銀が憐れむようにポツリと言った時、勢いよく迫る馬車の音が聞こえてきた。
馬車にはクリスと誠が乗っている。
「どうやらグッドタイミングみたいだな」
「ハハハ、流石だろ誠。運び屋クリスはな、ご指定の時間にちゃんとお届けするのさ」
「たまたまじゃんか、クリス」
そして、馬車が滝川の前で止まる。
「銀さん、ご指定の品物をお持ちしましたぜ」
そう言いながらクリスが馬車の幌を開くと、中から大内が現れた。
状況が飲み込めない滝川は、唖然とした表情に変わる。そんな滝川に、そっと大内が近づき肩に手を置いた。
「こうちゃん、ごめん。俺、ずっとアヘンを使うことに乗り気じゃなかったんだ。早く止めるべきだった。すまない」
感情の整理が追いつかない滝川は、返す言葉が出ない。
「こうちゃん、俺さ、こうちゃんとこの島に流されて、生き抜くために必死に酒造りをしてた頃が一番楽しかったんだ。だからこうちゃん、国の支配なんて辞めて、もう一度あの頃に戻らないか」
「しげ……」
大内の言葉に、思わず涙が滝川の頬を伝う。
大内は銀に深々と頭を下げた。
「銀さん、この件の償いは何でもする。だから、俺たちを許してくれ。頼む」
その光景を見ていた真司が滝川と大内に歩み寄る
「罪を償い、前に進む事が大事です。
僕の友人も貴方達のアヘンで今、大変な事になってます。
でも、僕は、許します。
だから、しっかり罪を償う事は忘れないで下さい。
そして、真司も銀に頭を下げた。
「僕からもお願いします。この方たちを許してやって下さい」
銀は数回、こめかみを指で叩く。
「数日前の俺なら、お前らの命はなかったはずだ」
そう言って真司を指さした。
「しかし、この男が俺の前に現れてから、考えが変わっちまった。――許してやる! こいつに感謝するんだな」
突然の銀のセリフに驚いた真司だが、これで一切の血が流れないことに胸をなでおろす。
「しげ……お前の気持ちに気づかずにすまなかった。そして銀さん、ありがとうございます」
滝川は大粒の涙を流しながら土下座した。
「どう償ってもらうかは、これから考える。真司、さなえ、後は任せた」
そう言って、銀は背を向け城へと歩き始めた。
すると、さなえが優しい笑顔を浮かべながら滝川に歩み寄り、懐から煙草を出して滝川に渡した。
「さあ、少し落ち着きなさい」
「すまない……」
滝川はそう言いながら、その煙草に火を付ける。
フーっと煙を吐き出した、その瞬間だった。
突然、滝川が泡を吹いて倒れた。
「こうちゃん!」
大内が驚き叫ぶ。その声に、城へと歩を進めていた銀が振り返る。
さなえの足元に倒れる滝川を見て、銀は察した。
「さなえ、お前、何をした」
「致死量を超える濃縮ニコチン入りの煙草よ。この男、みんなが許せても私は無理だわ」
それを聞いた大内が、さなえに飛びかかろうと迫る。慌てて真司が大内を抑えた。
「なんてことしやがるんだ!」
抑えられながら、さなえを睨む大内。
「被害が少ないって言っても、何人もアヘン中毒者にしてくれたじゃない。止められなかったのは、あんたにも責任があるはずよ」
「何だと…しかし俺の責任か…」
冷たく言い放つさなえに、大内は返す言葉を失い、黙り込んでしまった。
さなえの行動に、銀はあきれ果てた。
「さなえ、俺の策を台無しにしてくれたな、お前は城に戻れ」
「フンッ!」
その一言を残し、さなえはツカツカと足音を立てながら、黙って城に戻っていった。
夕闇の中、月明かりに滝川の遺体が悲しく浮かんでいた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
本作『流刑 隔離された獣たち』は、第30話を一区切りとして、一旦休載といたします。
現在、新規作品の構想・執筆を優先する方針としたためです。
本作については、物語としての構成および今後の展開は既に整理済みであり、今後の状況に応じて更新を再開する予定です。
新作は準備が整い次第、順次公開していきます。
そちらを含め、今後の活動をご覧いただければ幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




