酷い雑談
漆紀と舞香、レグナは長浜市湖岸方面にあるナガハマタワーへとやって来た。ナガハマタワーは全長百五十メートルの高さであり、市の中心にあるビル群や湖岸に並ぶ貿易船の数々が見える。
「へえ。凄いもんじゃないか……」
「タワー内は涼しくていいわね。随分と遠くまで見えるわね……これ島まで見えるかしら」
舞香は北西の方を見ると、彼女は目を細めて見渡す。
「ガイド通りなら、島……見える」
レグナはガラスの前にあるガイドを指差して舞香に言う。
「うーん、遠いからか霞んで見える……あの小さい影がそうかしら?」
「めっちゃ小さく見えるな。あれかもしれねえな先輩」
「ええ……レグナさん、見える?」
「Of course」
レグナは頷き、目を細めて島の影を見る。
「これからあそこに行くのか……それにしても、デカイ街だなあ。長浜」
漆紀は湖岸の貿易船やビル群、小規模ビルや高速道路の並ぶ街並みを見て東京っぽさをなんとなく感じていた。
ふいにレグナの方を見ると、レグナはどこか重たい面持ちをしている。
「おい、どうしたんだレグナ」
「あ~……んー……いや、なんでも」
「水、足りてるか?」
漆紀がペットボトルを差し出すが、彼女は首を横に振って水不足を否定する。
「そうか。まあ、タワーって登ってもパッと景色みて終わりなんだよなぁ。先輩、降りようぜ。島に行くんだろ?」
「ええ」
三人は長浜ポートランドにやって来ると、フェリー乗り場に行き券売機で乗船券を購入する。待つこと二十分で大型のフェリーがやって来る。
三人は新鮮な気持ちでフェリーに乗ると、デッキに出る。
「船に乗るからには、出港の場面は見逃せないわよ」
「それはそうだな先輩。あれ、レグナ?」
レグナはデッキの端の手すりに伸し掛かっていた。
「おい、レグナ? お前まさか……」
「Shut up, Fucking Jap……」
強気を見せるもののレグナの顔は重苦しい上にどこか青ざめてる。
「お前、船酔いするんだな」
出港の汽笛が鳴る。どうやらレグナは船酔いしやすい体質で、港での弱い波の揺らぎで既に酔うようだ。
それを聞いた瞬間にレグナが更に苦い顔をする。
「へへ、おーいもう酔ってんのか? 船酔いか? それともアルコール酔いか? どっちの酔いなんですかねぇレグナさんよぉ!」
漆紀がいつになく煽り文句を飛ばして見ると、レグナが苦虫を嚙み潰したような苦悶の表情で漆紀に言い放つ。
「Remenber, Fucking Jap……ううっ」
レグナは船内へと戻っていく。恐らくトイレに籠る腹積もりなのだろう。
「あなた……言い過ぎじゃないの? レグナさんかなり辛そうだったけど」
「そもそも島に行こうって提案したのアンタですよね。レグナは酔うのを分かっててそれに付き合ってくれてるんだぜ。もうちょい喜びなって」
「え、ええ……まあ、それについては感謝してるわ……ああ、動き出したわね」
フェリーが移動を始め、エンジンやスクリューが水を掻く音が聞こえる。
「さてと、島に着くまで三十分ですっけ? なんか話したい事とかありませんかね月守先輩。これ交流会だし、楽しい話でも」
「そう思うならあなたから話題を振って頂戴」
「なんだよ遠慮すんなよ、レディーファーストだぜ」
「……そうね。どうしても話題を考えても会長のことばかりになってしまうわね」
月守舞香は学徒会会長・神代輝雷刀の事ばかりが脳内にあるようだ。
彼女の輝雷刀への想い、それについて漆紀は新幹線の車内で見た竜夢を思い出す。
「あんた、会長の銃になりたいって言ってましたね。ハッキリ聞くけど、会長に対しての感情はなんです? 憧れか? 恋愛か?」
「……両方よ」
「なーんかつまんねえなぁ」
「つまんないとはなにごとよ! 私、真剣なんだけど!」
有り体な答えに漆紀は目を瞑ってため息を吐く。
「どうせならもっと変態的な答えを待ってたんだがな。アンタでドン引きしたかったなぁ」
「何を期待してるのよ……」
変態的な答えを引き出すためには、もっと変則的な質問をしなければならないだろうと漆紀は考え直し、質問の内容を考え込む。
「ちょっと待ってくれ、良い質問を考えてる……あー、あー……んー……あぁ!」
漆紀は二つほど変則的な質問を思いつき、早速それを舞香にぶつけていく。
「例えばだけど、会長が会長じゃなくなっても好きか?」
「どういうことよ」
「あんたは会長という立場と人間性の会長が好きなのか、それとも会長っていう一個人が好きなのかどうなのかってことですよ」
「それはっ……もちろん彼個人が好きに決まってるじゃない」
最初は困惑を見せるが、舞香はハッキリ好きであると言い切る。
「会長やめてもか?」
「もちろん」
「うーん……あんた、そもそも会長とプライベートで交流ってあるんで?」
「一緒に食事へ行くことはあるけど、こう街を一緒に歩いたり、デートみたいなのは……」
舞香は顔を赤らめながらもどこか困り顔でそう小さく漏らす。
「まあ会長と今まで話した感じ、とても恋愛には目もくれず夢の為に動いてるって感じだしな。正直厳しいのでは?」
実際、輝雷刀は己の野望や夢のために学徒会会長の座につき今日まで動いてきている。
およそ恋愛や道楽に時間を割くタイプではないので、今回の交流会自体が会長の性質からすればありえないことなのだ。
「だから良いのよ」
「そうか。じゃあ変則的っていうか、変な質問するぜ?」
「一体何を聞く気よ」
「もし会長と付き合えたとして、夜に滅茶苦茶変態的なプレイを要きゅ」
「うわあああああぁぁぁぁぁああああ!!」
舞香が今まで以上に顔を赤らめながら動転して漆紀の両肩を掴んで揺さぶる。
「おい落ち着け、最初にもしって付けたじゃねえかよ!」
「会長はそんなことしない!! へ、変態的なプレイだなんてっ……!」
「わかんねえよ。考えてみろよ、会長なんて役職やってんだぜ。全国学徒会のトップである会長職だ、そのストレスやこれまで歩んだ道のりを考えてみなよ。そういう抑圧されてストレスがあるヤツは凄い性癖だったりしますぜ」
「会長に限ってそんな……えぇ? でももしそうだったら……」
「凄い性癖ってのは本当に凄い性癖な。言っておくが単純なSM程度とか安直な考えは捨てとけよ。ケツの穴にやばいことされたり胸でヤバいことされたりぐらいは想定しとけよ!」
「そんな……そんな、会長がそんな……ありえないっ」
舞香はありえない、と首を横に振って否定するが漆紀は「あるんだなこれが」と舞香の輝雷刀へのイメージをぶち壊す。
「ま、可能性があるってだけだ。可能性ってのは厄介なもんだからな。覚悟はしといた方がいいんじゃないかな先輩」
「ぐぬぬ……わかったわ。会長がもし、そんな……変態的なものを持ってたとしてもよ、私はやはり彼を好いているわ」
「あっそう。ならそれ以上言う事ないな」
漆紀はこれ以上舞香と輝雷刀の仲について何か言う事はないと質問を終える。
「質問はそれだけ?」
「ああ。もうこれ以上は無粋だと思って」
「あっそう。それなら、私から質問しようかな。あなたに普段ずっと付いている女の子、あの子は一体何なの」
彩那の存在について問われると漆紀は悩ましそうに眉を顰める。
魔法の事自体は舞香も存在を知っているが、彩那の事を説明するには佐渡流竜理教や佐渡で起こった事件の顛末を話さなければならなくなる。
「あいつは竜蛇彩那。俺と同じで魔法使い。佐渡流竜理教……って言っても、本家竜理教とは敵対してるし大した事件も起こしてないから比較的クリーンな連中ですよ。そこの司教家の長女」
「司教家って、宗教役職のトップ層よね?」
「ああ。今は俺とアイツが佐渡流竜理教の旗頭みたいなもんで……まあ指揮とか指導とか扇動はなんにもしてないですけど」
宗教活動はロクにしていないと漆紀は舞香に言うと、舞香はただただ聞く耳に徹する。
「まあ、佐渡で事件というか、天災があったのは知ってるよな?」
「ええ。佐渡の大水害……今年入っての災害のトップニュースよ」
「あれは本家竜理教の魔法使いとの戦いで起こった事ですよ。敵の魔法使いが竜王の力の一端を使った。そして大水害が起こった。佐渡の各地で地下水が竜巻の様に畝って、家屋や田畑を破壊した」
「あの水害も、魔法使いによるものなのね。それと、竜王っていうのは何なのよ?」
「竜王ってのは、魔法使いの中でも絶大な魔法の力を持つ存在の事。強力な力で災害レベルの事すら起こせるらしい。まあ、俺も竜王だけどそんなことはやったことも出来たためしもないけど……」
自分も竜王ではあるが、災害レベルの魔法は使えた試しが無いと予め危険度に関しては否定をしておく。
「なるほど。話が少し逸れて来たみたいだけど、その佐渡の出来事って竜蛇さんと関係あるの?」
「あそこで彩那と会った。あまりあの島での事は話したくない」
「嫌な事でもあったの……かしら?」
漆紀は真顔で斜め下を向き、曇った面持ちを見せる。実際、佐渡島で起こった出来事を振り返ると漆紀にとっては曇る事は当然の帰結であった。
「ああ、あった。おそらく人生最悪の夜だな」
「なら聞かないわ。気にはなるけど、野次馬根性ってはしたないから嫌いなのよ」
「ありがとうな……まあなんにせよ、アイツとの出会いは最悪だった。俺が竜王で信仰対象だからって、東京から佐渡島へと拉致するんだもんな」
「拉致!? そんなことをされてよく今の関係値になれてるわね……」
舞香は肩を上げて拉致という言葉に驚くが、本人たちが許しているのなら問題あるまいと平静を取り戻す。
「まあ、な。それにしても……風、気持ち良いな」
フェリーが出発して既に五分以上が経過した。港がやや小さく見える距離までフェリーは琵琶湖湖上を進んでいた。
「そうね、船酔いしているレグナさんには楽しめない事ね」
「夏なのに船から浴びる風は気持ちいいもんだな……そうだ、先輩は過去に滋賀県へ来たことあるんで?」
「初めてよ。本当は会長と一緒に色々回りたかったんだけど……」
「それは言わないでくださいよ。会長があんたを俺に付けたんでしょ?」
「それはそうよ。会長の指示だからね」
漆紀は風を受けながら、フェリーの進行方向を見る。薄っすらと小さく目的地である島の影が見えている。
「そういえば、先輩は俺の魔法についてはどこまで知ってたっけ?」
「刀と霧、ぐらいしか」
「そっか。俺のはまあ他にも出来るんだが……ところでレグナって、初対面の時会長室から飛び降りて出てってましたっけ。あいつの能力と関係あるのか……」
「ある。でもまあ、本人の居ない所でネタバラシをするのは気が引けるわね。ただ言うなれば、彼女の能力は会長にすら届きうる」
「へえ、最強の会長に?」
輝雷刀は自身を最強と自負しているし自称している。実際、輝雷刀は福井県大寺院にて竜理教信者達の攻撃を一手に受けて傷一つ付かず囮役を数十分に渡ってやりきったのだ。
攻撃能力はわからないが、輝雷刀の防御力は確かである。
「ええ。あと、能力的には私と彼女だと彼女の方が軍配が上がるわ。レグナさんは威力がね、高いのよ。その性質も会長に通じる属性だし」
「へえ……今のところタネが割れてるのって、月守先輩と九十九、石なんとかさん、喪女」
九十九とは、変身能力を持つ九十九統一郎という高校一年生の少年。
「石なんとかさんって……石火矢陽菜さんよ。心が読める石火矢さん」
心が読める大学一年生の石火矢陽菜、彼女の前では誰も本音を隠せない。
「じゃああの喪女は」
「陽本吉果よ。あなたと同級生よ? まあ、陰が薄いって言うか陰がむしろ濃くて闇っぽいというか……」
陽本吉果、彼女は瞬間移動が可能である。恐らくこの交流会での街の散策も瞬間移動で済ましており公共交通機関など要らないのだろう。
「だから喪女だろ」
「とてもろくに交流もない女子に言う言葉ではないわよ」
「わかったわかった悪かった。ところで先輩、アンタの能力だが……アルミニウムを形状変化させたり、俺に新幹線でやった灼熱ビンタや初対面でやってきた冷える手も考えると……分子運動? 状態変化?」
「そう捉えてもらっていいわ。私は温度や形状などの状態変化、触れたものだけだけど……他に何か話題はある?」
「会長の能力だ。会長って最強を自称してるだろ? この前の竜理教の大寺院でも囮役に徹してて傷一つつかない防御力を結果で示したし……マジでなんなんだ?」
輝雷刀の能力。それは漆紀の中で非常に気になっている点であった。最強を自称するほどの能力とはいかなるものかと。
「今までの私の予想だと……エネルギー操作の類だと思う。それも……どこまでのエネルギーを扱えるのか」
「エネルギーねぇ……ま、予想の域は越えないな」
「いつか会長の口から聞ける日が来ると良いわね」
輝雷刀の能力については決定的な根拠がないので推測の域を出なかった。
その後も漆紀と舞香は酔っているレグナをよそに雑談を続けた。




