59. 迷宮を抜けます
手で出来た怪物と出会ってから数日が経過した。
ティンナトール曰く、そろそろ出口だという。
この数日、彼の案内で割と危険な場面をギリギリで乗り越えてきたため、図らずしも連帯感は深まったように思う。
その間の彼はといえば、時折思い出したかのように「協力してください」と言って、迷宮攻略の交換条件である実験への協力を求めてきた。
チェラシュカたちは彼の言う通り何らかの罠に魔力を流したり、魔法をかけたり、言われた場所にただ立っているだけだったり、何をしているのか理解できないことばかりだった。
坐する守護を設置するようにと言われることもあった。なんでも、通常のものより強化された魔法陣の効果が迷宮内の罠に干渉するらしく、少し前に全員がバラバラの場所に飛ばされたのもそのせいだそうだ。
雑貨店で強化を依頼したのは間違いだったかと思ったものの、この迷宮内ほど古代魔法で満ちていなければ問題ないため、安心していいとのこと。
今のティンナトールは、柔らかな枷をつけていることで行動に制約が生まれている。だが、彼がこの案内に飽きてしまった場合、思いもよらぬ方法でこちらを危険に晒すのではないかという懸念は拭い去れなかった。
それもあり、チェラシュカは終始満足げな彼の様子を見てほっとしてしまっていた。
仮にも同行を依頼している相手に対して失礼だという自覚はあったものの、彼の場合あまりにも"疑うべき前例"がありすぎるので。
この日も前を行く彼は、不意に立ち止まって振り返った。
「レオニクス、あなたの出番ですよ」
「……オレ?」
今までティンナトールが求めてきた協力内容は魔法を使ったものが多く、獣人であるレオニクスはそれを複雑そうに眺めるだけだった。
「はい。ではまず獣化していただけますか」
その言葉で、迷宮に入る前にティンナトールが言っていた"レオニクスに協力してほしい実験"について思い出す。
彼の向こう側の地面には、通路の端ギリギリまでの大きさの魔法陣が描かれている。
「……マジでやるんだな」
「あなたが言ったのですよ。自分だけ何もできないのかって」
「……仕方ねえ」
緊張した面持ちのレオニクスは、その場で獣化する。
野性味溢れる迫力のある姿はやはり獅子だなと思う反面、チェラシュカとしてはもふもふとした鬣や温かく柔らかそうな胴回りの方に心惹かれてしまう。あんなベッドがあれば、とても心地良く眠れるのではないだろうか。
レオニクスはティンナトールに誘導され、地面の上に描かれた魔法陣の上に四つ足を進める。最後の後ろ足が魔法陣の中に収まったと同時に、その魔法陣から光が放たれた。
「な、なんだ?」
ガシャンッ。
金属が組み合わさるような大きな音と共に、レオニクスの上から真っ黒な檻が落ちてきた。正方形の天板を支えるように、指二本程度の幅の黒い柱が拳一つ分程の間隔で並んでいる。
レオニクスだけでなくチェラシュカたち全員が入れるほどの大きさではあるが、鈍く光る金属に囲われているとかなり圧迫感を感じそうだ。
しかも、罠だからなのか出入り口らしき部分が見当たらない。
「うわっ! ガチの檻じゃないっすか」
「ガチの檻ですよ」
「……レオニクス、大丈夫?」
獅子の姿であるため表情はわかりにくいものの、彼は口を僅かに(といってもチェラシュカの拳は入りそうな大きさである)開けて驚いている様子だ。
「なるほど、よくわかりました。予想通り閉じ込める対象に比例して檻も大きくなりましたね。もし大きさが変わらなければその身体に突き刺さっていたかもしれません」
サラッと告げられたティンナトールの言葉に、思わず「え?」と聞き返す。
数拍遅れて、レオニクスがグワッと鋭い牙を剥きだしにした。
「はあ!? お前、ふっざけんなよ!!!」
「突き刺さるってそれ、下手したら死ぬじゃないっすか!」
ストラメルの言う通りだ。あの檻の柱のような太いものが身体の何処かに刺されば、痛いどころでは済まないだろう。
「大丈夫ですよ、この檻は急所を避けて落ちてくるようですから」
「どこが大丈夫だ! 刺さったらどうしてくれんだよ!」
「その場合は流石に治癒してさしあげますよ。あまり他人にするのは得意ではありませんが」
「よくそんな状態でやれって言えたっすね!? ってかそもそも怪我するようなことさせんなっすよ!!」
「そうだそうだ!」
レオニクスとストラメルからの非難の嵐を、ティンナトールは平然と受け流している。
――レオニクスが大怪我をすることがなくて良かった……。
チェラシュカは詰めていた息をゆっくりと吐いた。
とはいえ、ティンナトールのこれまでの言動からして、彼らを揶揄うためにわざとそう言っているような気もする。なんせ、チェラシュカたちは大変な目には合ったものの、ここに来るまで仲間たちは誰も血を流していないのだ。
しかも、柔らかな枷の効果で彼は意図的に危害を加えられないはずである。
効果がはっきりしていない罠への認識にどれほど制約がかかるかわからないが、怪我をする可能性が高いとわかっていればできなかったと信じたい。……信じさせてほしい。
案内をしている当の本人だけが流血しているというのも、おかしな話ではあるが……。
――急所を避けて落ちてくるって、わざわざ検証したのかしら……?
つい思考が逸れてしまいそうになるのを叱咤して、チェラシュカは檻へ近付いた。あの無辜の獅子を早くその中から出してあげたい。
「出られるか」
共に檻へと近付いたラキュスの表情は変わらないものの、その声には心配の色が滲んでいる。付き合いが長いからこそチェラシュカにはその微妙な違いがわかるのだ。
「おう! こんなモンすぐ壊せんだろ」
ティンナトールに文句を言っていたレオニクスは、ラキュスの言葉に反応して片方の前足を持ち上げた。
シュッと鋭い爪を覗かせ、一閃。
固そうな柱が十本ほどスパッと切断され、カランカランと音を立てて倒れる。瞬く間に彼が通り抜けるのに十分な出口が出来上がった。
「すごい!」
「……流石だな」
妖精二人の称賛を受けた彼は、獣化を解き「まあな」と得意げな顔を浮かべながら檻を出た。
「へえ、綺麗に切れていますね」
ティンナトールが断面を見てしげしげと呟く。
ストラメルはといえば、切り落とされた黒い棒を持ち何もないところで素振りをしていた。
「あ、消えたっす。振り回しやすかったのに、残念っすね」
先程まで黒い棒を持っていた手を握ったり開いたりしている彼は、得物を調達しようとしていたらしい。
普段相手を蹴り飛ばして攻撃することが多い彼だが、色々と想定外の敵(?)が出現する迷宮内では武器を持ってみたくなったのかもしれない。
「そうだ、怪我はしていないと思うけれど一応ね?」
チェラシュカはそう言ってレオニクスの口にさくらんぼを突っ込んだ。
目を丸くした彼はもぐもぐと口を動かした後、少し視線を逸らして「ありがとな」と言う。
元気そうな彼の様子に満足したので、チェラシュカはティンナトールに先へ進むよう促すのだった。
◇◇◇
檻の罠を過ぎてから数日が経過し――チェラシュカたちは先程、迷宮の出口を出たところである。
いつどのあたりで国境を越えたかはわからないが、今チェラシュカの足が踏んでいるのは、北の国ヒュペリアの地面だ。
久々に外の景色を見ることができたことに安堵しつつ、ここ数日のことを振り返る。
時間帯によって繋がる道が変わったり、前後と左右の感覚が入れ替わって前に行くはずが右に進んでいたり、小さな雷が落ちてくる場所だったり、今度は足の怪物が出てきたり……と、バリエーション豊かな罠の数々と出会った。
危険なこともあったが、チェラシュカとしてはティンナトールに協力してもらえてよかったな、と心から思う。肝の冷えた回数は数知れないが、最後まで誰も大きな怪我をすることなく出られたのは確実に彼のおかげだ。
もともと想定していたよりも長くかかってしまったものの、自分たちだけであればここまで辿り着くことすら出来なかったはず。
正気を疑うような彼の振る舞い自体の是非はさておき、チェラシュカはこの刺激的な道程に満足している。
そんなことは仲間たちに対して口が裂けても言えないが。
そんな気持ちを胸に、案内人の任が解かれた彼に改めてお礼を告げようとしたとき、先に彼の口が開いた。
「さて、迷宮を抜けたら次は首都のボレアードへ行くのですよね。そちらを経由して西の国ウェスパリア方面へ向かう、と」
「ええ、そうよ」
「でしたら、ボレアードの近くに私の家がありますので道はよく知っています。ここから歩いて十日程ですので、案内しますね」
そんな彼の言葉に、ストラメルが「いいんすか?」と聞き返した。
「はい。どうせ同じ道を行くのですから」
「急に親切にするなんてどういう風の吹き回しだ?」
「いやですね、人聞きの悪い。きちんとこうして迷宮を抜けるまで付き添ったではないですか。家に帰るついでですよ、ついで」
ラキュスの問いに対してついで、と彼は言うが、当初の話ではここで柔らかな枷を外してお別れのはずだ。
迷宮に挑む前はあんなに協力を渋っていたのだから、てっきりさっさと去ってしまうと思っていたのだが。
「……ええと、ティンナトール。改めて、迷宮の攻略に協力してくれてありがとう。色々あったけれど、本当に助かったわ。先に謝礼を渡しておくわね」
チェラシュカは携帯用金庫から硬貨を取り出し、彼の前に差し出した。
そういえばそうでしたね、と彼は受け取ったが、そのぞんざいな扱い方を見るに本当にお金に興味が無いのだなと思う。
そんな彼にラキュスが近寄り、一声かけて柔らかな枷を彼の腕から外した。
「ふむ。外されると解放感がありますね。いい経験になりました」
「……持ち出した俺が言うのもアレっすけど、よくそんな感想が出るっすね」
「確かにな。オレは二度と付けたくねえ……」
レオニクスは外されたそれを見ながら顔をしかめている。
ラキュスから受け取ったそれを、ストラメルが軽くくるりと回して状態を確認し、自身の携帯型金庫にそそくさと仕舞っていた。
やはり効果が効果なだけに、万が一でも失くしてはいけないからだろう。
「ここから一番近いのは、あちらの方角にある町ですね。さほど大きくはありませんが、物資の補給や休息をとるには問題ないかと」
「ずっと地面で寝てたから久々にベッドで寝てえよな」
「ああ、綺麗なところでチェリを休ませたい」
「ラキュスさんはマジでブレないっすね」
引き続き案内をしてもらえるのは正直ありがたい。
ありがたいが、本当にただのついで……? と疑ってしまうのは仕方ないのではなかろうか。
何を考えているのだろうとティンナトールの様子を眺めてみたものの、目が合った彼は「どうしましたか?」と微笑むばかりだ。
「チェラシュカも疲れたでしょう。真っ直ぐ向かえば日が暮れる前には着くと思うのですが」
「……そう。それは助かるわね」
少しばかり疑念を残しつつも、ティンナトールに案内される形でチェラシュカたちは北の国の首都であるボレアードへ向かうこととなった。




