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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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40. 真・インフェリアウサギです?

 メディオンを出立した次の日。

 早々に妖精狩りと出会うなどのトラブルもあったが、勝手についてきているストラメルも含め四人で次の街まで向かっていた。


 チェラシュカの隣を歩くレオニクスは、まだストラメルが居ることに納得していない。後ろから「いい加減認めるっす」と言うストラメルに対して返事すらしない。

 

 皆仲良く、とまではいかなくともギスギスしないようにはしたい。それが仲間を率いる自分の責務だとチェラシュカは思う。


「夜の見張り、人数が多いほうが寝られて良かったでしょう?」

「それはまあ……」


 隣の彼に話しかけてみれば、前を向いたままではあるものの返事は返してくれた。




 昨日は初めての野宿だった。やっと出番が出てきた坐する守護(プラエシディウム)を起動させ、念のため交代で見張りをしながら夜を過ごしたのだ。

 おかげで、虫に刺されることも危険な動物と遭遇することもなかった。

 

 なお、チェラシュカ一人で見張りをさせるわけにはいかないと強硬に言い張ったラキュスたちにより、チェラシュカの睡眠時間が一番長くなった。

 

「レオニクスはストラメルと協力して、あっという間に妖精狩りを捕まえたでしょう? あれを見て、二人はとってもいいコンビになると思ったの」


 あの時一番最初に動いたのはストラメルだが、直後に動き出したレオニクスもまた早かったのを思い出す。

 

「そうかあ?」

「ええ! 鞄を巻き込んで中身を潰さないように敢えてもう一人の方を押さえて、鞄を持った方をストラメルに任せたのでしょう?」

「……よく見てんな」

 

 実際のところ、獣化した彼なら二人とも捕まえるくらい容易(たやす)かっただろう。だが、彼の大きな前足はしっかり抱えられた鞄ごと潰してしまう可能性があった。

 

「もちろんよ。レオニクスのことだもの」


 その瞬間彼はバッとこちらを向いた。目が合ったので、笑みを返す。

 

「とーってもかっこよかったわ! トラブルは起きないほうがいいけれど、もしものときにまたああやって連携してくれたら、すっごく頼もしいなって!」


 うぐぐ……と悩ましげに唸る彼から、「チェリちゃんがそう言うなら……」と返ってきた。

 

「それでも、もし本気で無理になったら遠慮なく言ってね? そのときは私がストラメルを……」


 そこでわざと言葉を切り、後ろを振り返ってみる。

 

「え? なんすか? どうする気っすか!?」


 わたわたと慌てるストラメルに対し、隣から「ふっ」と笑い声が漏れた。


 仕方ねえなあ、と眉を垂らしたレオニクスに安堵する。きっと今後も口喧嘩は絶えないだろうが、ピリピリとした険悪さは無くなったように思う。



 ふと、ストラメルの隣を歩くラキュスと目が合う。


「チェリ」

「なあに?」

「チェリは何もしなくていい。俺がやる」


 唐突な彼の発言にチェラシュカは思わずぱちぱちと瞬いて――ありがとう、と笑みを返した。


 

 ◇◇◇


 

 次の街へ向かう道中、視界に入り込んできたのは道端に佇む黒い影。

 よく見るとそれは人のようで――長く黒いストレートの髪に黒いロングコート、真っ黒なツヤのないシャツとズボンを身に着けていた。髪に隠れた横顔からは陰気な雰囲気が漂っている。


 こんなところで何を? と不思議に思うものの、特に用もないので前を向いたまま歩いていると――。


「ちょーっと小腹がすきましたねーえ。間食ターイムとしましょうかー」

 

 そんな声と共に、こちらに向いて一斉に何かがやって来た。

 

「ひゃっ」

「なんだ?」

「うわっ!」

「げっ! なんだこいつら!」


 即座にラキュスがチェラシュカのそばに寄り、四人の周囲を覆う水のドームを作る。こちらに向かってきた何かはドームにぶつかり入ってこられないようだ。

 チェラシュカは一息つくと、ラキュスにお礼を伝えた。


「魔界ネズミ……ではないな」

「寄ってきた割には大人しいぜ」

「真っ黒っす」


 四人で身を寄せ合い、ドームを取り囲む膝下丈の黒い毛玉を見遣る。


「んんー……ちょっとちょっと、君たちなーにをしてるんですかー」


 ドームの外から聞こえてきたのは、独特な話し方の低い声。道端に居た真っ黒な人が眉を顰め、光の無い目でこちらを眺めている。


「お前こそ何してんだ!」


 レオニクスが一歩踏み出し、チェラシュカを背に隠すように立つ。

 すると、真っ黒な人はこちらに顔を向けたまま首をカクンと直角に曲げた。人体として不安になるその動きに思わずぎょっとする。

 

「困惑に怒りですかー……何故もっと恐れないのですかねーえ」

 

 突然現れた意味の分からない振る舞いをするあなたは十分怖いですが……とチェラシュカは思いつつも、表情を見て感情を読むにしては断定的過ぎるような、と首を捻る。


「わけわかんねえこと言ってねえで、さっさとこいつら回収して去りやがれ」


 しっしっ、と片手で払いのける仕草をするレオニクス。

 

「そう、そいつらのことをもっとよーく見なさい……。ほーら、とーっても怖いですよねーえ?」

「怖くなどないが」

 

 ラキュスの言葉を聞いた黒い人は顔の角度を真っ直ぐに戻すと、顎に手を当て考え込むような仕草をした。


「ふむ……なーんであなたたちはこいつらを怖がらないんですかねーえ」

「なんで……」


 チェラシュカはドームのそばに纏わり付く黒い毛玉たちに目を遣る。ひょこひょこ動く長い耳、柔らかく艶やかな毛並み、丸い尻尾、こちらを見上げるつぶらな……瞳孔の裂けた、真っ赤な目。

 改めてじっくりとその姿を眺め、一言。


「とっても可愛いわ」


 レオニクス越しの呟きが届いたようで、真っ黒な人物が大きく目を見開き顎を落としたのが見えた。


「か、可愛いだってー……!?」


 愕然とした様子の彼は「おかしい……この造形はだーれしもが恐怖に打ちひしがれるはーず……」などと呟いている。

 

「え、だってこいつらただの黒ウサギっすよね」


 そう言ったストラメルはしゃがみこむとドーム越しに黒い毛玉へと指を近付け、チチチッと動物の気を引く音を口で鳴らしている。


「ちっさいふわふわってのもいいっすね」


 チェラシュカはその隣にしゃがむと、こちらに顔を向けて鼻をひくひくとさせている黒ウサギを眺める。ドームにぶつかったところだけ毛皮が濡れてツヤツヤしている。

 目だけは獰猛な肉食動物のような鋭さに加え禍々しさがあるものの、シルエット自体はよく知るウサギそのものだ。ドームが無ければ撫で回したい可愛さがある。


「ただのウサギではなーい! 普通ならばただのおどろおどろしい見た目になるところを、我輩が直接手をかけて最も恐ろしくなるよう改造した、真・インフェリアウサギだー!」

『真・インフェリアウサギ……?』


 チェラシュカたちの言葉が被ったところで、黒い人が早口で説明し始めた。


「そうとも。普通のインフェリアウサギはトゲトゲした毛並みに岩をも砕く鋭い歯、凶悪な目つきに強靭な肉体を持っていまーすが、」

「そっちのが怖くねえか?」

「まるで魔界ウサギのようだな」


 ラキュスの言う通り、以前図鑑などで見た魔界ウサギはまさに今挙げられたような特徴を持っていたはずだ。

 

「あー、オルベアの民は魔界ウサギと呼んでいましたねーえ。そのありきたりでつまらない造形に我輩は心底がーっかりしていたので、さーらーに改良を施したけーっか!」

「え、魔界ウサギっつったか?」

「これがっすか?」


 レオニクスたちの困惑の声が聞こえていないのか、彼は滔々(とうとう)と喋り続ける。

 

「野生を生き抜けなさそうなか弱さ、無闇に庇護欲を煽る顔立ちの愛くるしさ、思わず触れたくなる質感を持たせることに、成功したのだーっ!」


 さも偉業を成し遂げたと言わんばかりの誇らしげな顔だが、その要素を持った対象から感じ取る形容詞は"恐ろしい"ではなく――。

 

「……それを可愛いって言うんじゃねえの?」


 レオニクスの尤もな言葉に、黒い人はくわっと目を見開いた。

 

「なーにを言うか! そんな厄介な情動を引き起こす存在は、かーなーり、恐ろしいに決まーーっている!」


 どう見ても魔界ウサギとは程多い真っ黒なウサギを、チェラシュカはじっと見つめる。

 

「……あなた、魔獣なの? 恐ろしいの?」


 そう尋ねてみるものの、赤くつぶらな瞳がギラリと輝くだけで、返事は無い。


「……結局何がしたいんだ」


 静かなラキュスの問いかけには苛立ちが滲み出ている。

 想定外の足止めというだけでなく、一切合切言動の意図がわからない。

 本当に魔獣なのであれば警戒せざるをえないが、単なる悪戯なら早く解放されたいところだ。


「んんー、ですからねーえ? 怒るのではなく恐ろしがってもらーわないと」

「だ、か、ら! 何の為に俺たちを怖がらせようとしてるんだと聞いている」


 ラキュスの語気が強まっている。どうしてこうも話が通じない人に出くわすのだろうか。


「そりゃあもちろん、間食にするためですねーえ」

「……は?」

「何言ってんだ?」

「おやつっすか?」

「間食にするためって……」


 口に出してから、数秒経ったのち。

 

 ――私たちをおやつとして食べるということ!?


 そう理解した瞬間、チェラシュカの全身に鳥肌が立った。恐怖で身が竦んでいるところを襲うということか。捕食者は彼か、まさかこのウサギか、はたまた両方か。

 とにかく自分たちが捕食対象にされているのだとわかったところで、変質者と出会ったのとはまた違う恐怖に包まれる。とんでもない異常者に遭遇してしまった……と震える自身の二の腕を両手で掴んだ。


「んんー? 今ですかー? オルベアの民の機微はよくわかりませんねーえ、おかしな人たち。まあでは遠慮なーく、いただきましょーう」


 首を傾げつつも目を細めて不気味な笑みを浮かべた彼に、仲間たちの纏う空気がピリリと張り詰める。ラキュスやレオニクスは彼の動向を油断無く注視しているし、ストラメルは舌打ちをして立ち上がり肩を回しだした。

 ラキュスの作った水のドームはそのままだ。だがそれを超えてこちらに攻撃ないしは捕食する手段があるということか。

 

 ここから逃げ出そうにも、水のドームを張ったまま動くには黒いウサギたちが邪魔だ。かといって飛び越えるために解除したところで、一瞬で足元にウサギが群がることは想像に(かた)くない。

 

 先にウサギを殲滅させるという選択肢もあるが……今の所襲い掛かってくる様子のない無辜(むこ)の命を一方的に手にかけるというのも憚られる。

 それと同じく、おかしなことを話すだけでそれ以外に悪意や殺気を見せない黒い彼に対しても、どう対処すべきか悩ましい。


 そんなチェラシュカの葛藤を余所に、彼は両手をこちらへ突き出した。更にドーム内の空気が張り詰める中、彼はその手の平を上に向けた。そこに親指の先程の鈍く光る黒い結晶が空中に出現する。

 みるみるうちに大きくなっていくそれを見て、緊張で全身に力が入る。

 手の平サイズになったところで彼はそれを掴み――大きく口を開けてかぶり付いた。


「え……?」


 もっしゃもっしゃ……と硬そうな見た目の割に柔らかい音を立てながら黙々と食べる彼に、色んな意味で開いた口が塞がらない。

 

「なんだあれは」

「石を食ってる……?」


 ラキュスとレオニクスが声を潜めて話している。

 とても食べ物とは思えない見た目だが、時折見せる満足そうな表情を見る限り美味しいらしい。

 チェラシュカは彼の油断した様子を見て、今の内にとラキュスの背後に立つ。

 

「あんたそれ何食ってるんすか」


 まさかこの状況でストラメルが話しかけるとは思わなかった。非常に気にはなるものの、わざわざこちらに注意を引くことをしなくても、と思ってしまう。

 

 話しかけられた黒い彼は、気分を害したり攻撃を仕掛けてきたりする様子はない。彼の言う間食についてはよくわからないが、自分たちが食べられるのでなければそれでいい。

 ――そう安心できたのは一瞬だけだった。

 



「これはあなたがたの恐怖ですよーう」

「……恐怖?」


 怪訝な顔で鸚鵡返しにするストラメルに対し、黒い彼は最後の塊を口の中に放り込み、目を瞬かせた。

 

「ごっくん。おんやー、あなたがたは我々の食事は見たことがなーい? まー、無形のまま吸引するのが多数派ですからねーえ」

「……恐怖を、食う……のか?」


 そう言ったレオニクスの耳はピンと立ち、尻尾は落ち着かない様子で左右に揺れている。

 

 彼が困惑するのも当然だ。恐怖を食べるだなんてありえない。生き物の感情は目に見えない、触れられない、それがオルベア(この世界)の常識なのだから――とある一種族を除いて。


 恐らくドーム内の全員がそのことに気付き、先程までとは異なる緊張に包まれる。

 後ろにそっと伸びてきた幼馴染の手を、チェラシュカは迷わず握る。

 ストラメルが水のドームの内側に防御結界を張り、警戒を強める。

 

 そんな中、レオニクスの真正面に居る黒い人物は、こちらをピッと指さした。

 

「そう、それですよ。今あなたがたに生じた、そ、れ」


 彼が伸ばした人差し指の先に、先程と同じような黒い結晶が現れた。親指一本分程度の大きさのそれをつまんだ彼は、再び口に放り込む。


「うーむ、それにしてもどうしてあの真・インフェリアウサギを恐れないのか……」


 咀嚼とともにそう呟く彼に、「まだその話をしているのか」などと突っ込める者はこの場にはいなかった。

 

「……お、お前、もしかして、」


 レオニクスの震える声。

 彼は以前その種族について、『やべえ奴らなんだから、もし居たらオレら普通に暮らしてらんねえだろ』と言った。今チェラシュカたちの目の前に居るのは、恐らくその――。

 


「魔人……か?」



 ごくり、と近くで誰かの喉が鳴った。


「そうでーす。今気付いたんですかー」


 あっさりと肯定する彼は、次々とブラックオニキスを出現させては小さな袋に詰めている。


 ――あれが全て、私たちが感じている恐怖ってこと……?


 魔人が他の四種族から恐れられているのは、何も他種族を頭からバリバリと食べるからではない。()の感情を食べるために、わざとそれを生起させるような行動を取るからだ。

 オルベア史上最大の転換点である二千年以上前の魔人侵攻で、突如現れた彼らはわざと獲物が死なない程度の残虐行為を繰り返し続けた――と語られている。

 

 せめて足元のふわふわを撫でて心を安らげられればいいのに、と当のふわふわをけしかけて来たのが彼だと忘れる程チェラシュカの頭の中は大混乱だった。


「想定とはちがーいましたがー、まあこの程度でいいでしょーう」


 ジャラジャラと鳴る袋の口をきゅっと縛る彼の元に、黒いウサギたちが集まっていく。彼はそのうちの一羽を抱え、「毛並みのふわふわが足りなーい?」と呟いている。

 

 チェラシュカは黒い毛玉たちが離れていくのを見て、この緊張状態における僅かな癒やしが居なくなってしまう、とラキュスの背後から一歩外に出てしまった。

 黒い毛玉の向かう先を目で追い、闇をそのまま切り取ったような真っ黒な目と目が合う。

 思わず息を止めたチェラシュカを見た彼は――。

 

「……ひぃっ!」

 

 叫び声だけを残して跡形もなく姿を消した。大量の真・インフェリアウサギと共に。


「……え?」

「消えた……?」

 

 ――空間魔法での転移。

 魔法の使えない獣人はもちろん、妖精にも、ヒトにも、魔女にも使えない魔法。その魔法の使用こそ、彼が魔人であることを裏付ける何よりの証拠だった。

 

 あたりを見回すものの、周囲から浮くような黒を身に纏った彼はもうどこにも見当たらない。

 しばらくの間その場は静寂に包まれていたが、数分経っても何も起こらなかったため、ラキュスたちはそれぞれ周囲を覆う魔法を解除した。

 (ようや)く生きた心地が戻ってきたチェラシュカは安堵の溜息をつく。

 

「な……何だったんだあいつ……」


 力の抜けた声を出したレオニクスがしゃがみこむ。あの魔人の最も近くに居たのだ、無理もない。

 そこでこちらを向いたストラメルが不思議そうな顔をする。


「あの真っ黒野郎、チェラシュカさんのこと見て青褪めてたっすけど、なんかしたんすか?」

「何も……目が合っただけよ」

「でもめちゃめちゃ怖い奴見たみたいな顔してたっすよ」


 そう言われても……と思ったところで何故かラキュスが制止するように彼の名を呼ぶ。

 

「なんすかラキュスさん。…………あ」

「なんだよ二人とも。怖がらせるためにウサギを可愛くする変な奴なんだから、意味わかんねえ反応したって……、」


 途切れるレオニクスの言葉。

 目の前の三人の視線を受けたチェラシュカは、黙り込んだ彼らを見て首を傾げる。


 ――私はあのウサギと違って、か弱くないし庇護欲も煽らないし触りたくなる部分も無いし、あの魔人が恐れる要素なんて持っていないのだけれど。


 何も言わず視線を交わし合う彼ら。

 いつまた現れるかもわからないし、一刻も早くこの場を離れたいのだが。


「……行きましょうか」


 チェラシュカが仕方なくそう声をかけ、四人はどこか奇妙な空気に包まれたまま歩き始めるのだった。

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