第220話 (206)静かな海-2
「カウントダウンイベントですか?」
「そう、カウントダウン! そのステージのショーに出て欲しくてね〜」
ゾンビナイトの千秋楽の日、呼び出された僕はビッグボスに頭を下げられていた。
「春のイースター、夏のメモサマ、秋のゾンビナイトに冬のクリスマス。その年一年のショーを振り返るようなステージを年末のカウントダウンイベントでやるのよー」
「そ、そうなんですね」
「で、それだけのショーをやるとなると、ダンサーがいつもカツカツで足りなくてねぇ。オールナイトでもカッピー大活躍だったじゃない? だからどうかなーって」
「えーー」
僕は正直迷っていた。あれだけ辞めるって言ったけど、1日だけなら……。とりあえずその日だけ……。
「お願い! その日1日だけ! リハーサルもあるけど……あと1回だけ!」
「うーーん」
「カッピー以外に頼める人いないのよぉ」
ビッグボスが再び頭を下げる。本当に僕以外に頼める人がいないのだろうか。他にも出来そうな人が沢山いるような気もするけど……。まぁ、でも……。
「んー。どうしてもですか?」
「どうしても!」
「足りないんですか?」
「足りない!」
「1人だけ?」
「1人だけ!!」
「1日だけでいいんですか?」
「1日だけ!!!」
「とりあえずで?」
「とりあえずで!」
「……じゃあ大丈夫ですよ」
「本当にー! 助かるわー!」
僕はビッグボスに根負けした感じを出していたが、内心やぶさかではなかった。オールナイトでハナさんと踊った時、またこんな風に踊りたいと思ってしまった。しかし、辞めると言った手前、自分からやっぱり戻るとは言え出せなかったのだ。ど、どうだ? 僕今どんな顔をしてる? やぶさかでない顔になってないだろうか。
「じゃあ、カッピー! またよろしくね!」
◆◆◆
「……と言うわけでして……」
僕が申し訳なさそうに事の顛末を話していると、ハナさんは顔を真っ赤にして俯いていた。
「……っきのは……しで……」
そのままハナさんは何やらボソボソと喋っている。なんと言っているかわからなかった僕は聞き返す。
「え? なんて言いましたか?」
「だからぁ! さっきのは一旦なしで!!」
「え? さっきのって……」
「さっきのはさっきのだろ! もうなしになったから、さっきのこともなし!」
「キ、キスのことですか?」
「キス? んー、なんのこと? 私、職場恋愛はしない主義なんだよね! 気のせいなんじゃない?」
「恋愛……!」
「じじじじ、じゃあ! カッピー! さ、さらば!」
「あっえっえっ?! 帰るんですか?!」
「帰る!」
そう言い捨てるとハナさんはスタスタと帰って行ってしまった。走って帰るハナさんに僕は声をかける。
「今度クリスマスのショー、見に行きますね!」
「来るな! バカッピー!」
小さくなっていくハナさんの背中。僕はほっぺたに残る感触をなぞりながら、ハナさんの言葉を思い出していた。
——なしって言ったって……
これをなしにするのは難しいだろう。そう思って撫でていたほっぺたからは何処となく焼きそばの香りが漂っていた。
「あっ……」
ふとポケットを手をやると、ハナさんに渡そうと思っていた写真が出てくる。カルーアさんからファンレターで貰ったオールナイトのショーの写真。そこにはゾンビ姿の僕たちが笑顔で踊っている姿が写っている。すごくよく撮れてるから、ハナさんにも渡そうと思っていたのに。渡せなかった写真をポケットに再び入れて、静かな海を眺めていた。
ざざぁ、ざざぁ




