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ゾンビナイト  作者: むーん
閉幕編

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第219話 (205)静かな海-1

ざざぁ、ざざぁ


「寒い……」


「だから言ったんですよ」


「だってぇ〜」


 ゾンビナイトが終わって数日後、僕とハナさんは海にいた。夏にはビーチとして栄えているであろうそこも、11月とあっては静かで閑散としていた。そして何より……。


「寒すぎる……!」


「まさに冬の海って感じですね……」


「どこかに暖まれる海の家はないかにゃー」


「暖まれる海の家なんて言葉聞いたことないですよ! それに、こんな時期に営業してる海の家なんて……」


「この辺に冬に間違えてビーチに来た人をもてなしてくれる海の家があると思ったのに……」


「本当にそんなのあるんですか? 調べても出てこなかったですよ?」


 ハナさんはデートの約束を覚えていてくれたらしく、今日はその約束を果たすために集まっていた。僕も僕でデートプランがないわけではなったが、ハナさんが「ここはお姉さんに任せておきなさい!」というので全てお任せしたのだ。今となっては僕が主導権を握るべきだったと後悔している。冬の浜辺で二人凍えているだけで、雰囲気もへったくれもない。


——これが果たしてデートと言えるんだろうか……


 そう思って歩いていると、ビーチの向こう側に灯りのついている小屋のようなものが見えた。


「あ、カッピーあれ……!」


「え、まさか……」


「間違いない、あれが暖まれる海の家だよ!」


「そんなバカな……」


「よし、行こう!」


◆◆◆


「いやぁ、お客さん。寒かったろう? あったかい焼きそばでもどうだい?」


「くぅ〜、マスター! うんまい焼きそば2人前よろしく頼むよ!」


「いやぁ、あっはっは! サービスで大盛りにしとくよ!」


「流石マスター! 粋だねぇ〜」


——本当にあったよ、暖まれる海の家……


 なんとハナさんが適当にふざけて言っているだけではなく、本当に冬にやっている海の家は存在したのだ。僕は気になってマスターに質問をする。


「ま、マスター……どうしてこんな時期に営業を……?」


「いやぁ、冬の海って寂しいだろう? 時々冬に寂しそうに海にやってくる若者が悲しい顔して帰っていくのが嫌でね。時々こうして営業してるのさ」


「そうなんですか……」


「いやぁ、あっはっは。変かい?」


「いや、そんなこと……」


 正直変です、とは言えずにマスターが焼きそばを焼く姿を眺めていた。


ジュー


——美味そうな匂いだ


「はいよ、焼きそば2人前。紅生姜はお好みで頼むよ。あっはっは」


「ありがとう、マスター! 美味しそ〜う!」


「確かに美味しそうですね!」


 見た目はスタンダードな焼きそばだが、どことなく海鮮っぽい風味を感じる。魚粉がかかっているのだろうか。一口また一口と食べるたびに美味しさが口いっぱいに広がってゆく。


バクバクバク


「いや〜、美味かった! マスター、最高でした!」


「ハナさん、もう食べたの?! はや!」


「カッピーが遅いんだよ! タラタラ食べてると私が食べちゃうぞ!」


「ちょっとやめてください!」


 僕は残っている焼きそばをハナさんに盗られまいと口いっぱいに頬張るのだった。


「はへまへんからへ!」


◆◆◆


「ご馳走様でしたー」


「マスター、また来るからね!」


「いやぁ、あっはっは。待ってるよ」


カランカラン


 暖まれる海の家を出た僕たちはビーチに腰掛けて、海を眺めていた。


「あの時のカッピー、傑作だったよね〜」


「違うんですよ! あれはオラフさんが……」


 海を眺めながら、僕たちはゾンビナイトの思い出話に花を咲かせていた。2ヶ月ちょっとの間に色々あった。その色々のほとんどはハナさんと過ごしていたような気がする。ひとしきり話した後にハナさんが感慨に耽った顔をして、話を始める。その顔はいつものおちゃらけたものではなく、真剣な顔のように見えた。


「私、結構今までの中でも楽しいゾンビナイトだったな。それは、カッピーのおかげかもって思ってて」


「僕も楽しかったです。僕は初めてだからかもしれないですけど!」


「そうだよね……。そうだ、クリスマスのショーも始まってるんだよ? 良かったら見に来てよ、ただのお客さんとしてさ」


「はい! 行きたいです!」


「なんか今までずっとカッピーがいたからさ。いなくなって寂しいよ。心にぽっかり穴が空いたみたいで」


——なんかすごく良い雰囲気な気がする


 日が傾いてきた海を見ながら、しばらく沈黙する。僕も寂しい。ゾンビナイトが終わってから、今までに感じた事のない喪失感に襲われている。それは、オラフさんをはじめとした仲間がいないこともそうだけど。ハナさんという存在がいないことが大きい気がしていた。僕はハナさんのことをただのダンサーの先輩としてだけじゃなくて……。


「カッピー、ありがとう」


 その瞬間、ほっぺたに柔らかな感触がした。状況を理解するのに、少し時間がかかる。すぐ近くにハナさんの顔がある。頭が状況を把握する。ハナさんが僕のほっぺたにキスをしたのだ。


——え、えええ?


ドキドキドキドキ


——これはどういう……


 ハナさんは僕の方をじっと見てきている。もしかして、両思いだということなのか。それか、ハナさんは外国の出身で軽くキスする文化圏の育ちなのだろうか。そう考えると普段の距離の近さも説明がつくような気がする。直接確かめるしかなき。そう思って、僕の気持ちを伝えて確認しようとしたところ、ハナさんの方が先にぼそっと呟いた。


「あはは……ついキスしちゃった」


「つ、ついって……」


 ついキスする。自分の中にない行動で理解が追いつかない。


「……嫌だった?」


「いや、嫌じゃないです。嬉しいんですけど……」


「ふふ、本当……? またデートしようよ。逆にカッピーが辞めて良かったかも。ダンサーの同僚だったら、こういうの気まずいし」


「え?」


「え?」


——ダンサーの同僚だったら気まずい?


 僕は突然のキスに戸惑い、かつてないほど胸がドキドキとしていた。しかし、ハナさんの今の言葉を聞いて、一つだけ確認する必要があると思った。


「あの……もし僕がまだダンサーの同僚だったら、今のキスはどうなりますか?」


「え? どういうこと?」


「あの僕、実はまたダンサーを……」


「え?」


「することになってて……。って、えっ……ビッグボスから聞いてないですか?」


「え、何それ? き、聞いてないよ。な、なになになにそれ?!」


「だから、まだダンサーの同僚で、先輩後輩で……職場仲間でもあるというか……その……すいません実は……」


「えぇえええーー!」

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