第213話 (199)Up All Night
「あっはっは! こりゃ傑作だ!」
「笑い事じゃないですよ! あー緊張したぁ」
「いやぁ、まさかギターにサインする日が来るなんてねぇ」
先程突然話しかけて来たノベルナイトのボーカルさん。何の用事かと思えば、僕にサインをしてほしいとのことだった。この人は僕のことを誰か有名な人と勘違いしてるんじゃないかと思って狼狽した。念入りに確認したところ、欲しいのは僕のサインということで間違いないようだった。何にサインをすればいいんですかと聞くと、ボーカルさんは慌てふためいて、先ほどまでステージで弾いていたギターを持って来て、「これにお願いします!」と差し出して来た。
——あのギターめっちゃ高そうだったけど大丈夫なんだろうか……
僕が恐る恐るギターの端の方にサインをした後、ハナさんにもサインを求めたボーカルさん。遠慮というものを知らないハナさんは、僕のサインの横にデカデカと「ハナ参上!!」と書き殴ったのだった。流石にやりすぎじゃないかと思ったが、ボーカルさんは大層感動したようで何度もありがとうございますとお礼を言っていた。
「あのギターこれからも使うのかなぁ」
「ネムステであのギター弾いてたら、僕まで緊張しちゃいますよ……」
「そうなったら私たち全国に名前が知れ渡っちゃうね!」
「変に広まるのは勘弁して欲しいっす……」
『ノベルナイトのボーカルのギターに書いてるハナとカッピーって誰? UPJのダンサーって本当?』みたいなタイトルで変なサイトが出来たらどうしよう……。しかも、その頃には僕もパークにいないしな……。そんなことを考えながら、僕は立ち上がってハナさんに移動を促す。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
「ん? 行くってどこにだい?」
「そりゃあメイクルームですよ、メイク落として帰るんですよ。いつまでここでゆっくりしてる気なんですか!」
「はー? なーに言ってんだ、バカッピーめ」
「な……誰がバカッピーですか!」
「仕事の途中で帰ろうとするんだから、バカッピーだろ!」
「あれ?? 途中……?」
「本気で言ってんの? オールナイトは朝5時まであるんだよ?」
「あっ、そうだった……」
完全に忘れていた。そうだ、オールナイトはまだまだこれからなのだ。集大成のようなショーを終えて、完全に終わりのモードに入ってしまっていた。まだまだ夜は続くんだ、まだまだ続く……??
——え……今からまだ何時間もあるの?
「いやぁ、カッピーとストリートに出るのなんて久しぶりだから楽しみだなぁ」
「いや僕ちょっと正直しんどいっす……」
「ははは! しんどいでゾンビやめられたら苦労しないよ!」
「いや、ちょっと本当に……。僕さっきまで閉じ込められてて、すぐショーに出て……。しかも、その前もリトルナイトベアーのショーだったし……」
「ぐすん、カッピー……私とストリートに出たくないんだね……」
「え?! い、いやそういうわけじゃ……」
「よし! じゃあ行こう!」
「え、もう……?!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ」
ハナさんに引っ張られて、囚人ゾンビとして久しぶりのストリートへ繰り出した。これから何時間もまだ仕事が待ってるなんて、正直信じられないけど……ハナさんが横にいると何とかなるような気もしてくる。オラフさんもいるし……。オールナイトが終わったら、打ち上げがてら皆でご飯にでも行きたいな。積もる話もあるし。
◆◆◆
「……。お疲れ様でーす」
「おつかれぇ……」
「お疲れ様……」
オールナイトを終えた僕たちは楽屋で力無くお疲れ様を言い合っていた。スタッフも含めた全員が元気がない。きっとみんなの心にあるのはおんなじ気持ちのはずだ。
——早く帰って眠りたい……!
「あ、カッピー! お疲れ様!」
「あ、オラフさん……。お疲れ様です……」
「いやぁ、色んなことが起こったオールナイトだったねぇ!」
「……」
「あれ……? カッピー?」
「はいっ?! 何でしょう?」
「いや、色んなことがあったねって!」
「確かに……。世の中色んなことがありますね……」
「いや、世の中もそうだけど……」
僕はオラフさんの話も右から左に流して、メイクを落として着替えることに必死だった。一刻も早く家のベッドへダイブしたい。風呂も入ってる場合じゃない。寝たい。寝たい。
「カッピー、疲れてるんだね……。ゆっくり休んでね。明日もよろしくね! 明日っていうか今日か!」
——えっ、今日も仕事……?!
そうだ。思い出した。帰って寝て数時間後にはまたゾンビナイトがあるのだ。11月に入ったけど、数日ゾンビナイトは続くのである。世間はクリスマスへと一直線だが、パークはそのまだハロウィンなのだ。
——一刻も早く布団へダイブしなくては
「オラフさん。すいません。僕は一刻も早く帰って寝ます。では」
ダッ
「あ、急ぐと危ないよ! 気をつけてね!」
オラフさんの言葉を背に僕は帰宅の途についてた。みんなで打ち上げに行きたいと思っていたことを思い出したのは、アラームに起こされた昼過ぎのベッドの上であった。




