第212話 (198)ИATURAL POP
——え?! どういうこと?!
ノベルナイトの人がギターを鳴らしている。しばらくして、ドラムの音も加わる。え、曲はさっきので終わりじゃなかったっけ? 何回も聞いているのに間違ってしまったのかと不安になってくる。いや、合っているはずだ。何度も練習した。何度も聞いた曲。さっきのでフルコーラス完全に演奏し切ったはずだ。
——じゃあ、今から始まるのはなんだ……?!
体が強張る。手に汗が滲む。さっきまで熱の中にあったのに、体の芯だけが冷えていくようだ。一体何をすればいいのか、僕はここにいていいのか。ステージから捌けるべきなのか。助けを求めてハナさんの方を見る。ハナさんはノベルナイトの方を見て嬉しそうに、にかぁっと笑っていた。
——まさか……
「終わりなき闇が始まるぅう!! さぁ、闇だぁ。闇を喰らわせろ、もっと……もっとだぁ!」
——ゾンビさん?!
客席の方からゾンビさんの咆哮が聞こえてくる。闇を……もっと……? やっぱりそういうことなのか?
「ゔぅ……!! ゔぉおおお!」
「ゔぉあ!! ぐぅあああ!!」
ゾンビさんの周りの同僚達も叫び始める。その中にはオラフさんの姿もあった。オラフさんと目が合う。
——そういうことだよ、カッピー
言葉は交わしてないけど、オラフさんはそう言っている気がした。やっぱりそういうことなんですね。もう少しだけ曲をやるってことなんですか? 僕たちももう少しだけ踊った方がいいってことですよね?
——こんなこと、リハーサルではなかったのに
ハナさんの笑み。あれはやっぱり突然のハプニングに高まっている顔だったんだ。
(カッピー……やるよ!)
(はい……ハナさん!)
ハナさんと目が合うと不安は消え去ってしまっていた。大丈夫だ。ハナさんに合わせれば何とかなる。
しゃんしゃんしゃんしゃん
ちゃらららら〜
ノベルナイトの演奏が再開される。それは曲の間奏部分のようだった。そこからは無我夢中だった。音と一体になっていく感覚、世界に僕とハナさん2人きりのようにも感じた。裸で何も遮るものがなく、境界が曖昧になっていくような。何かを追いかけて無我夢中で走って走って走っていくような。自分のありのままを曝け出すような……。
ちゃららら〜
『ゾンビ ゾンビ 踊らにゃゾンビ』
サビへと入る。ここからはいつもの振り付けだ。しかし、その高揚感はいつもと違った。それは僕だけじゃない。他のゾンビダンサーもそうだった。このメインステージ周り一体が魔法にかかったように熱がかっていた。ゾンビさんやオラフさんも踊っているのが見える。2人のダンスもいつものそれとは違った。
——いや、それだけじゃない
ダンサーだけじゃない、それはお客様もそうだった。いつもは踊らないような常連の人も体をビートに合わせて動かしていた。中には、同じようにダンスをしている人もいる。1人1人それぞれのダンスを踊っている。上手か下手かなんて今この空間では重要なことではない気がした。
——みんな楽しくて踊ってるんだ……!
プラスの楽しいという感情がそこら中に伝播していくのを目の当たりにしながら、僕は興奮で鳥肌が立っていた。自分がその伝播の中心にいるような感覚。それは、ストリートで踊っている時に、モラトリアムを感じて何も変えられないと落ち込んでいたあの日の自分にも届いていた。
——そうだ、こんな景色を見たかったんだ
じゃん!
ノベルナイトの演奏が止まる。静寂が包む。それは一瞬。その静寂の後に、割れんばかりの拍手と歓声が僕たちを包むのだった。
パチパチパチパチ
「きゃーーーー!!」
「すごいーー!!」
「ひゅーひゅー!」
鳴り止まない歓声。僕は肩を揺らして息をしていた。数回息をしたところで、肩を揺らして息をするゾンビがどこにいるんだよと自分で突っ込んで徐々に呼吸を戻していった。横を見ると、ハナさんが満面の笑みでこちらを見ていた。ハナさん、そんな笑顔を人に向けるゾンビがどこにいるっていうんですか。
「ありがとうございました、ノベルナイトでしたー! ゾンビ達にも惜しみない拍手を……!」
僕たちがステージで余韻の中にいると、ノベルナイトがそう言ってステージから捌けていった。僕たちもそれを追うようにステージを後にする。ステージ周りに集まっていたゾンビ達も呻き声をあげながら、それぞれのエリアへと戻っていった。
◆◆◆
バックヤードへと戻った僕は放心状態だった。全てを出し尽くした。体が重い、どっと疲れが押し寄せる。思えば、あの閉じ込められていたのはわずか数十分前だ。ずいぶん昔のようにも感じる。あれからこんな僅かな時間でこんなことになるなんて……。
「やぁ! 本当にお疲れのようだね!」
「ハナさん……」
「いやぁ、楽しかったなぁ。ああいうのがあると、ダンサー辞められないよねぇ」
——辞められないよねぇ……か
自分の最後のステージとしてはこれ以上ない、悔いのない最高のステージだった。しかし、それと同時にダンスの楽しさを全身で感じてしまったということでもある。また……とも少しだけ思ってしまう。
「あ、あの……」
「……?」
話している僕たちの元に、ノベルナイトのボーカルさんがやってくる。その控えめな姿勢は、ステージの印象からは程遠い。
「し、ショーお疲れ様でした……」
「こ、こちらこそ。やっぱりバンドの音は違いますね!」
「ほ、本当ですか! そう言ってもらえると嬉しいです……あの……実はお願いがあって……」
「何でしょうか?」
もじもじとしているボーカルさん。何か言いたいことがあるのだろうか。僕がバンドのボーカルさんにお願いされることなんてあるだろうか。もしかして、パークの案内してほしいとか? それならば、僕より適任が沢山いるはずだ。ビッグボスやあかねちゃんなら、パークの魅力を存分に語ってくれるだろう。
「あ、あの!!」
「……はい!」
「サインもらってもいいですか?!」
——さ、サイン……?!




