表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

208/213

第208話 (194)ナイトダンサー

「人、人、人……っと」


ごくり


 僕は一心不乱に手のひらに“人”と言う文字を書いてはごくりと飲み込んでいた。さっきまでは大丈夫だったのに、とてつもなく緊張してきている。すぐに出番かと思っていたが、りゅうじんさんと入れ替わりに、僕の到着を知らないミッキーさん扮するナイトベアーが時間稼ぎにステージに出て行ってしまっていた。


——ありがたい、ありがたいけど……


 それにより、少しだけステージに出る前に待機する猶予が出来てしまった。その時間は、かえって僕の緊張を高まらせてしまったのだった。


「……緊張とれたかい?」


 ハナさんが僕に話しかける。人という字を飲み込んで緊張を解そうとしてる僕を心配したのだろう。僕はハナさんに返事をした。


「と、とれません……もう人を100回は飲み込んでいるのに……」


——懐かしいなぁ


 デジャブ……ではない。僕はハナさんといつかした記憶のある会話をしている。そうだ。あれはゾンビナイトの初日だ。こんなに時間が経っても、僕の緊張する癖は治らなかったな。このままでは、ショーのトリを緊張ゾンビが務めることになってしまう。それはいけない。


『貴様らも踊る阿呆にならNight〜!』


 ステージからミッキーさんの声……いや、ナイトベアー様の声が聞こえてくる。ミッキーさんも僕のために急遽ステージに立ってくれて……。そう考えていると、再びハナさんが僕に話しかけてきた。


「……ミッキーさんにもりゅうじん君にも後でお礼を言っておきなよ?」


「はい……。本当に感謝してもしきれないです」


 ミッキーさんとりゅうじんさんだけじゃない、もっと色んな人に色んなことを伝えなくちゃいけない。もちろん……ハナさんにも。


「2人とも準備お願いします」


 スタッフさんに話しかけられる。そのまま舞台袖まで誘導される。ステージでは、ミッキーさん扮するナイトベアー様が、最後のダンスのレクチャーに入っていた。


『今宵は皆で踊らNight〜!』


「ナイトベアーちゃん、ありがとうー!」


 ノベルナイトのボーカルさんがそう話すと、ナイトベアー様が可愛く手を振りながら、舞台袖へとはけてくる。ナイトベアー様は可愛い顔のまま、僕の方へと近づいて話すのだった。


「おう……。カッピー……間に合って良かった。頑張ってこいよ」


「ミッキーさん……! ありがとうございます!」


 ナイトベアー様の可愛い顔からは信じられないおじさんの声がする。僕もすっかり慣れてしまっていたけど、改めて聞くと違和感がすごい。いや、そんなことを考えている場合じゃない。


「馬鹿野郎……早ぇよ。ショーが成功してから、礼に来い、いいな?」


「……はい!」


ちゃんちゃらら〜


 ミッキーさんと二言三言話したところで、ステージから音楽が流れ始める。もう何度も聴いた、今年のゾンビナイトのテーマソング。生演奏の為か、少しだけ音の雰囲気が違う。


(どうぞ……!)


 スタッフさんがステージに出るように僕たちを促す。その瞬間、僕とハナさんはゾンビモードへと入った。


「ゔぅ……」


 ゾンビとなった僕達は、呻き声をあげながらステージへと出て行く。少し暑く感じるほどライトアップされたステージから沢山の人がいる客席が見える。


——すごい数……


 いつものリトルナイトベアーの着ぐるみ越しとは違う、生の視界で見える群衆。カメラを持っている常連さんもいれば、オールナイトを楽しみにきた普通のお客様もいる。そして、いつもの違うことがもう一つあった。客席の間の道には、パーク中のゾンビが集まってウヨウヨと漂っていた。


——変な景色だなぁ


 こんなステージの真ん中で踊るのか。リハーサルとは異なる景色に圧倒されてしまう。平常心平常心……と思いながら、花道の方へと歩みを進める。


「ゔぅ……! ゔぉあ……」


 隣に同じスピードで歩みを進めるハナさんが呻き声をあげる。そうだ、大丈夫。1人じゃない。横にはハナさんがいる。リハーサルの通りにやれば大丈夫だ。


◆◆◆


——良かったぁ、間に合ったんだな


 俺はギターを弾きながら、ステージ袖からゾンビが2体現れるのを見ていた。ダンサーがまだ来てないので、適当に繋いでくださいと伝えられた時は度肝を抜かれたが、少しだけ血が騒いだ。


——遅刻なんて……パンクだぜ


 そう、パンクの血が騒いだのだ。正直こういうハプニングは大好きだ。思い通りにならなければならない程燃えるタイプだ。さっきのナイトベアーちゃんの前に出てきたダンサーとのセッションも楽しかった。こっちの演奏が盛り上がれば盛り上がるほど、激しさを増すダンサー。血が沸るのを感じた。これだ、これ。客席も大盛り上がりで最高だった。


——これは入っちゃうかもしれないな


 時々、演奏をしていてゾーンに入ることがある。音の波の中に溺れて、音と一体になる感覚。メロディやコードと体が混じり合って境界が曖昧になるあの感じ。あの気持ちよさったらない。


——あぁ、ふわふわしてきた


 体の感覚が研ぎ澄まされていく。ゾンビたちが花道に到着するのが見える。そろそろAメロに突入し、ダンスも始まる。ゾンビ達よ、どんな景色を見せてくれるんだ。『アレ』を超える物を見せてくれよ。その為なら、どんな演奏だってしてやるよ。沸る。やっぱり沸っている。何だか予感がする、今日はゾーンの日だ。何と言っても、俺たちの前で踊るのは『アレ』のカリスマダンサーの2人だ。遅れてやってきて、俺は焦らされに焦らされている。


——主役は遅れてやってくる……か


 花道の先でライトに照らされる2人のゾンビをみる。やっぱりかっこいいなぁ。やっぱりこの2人、“パンク”だな。ライブ終わったら、絶対サイン貰おう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ