第207話 (193)バトンロード
「ビッグボス!」
「あ、オラフくん」
リュウが去っていくのを見送った私の元に、オラフくんが遅れてやってくる。オラフくんはゾンビであることがお客様にバレないように黒いフードをかぶっていた。しかし……。
——かえって目立っちゃってるような……
巨漢の怪しい黒フードに周りの視線が集まっているのを感じる。オラフくんはそんなことはお構いなしのようで、私に質問を投げかけてくる。
「か……カメラどうなりました! リュウの映像……!」
すごく心配そうな顔をしているオラフくん。よっぽど撮影が嫌だったのだろうか。私は彼をなだめるように先ほどのことを伝えようとする。
「大丈夫よ。カメラのことなら心配ないわ」
「リュウ、バックヤードの映像撮ってなかったんですか?」
「それはわからないけど、カメラは心配ないわ」
「え? それってどういう……」
「カメラは湖の中に落ちちゃったから」
「えっ?!」
オラフくんは驚いた顔をする。
「ま、まさか……ビッグボスが投げたんですか? そこまでやるとは……」
「違うわよ! 私じゃないわ!」
私はあらぬ疑いをかけてくるオラフくんに一連の出来事を説明する。オラフくんも納得してくれたようだった。私はカメラを探してくれる潜水スタッフを待つためにここに残ると伝える。オラフくんも残ってカメラの映像を確認したがっていたが、それは私に任せるように伝える。
「とりあえずここは大丈夫だから、あなたは持ち場に戻りなさい」
「で、でも……」
「何を撮られたのか知らないけど……じゃあ、中身の確認はオールナイトが終わってから、オラフくんと一緒にするわ、それでいい?」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うと、オラフくんはドタドタとステージの方に戻って行った。そんなに気になるなんて、一体カメラに何が映っているのだろう。あの時……たしか軍服ゾンビを探して……。もしかして軍服ゾンビが何か関係……?
——あーもう! わかんない!
とりあえずそれについては後でオラフくんに聞こう。そう考えていると、ステージの方から音楽が聞こえてくる。ノベルナイトの演奏だろうか。まだショー中なのか。なら、オラフくんも間に合うか。そこまで考えたところで少しだけ違和感を感じた。
——あれ? でも、少し長くないか?
本来ならもう終わっていてもおかしくない時間だ。それでもまだ音楽が流れているのはどうしてだろう。もしかして、延長したのかな? アンコール?
◆◆◆
タッタッタッタッ
「カッピーさん! 頑張ってください!」
「はぁはぁ……あかねちゃん! ありがとう……!」
あかねちゃんのおかげで最短ルートでメインステージへと着いた僕。しかし、ステージの方からはノベルナイトの演奏と思われる音が聞こえている。もしかして、もう始まってしまっているのだろうか。ハナさんが1人でステージに出ているのか? 様々な不安を抱えながらバックヤードに入り、ステージ裏の方へと向かって行くとステージの演奏が突然止まり……。
パチパチパチパチ
「きゃーーー!!」
——す、すごい拍手と歓声……
僕がステージ裏に着いた瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が客席を包んでいた。
——一体何があったんだ……?
そう思っていると、ステージを終えたと思われる人が汗を拭きながら降りてきた。ステージからの逆光がその人を照らしており、神々しく見えた。
——ハナさんじゃない?
その人は逆光で影しか見えなかったが、影からしてどうやら男性のようだった。スタイルも良いなぁ。一体誰なんだろうと思って、見つめていると、その人は僕の顔を見るや否や駆け寄って声をかけてくれたのだった。
「良かったぁ……カッピー間に合ったんだね。ステージは僕が繋いどいたよ」
「え?! あ、はい。ありがとうございます……」
——あれ? 誰だったっけ?
爽やかな声と朗らかな物言い。先程までステージに出ていたとは思えないほど、涼しい顔をしたその男性はニコニコとした顔で僕に話しかけた。僕の名前を知っている。僕もなんだかこの人を見たことがあるような気がする。
「じゃあ、頑張ってね」
——えーっと……誰だったっけ……
僕に声をかけ、颯爽と立ち去る高身長の男性。均整の取れた顔立ちは男らしさを感じるが、どこか幼さも感じられる。確か、一度だけ会ったことがある。そうだ。写真も見たことがあるの気がする。少し思い出してきた。もしかして、あの人は……。
「りゅうじん君のやつ、前座の癖に盛り上げすぎだよ」
「あっ……」
ハナさんがどこからか近づいてきて、僕に話しかける。やっぱり、さっきの人はりゅうじんさんだったのか。もしかして僕が間に合わないのを見かねて、ステージを繋いでおいてくれたのだろうか。も……申し訳ない。てか、かっこいい……。
「おい! カッピー聞いてんの?」
「す、すいません……!」
僕は考え事をして、ハナさんの言葉を思わず無視してしまっていた。ハナさんは僕の顔を覗き込んできて、じーっと見つめていた。僕はハナさんに遅刻したことを謝るべきか、まず何を話せばいいのかもわからずに口篭っていた。そんな僕を見かねてか、ハナさんは肘をぐいっと入れてからかってくる。
「おいおい〜、新入りのくせに先輩を待たすなんて良い度胸してるじゃんか! いつの間にかカッピーも偉くなったもんだね〜」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ、間に合ったならよかった……。何があったかはどうでもいいよ」
「……」
「カッピーがいなきゃ、今日のダンスは意味がないからね」
——ハナさん……
何も聞かないでくれるハナさんの優しさを感じながら、もう間も無く自分がステージで踊るということを思い出す。ステージから漏れる音と光が幻想のように感じる。今からすぐにステージに出るなんて嘘みたいだ。不思議と緊張はまだしていなかった。ここまで緊張する暇もなかったからなのかもしれない。
——よしっ
僕はステージの方をじっと見つめた。そんな僕の様子を見てか、ハナさんもステージの方を向いて僕と横並びになった。そして、ハナさんは僕の肩に腕を回して、肩を組んで叫ぶのだった。
「さぁ、役者は揃った! 後は踊るだけさ!」




