第205話 (191)ランナウェイ
「うん、もしもし? あかねちゃん? 本当?! カッピーくん、見つかったの? うん……ありがとう。ハッタリくんにも伝えといて!」
リュウを探してストリートを歩いていた私の元に、あかねちゃんからカッピー発見の一報が入ってくる。本当に良かった。これでステージは何とかなるはず……。
——それにしてもリュウのやつ、どこに……
ストリートのどこを探してもリュウは見当たらなかった。まだそんなに遠くには行ってないはずなのに……。しばらく探しているとステージの方から音楽が聞こえてきた。
『ゾンビ ゾンビ 踊らにゃゾンビ〜』
——あーあ、ノベルナイトあんまり見られなかったなぁ。
結局、トラブル続きでノベルナイトのライブを少ししか見られなかった。こんなチャンス滅多になかったのに。てか、上司さんは見られるよーって言ってたのに。そんなことを頭で考えながら、耳でノベルナイトの演奏を聴き、目ではリュウを探していた。すると……。
「う、う、うわぁぁあ!! 俺のぉおおお。俺のバズがぁぁぁあ!! バズぅううう! うっぐぅうわぁぁぁあ!」
——何事?!
突然遠くの方から男の叫び声が聞こえた。湖の方だ。私は目を凝らしながら近づく。そこに立っていたのは、カッピーを待ち伏せしていたカルーアという常連のお客様だった。
——まさか、今日カッピーに会いにきたんじゃないでしょうね?
私はもうこれ以上トラブルはごめんだと思いながら、状況を確認するためにカルーアに話しかけた。
「お客様ー! どうかされましたか?」
近くを見ると2人地面に横たわっているのが見えた。一瞬気を失って倒れているのかとも思ったが、息を切らしてはぁはぁと言っているのを見る限り、疲れて横たわっているだけのようだ。体調不良とかじゃなくて安心した。
質問されたカルーアが焦った様子で私に話しかける。
「あの……! あの人のカメラが湖に落ちちゃったみたいで……私ステージ見に行かなきゃ行けなくて、ちょっと任せても大丈夫ですか?」
そう言いながら、カルーアは湖を見つめて項垂れている男の方を指差す。なるほど、あの人のカメラが落ちちゃったのね。
「え? あ、はい!大丈夫です!」
「すいません! ショーが終わったら、戻ってきます!」
そう言うとカルーアはステージの方へと走っていった。いいなぁ、私もノベルナイトが見たい。そう思いながら、カメラが落ちたという人の方を見る。
「うぅ……。カメラが……。金の盾……ミリオン……うぅ……」
湖を見ながら、泣きじゃくっている男。その流れ落ちる涙で、横に新しく湖ができてしまうんではないか……。そんなことを考えていた。いやいや……そうじゃなくて、その男は私が探していた男そのものだった。
——こいつ、リュウだ!
◆◆◆
「お客様……カメラを落とされたと聞いたんですが……」
——あぁ……俺のカメラ……
「あのーお客様?」
——こいつはビッグボスとか言うスタッフ……!
どうやら、さっきの俺の絶叫でスタッフが駆けつけたようだ。ハナに迷惑行為をした時にもこのスタッフがいたことを思い出す。咄嗟に逃げようかとも思ったが、俺の中に考えが浮かぶ。
——スタッフに言えば、カメラを拾ってくれるんじゃないか?
前にテレビで、湖に落とした指輪を探してもらったという人の話を見たことがある。湖に潜って探してくれるスタッフがいるという噂だ。カメラは水没してダメかもしれないが、中のメモリーカードは無事かもしれない。
「あ、実はカメラを湖に落としちゃって……」
「そうなんですね……。では、こちらでスタッフ派遣して、拾いますね!」
「ただ、その際にはカメラのメモリーを確認させて頂きますね。」
「へ?」
「そりゃあそうでしょう。そして、もしバックヤードの盗撮をしていたことが明らかになれば……そうですね……出禁も止むなしかもしれません」
「え?! 出禁?!」
「はい……。お客様は以前から、迷惑行為を連続して行なっていることが確認できてますので……今のところツーアウト、あとワンナウトでチェンジ。サヨナラと言ったところでございます。その上、更に今回バックヤードの盗撮など行った日には……ねぇ?」
——まずい!
冷たーい笑みを浮かべるビッグボスにぞくりと寒気がする。以前、工事エリアを盗撮したのを注意されたのを思い出す。そして、ハナへの迷惑行為。それにもっと他の細々したものも合わせるとアウト案件は沢山ある気がした。もう自分でも数えきれないけど。いや、出禁はまずい。出禁はいやだ。パークに2度と来れなくなるなんて。そんなことになれば、折角のインフルエンサーの道も閉ざされてしまう。
——でも……
もし、あのカメラの映像があれば……。心霊やUMA関係で生きていけるかもしれない。それくらいのびっくり映像のはずだ。何とかあの映像さえ、奪取できれば。パークに未練はあるが、この際成功出来るなら何でも……。
——インフルエンサーか……
——出禁か……
——インフルエンサー?
——出禁?
——どうする?! 俺!
——出禁か?! インフルエンサーか?!
「……? お客様どうされましたか?」
「いや……! 違ったわ」
「え? 違った?」
「そうだったそうだった! 今日は、カメラ使わずに心のメモリーに残そうと思って、カメラは家に置いて来たんだった!」
「え? でもさっき……」
「いやぁ〜。深夜だからかなぁ。眠気でおかしくなってたぽいですわ。だから、湖からカメラが見つかったとしても。俺のじゃないですからね」
「……」
「さてさて、俺はもう行くかな! あはははは!」
俺は足早にその場を去った。何かを察したのか、ビッグボスも俺を追っては来なかった。
◆◆◆
「はぁ……」
結局何も得られないオールナイトになってしまった。それどころか、カメラも失ってしまった。結構高かったのになぁ、とほほ。さっき、シャクレさん達と撮った映像もなくなってしまった。
「おーい! いたいた!」
とぼとぼと歩いていると、遠くからシャクレさんの声がした。どうやら俺を探しにきてくれたようだった。
「リュウ〜どうしたんだよ! バックヤードにいた時はびっくりしたぜ。一体何があったんだよ」
「実は……」
俺はシャクレさんにさっき起こったことを伝えた。びっくり映像が撮れたこと。そのカメラを湖に落としてしまったこと。出禁を恐れて、カメラを諦めたこと。一通り話すと、シャクレさんは笑いながら、肩を組んできた。
「何だよ、リュウ! バカだなぁ!」
「え?」
「そんな映像に頼らなくても、俺とお前のチームなら実力で上を目指せるべ! 一緒に階段登っていこうや! カメラ代なんてすぐに取り戻せるさ!」
「シャクレさん……!」
「リュウ……! 今日はこれから飲みに行こう! チャンネルの作戦会議を兼ねて!」
「はい……!」
「あ、いたいた! おーい! どこにいたんだよ、お前ら」
すると、遠くの方からメガネさんが走ってやってくる。これで愛の爆弾メンバー揃い踏みだ。シャクレさんが手を振って、メガネさんを迎える。
「あ、メガネ!」
「連絡したのに! 何で2人とも無視すんだよ!」
メガネさんは放っておかれたことにカンカンのようだった。メガネさんをなだめるようにシャクレさんが話す。
「まぁ俺らも色々あったんだよ」
「何だよ、色々って」
「まぁ、それはこれから飲みに行って話そう!」
「……なんか知らないけど、飲みに行くことになったんだな」
納得してない顔のメガネさんはやれやれと言った顔で、僕たちに着いてきた。そして、メガネさんが手に持っていた紙袋をシャクレさんに渡す。
「これ、昨日のコスプレ! 大変だったんだぞ?」
「え? あ、あー……それな! サンキューサンキュー!」
シャクレさんは、もじゃもじゃゾンビの仮装が入った紙袋を受け取ると、そのままその辺の道にぽんっと置くのだった。
「いいんですか?」
俺はヒソヒソ声でシャクレさんに話す。
「これで返したってことになるだろ。チャラだよ、チャラ」
そうヒソヒソ声で話したシャクレさんは、笑いながらこちらを向いていた。盗んだ仮装をパークの道端に置いて帰ったところで、チャラになるどころか罪が倍になる気がしないでもなかったが、ここで変に追求すると、メガネさんがいる手前面倒なことになりそうなので黙っておいた。メガネさん、怖いからな。
「お前ら……。ヒソヒソ何喋ってるんだ?」
「え?! いやいや、何でもないよ!」
「本当か〜? なんか悪いことしたんじゃないだろうな?」
「し、してないって!」
「まぁいいけど。それよりシャクレ、ゾンビってどうやったらなれるの?」
「そりゃ、ゾンビに噛まれたら感染してなれるんじゃないか?」
「違うわ! ゾンビダンサーにどうやったらなれるかって話だよ!」
「え?! メガネ、ゾンビダンサーになるの?」
「……。やってみてもいいかなって……」
俺たち三人は他愛もない話をしながら、パークを後にした。この後、シャクレさんがメガネさんについた嘘に話を合わせるのが大変だった。でも、この三人でこうやって話している時間が何となく好きだ。いつか、この三人で成功者になれるだろうか。なりたいなぁ。いつか、いつかね。