第204話 (190)喧嘩
ちゃららら〜
——あ、ショーが……!
リュウと揉めている間に、恐らくカッピーさんが出るであろうショーが始まってしまった。今から走れば間に合うだろうか。
——あれ? リュウがいない!
そんなことを考えていると、目の前にいたリュウがどこかへと去ってしまっていた。あいつ! 逃げやがった! そう思ったのと同時にあいつに構っている場合じゃないと思った。
ドキドキドキドキ
その時リュウに絡まれて、心臓の鼓動が速くなっているのに気付いた。やっぱり、ああいう変な人に絡まれるのは怖い。強気で対応してはみるけど、実際のところ私の心は恐怖で震えていたのだ。私は鼓動を落ち着けるために、ふと視線を横にやる。そこには、湖が広がっている。そして、ベイサイドエリアのカッピーさんとの思い出のベンチもそこから見えていた。
——よし!
少しの時間カッピーさんとの思い出の場所を眺める。少しだけ聞こえる湖の波の音も私の心を落ち着かせてくれた。耳を澄ますと、ステージの方からまだ音楽が聞こえている。
——急がなくちゃ!
心を落ち着かせた私は思い立って、湖に背を向けてステージの方へと向かおうとする。しかし、そこにはとある男が仁王立ちして通せんぼをしていたのだった。
「カメラ……返せよ!!」
——はぁ?
通せんぼしている男はさっき見たばかりのあの顔、そう、リュウだった。リュウはズカズカと私に近づいてきて、カメラに手を伸ばしてくる。私は恐怖を感じて、ひらりとその手を躱した。
「なんですか? わ、私のカメラにさわらないで!」
「違うんだって! それは俺のカメラなの! ほら、リトルナイトベアーのストラップが……」
「はぁ〜? このストラップは私が友達からプレゼントされた大事なストラップなんです!」
「いや、だから違くて……!」
「これはあたしのカメラなので。盗む気ならスタッフ呼びますよ?」
「盗むって……。盗んだのはお前なんだよ!」
『ゾンビ ゾンビ 踊らにゃゾンビ〜』
——やばい!
ステージの方からテーマソングのサビが聞こえてくる。このままじゃカッピーさんの出番が終わってしまう!
「もう、いい加減にして! 私、急いでるんで!」
そう言い放って、その場を離れようとするとリュウは私の肩をぐぐっと掴んで引っ張ってきた。
「逃がさないぞぉ。僕のバズが……インフルエンサーがぁ……」
「はぁ? バズ? インフルエンサー? 何の話……」
「俺はバズってミリオン再生で百万人で金の盾でインフルエンサーなんだよぉ……」
——なにこいつ! わけわかんない!
訳のわからないことを叫んで、つかみかかってくるリュウ。とんでもないやつに捕まってしまった。リュウは私のカメラをぐいっと掴み、引っ張りはじめた。私も負けじと両手で引っ張る。子どもの頃ゲーム機のコントローラーを妹と奪い合った事を思い出していた。あの時もこんな風に引っ張りあったような。
「んぐぐぐ! かかか返せよ! 俺のカメラだぞ!」
「ぬぬぬ、やめてください!」
タッタッタッ
私たちが揉み合っていると、遠くからどんどんと走る足音が近づいているのがわかった。そして、その足音達は何やら叫びながら近づいてきていた。
「らぁ〜ぶぅ! ゾンビちゃーん、結婚してぇ〜! らぁ、ぶぅ〜!」
「ボクはゾンビじゃなくて、カントクちゃんで、これはコスプレで、結婚はしないよー! たたたた助けてぇ〜!」
——危ない! ぶつかる!
どんっ!!!
追いかけっこをしていたらしい2人は、ちょうど揉み合っていた私たちへとぶつかった。その衝撃で、カメラは私たちの手から離れて宙を舞った。そして……。
ひゅ〜〜、ぽちゃん
カメラは湖の方へとほっぽり出されて、そのまま落下していった。湖の水面には、カメラが落ちた衝撃で波紋が広がっており、私とリュウは呆然とその様子を眺めていた。
「ちょっと、私のカメラ! 弁償しなさいよ!」
私は湖の水面をずっと眺めているリュウに向かってそう言い放った。それにしても、1日に2度も人とぶつかるなんて、今日は何と言う1日なのだろう。いや、そんなことよりカメラだ。
「リュウ! 黙ってないで私のカメラ……」
「う、う、うわぁぁあ!! 俺のぉおおお。俺のバズがぁぁぁあ!! バズぅううう! うっぐぅうわぁぁぁあ!」
——え? 何? こわい
リュウは突然慟哭し始めた。こいつ何度言ったらわかるんだ。あれは私のカメラだ。すかさず、リュウに掴みかかる。
「そんな叫んで誤魔化そうとしても無駄よ! 私のカメラ弁償しなさいよ!」
「うっ……ぐっ……だから……違うって! お前のカメラはこれなんだよ!」
リュウはそう言うとカバンの中から、リトルナイトベアーのストラップがついたカメラを取り出して渡してきた。
——え?
驚きすぎて言葉を失った私は、そのカメラを受け取って中のデータを見てみる。確かに私のとった写真が入っている。え?
「じゃ……じゃあ、さっきのカメラは……」
「だからぁぁあ! 俺のだって言ってるだろぉおおお」
「ご、ごめんなさい……」
「もう遅いよぉおおお。うわぁぁぁあん」
申し訳ないとは思いつつ、カッピーさんのステージに向かいたい私。それにカメラが湖に落ちたのは私じゃなくて、ぶつかってきたこの人たちが悪いんだし……。
「らぶぅ……はぁ……はぁ」
「やめて……はぁ……違うんだよー」
ぶつかってきた2人は走り疲れたのか、その場に横たわったままだった。2人とも汗だくで息も絶え絶えと言った感じだ。
「お客様ー! どうかされましたか?」
そこへスタッフさんが気付いてやってきてくれる。げげ……。この人はカッピーさんを待ち伏せした時に、注意してきたボスみたいなスタッフの人だ。気まずい。私があの時の人だと気付いているだろうか。しかし、この人に任せておけば心配ないはずだ。
「あの……! あの人のカメラが湖に落ちちゃったみたいで……私ステージ見に行かなきゃ行けなくて、ちょっと任せても大丈夫ですか?」
「え? あ、はい!大丈夫です!」
「すいません! ショーが終わったら、戻ってきます!」
私はそう言い残して、その場を後にした。ステージからはまだ音楽が聞こえている。カッピーさんはまだ踊っているだろうか。間に合え、私!