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プロローグ 転生

「「「「きゃあああああああああああああああっ、カレンお嬢(姫)様っっっ!!!」」」」

「!?!?」

 侍女やメイドたちの悲鳴と同時に、唐突に体がふわりと宙に投げ出された。


 不動の大地――まあこの場合は街屋敷(タウン・ハウス)の二階回廊廊下です――が消え、体を支えるものがない違和感と重心の覚束なさに戸惑い、続いて胃の腑がひっくり返るような無窮(むきゅう)の恐怖が私の全身を覆い尽くします。

 生存本能が全力で奏でる生命の危機を前にして、顔から血の気が引くと同時に強張った全身からびっしょりと冷たい汗が噴き出ました。


 背中で寄りかかっていた二階の手すりが経年劣化で折れた……と、原因を理解できたのはずいぶんと後の事です。

 ともあれまばたきも忘れて大きく開かれた私の瞳に映ったのは、自慢の白金色の長い髪が扇のように広がり、続いて屋敷の天井――そしてクルリと視界が(ではなく私の体ごと)反転して、大理石張りの玄関ホールの床が嫌にゆっくりと近づいてくる様子でした。


(ああ、二階から落ちたんだわ……)


 わずかな時間にそう得心した私、Karen(カレン)(愛称)こと――Catherine(キャサリン)()Charlotteシャーロット()Gruber(グルーバー)皇国大公女兼Ethuin(エテュアン)国第一王女――は、喫緊(きっきん)どころではない逼迫(ひっぱく)した状況に焦ると同時に、妙な開き直りというか既視感を覚えて胸中で首を捻りました。

 何の足場もない空中に投げ出されるなど、生まれてこの方十四年一度としてなかった……はずなのに、なぜこうも冷静でいられるのでしょうか? おまけに思考も妙にクリアで床に落ちるまでの数秒が数分に感じられます。


 いえ、そういえば聞いたことがあります。人間は生命の危機に直面した瞬間、過去の出来事を瞬時に脳内で検索して、助かるための最適解を導き出すという学説があり、これがいわゆる“ゾーン”とか“走馬灯”とかいう現象の正体――……走馬灯?


 自分の中から自然と湧き出した聞いたこともない、それでいて『()()()()()()()()』という自嘲が、合わせて妙にしっくりくる感情の錯綜(さくそう)に、いま現在の生命の危機と二重の混乱に陥った刹那、私の内で何かが粉々に砕け、続いて膨大な私のものでない【記憶/経験】が怒涛(どとう)のようにあふれ出し、あっという間に私の全身を覆い尽くしたのでした。


 ◇ ◇ ◇


 どこまでも続くお花畑を、ボク――栗花落(つゆり) 彩來望(いくの)と同い年の幼馴染、ついでに何の因果か幼稚園から高校まで延々と同じクラスという腐れ外道……じゃなかった、腐れ縁の見た目だけ爽やかイケメン、南足(きたまくら) 誉玖飛(ほくと)とが、高校の制服のまま延々と並んで歩みを進めていた。


 どのくらい歩いたのか……。数十分だった気もするし、かれこれ数百日が経過した気もする。

 空を見上げると蒼穹と太陽の代わりに虹色の光が満遍なく世界を照らし――ボクの覚えている限り朝とか夕方とか、まして夜という時間経過はない――足元の色とりどりの花の間には、どこまでも清涼で透き通った清水が流れている。


 いつまでも同じ天気と花畑が続いているために、時間とか空間の概念が意味をなさないのだ。

 気温は暑くもなく寒くもなく。どこまでも美しく静謐(せいひつ)な空間が広がる――虫や小鳥一匹いない――美しくも断絶した世界と言っても過言ではないだろう……。


「しかしどこまで行っても花ばっかりだな。さすがに飽きたぞ。つーか、どこなんだここは!? 内ポケットに入っていたスマホも財布もいつの間にかなくなってるし」

 ずっと隣で(わめ)き立てている誉玖飛(このバカ)さえいなければ。

「……見ての通りお花畑だろう」

 一目瞭然の事実をボクは辟易しながら答えた。

「なんで花畑なんかにいるんだ?! さっきまで社会科見学会で何かの工場にいたんじゃないのか!?」


 誉玖飛(こいつ)の頭の中では、ついさっきまで学校行事の工場見学会の途中――から過程をすっ飛ばして、気が付いたらこの場所にいた……という認識なのだろう。

 まあ僕もいまとなっては朧気(おぼろげ)ながら、最初の頃はまったく無意識というか無我の境地で、この花畑の中を黙々と進んでいて、そのうちに段々と記憶と自我を取り戻し、内心で「なにこれ? これなに!?」とパニックになったのだから――隣で誉玖飛が平然とした顔で歩いているのに気が付いて、なんとなく見得と意地で冷静さを取り繕った身であるので――他人の事は言えないが、前後の状況と現在の居場所から普通(ふつー)すぐに察しがつくものなんじゃなかろうか? 相変わらずテンポがズレてて空気の読めない男である。


「多分、お前が先生や現場担当者の再三の注意を無視して、悪乗りしてキャットウォークから二十メートル下の床に、安全帯なしのバンジージャンプを敢行したのが原因だと思う」

「あ、あ~……あれか! いきなり手すりパイプが()げたんだっ! 手抜き工事だぜ、あれって」

 どうして無責任な人間というのは自分の非を認めずに、他者のせいにするんだろう……。

「誰が見てもあんなものに全体重をかけて、鉄棒代わりに前転するとは想定してないだろう」

 なんでこんな子供でも理解できる常識を口に出して諭さなければならないんだろう。つーか、コイツとの付き合いはほぼ0歳児の時から十五年続いているが、会話の六割方がこんな感じなのを思い出して、ボクは心なしかズキズキと痛む頭を押さえた。


「ダメだと書いてない方が悪いだろう。アメリカじゃ生きた猫を電子レンジに入れて、チンして死んだのは説明書に書いてなかったメーカーが悪かったってことで、訴えたほうが勝ったぞ」

 はい論破、という感じにドヤ顔で言い放つ誉玖飛(ほくと)

 うぜぇ……。

「いや、法ってものは本来『常識的にやっちゃ駄目なこと』を明文化して補強したものだから、そーいった(たぐい)のお前みたいな突き抜けたド()ほ――破天荒な人間の発想や行動までは想定していないだけで……つーか、そのせいで二十メートル下に転落して死んだわけだから、相手を非難する以前にまったく収支的に釣り合っていないわけなんだけど?」

 思わず長い長い嘆息混じりにそう言い聞かせると、

「……死んだ? 誰が???」

 心底不思議そうに尋ね返された。


「お前とボク」

「…………なんで?」

「お前は自業自得の半ばセルフ自殺! 隣にいたボクはお前の巻き添えっ……つーか、手前(てめー)が咄嗟にボクの手を掴んで道連れにしたんじゃないか!!」

 ま、ボクも思わず反射的に手を伸ばした(心底後悔しているけど)、だから咄嗟に掴んだんだろうけど、身長百八十五センチ・七十五キロの大柄な男(デクノボー)を、百六十二センチ・四十三キロの小柄かつ華奢な少年(ボク)が支えられるわけないだろうっ! せめてボクよりいち早く救助しようとした柔道部の山岸(身長百八十六センチ、体重百五十五キロ)か、ラグビー部の早乙女(身長百九十三センチ、体重百二十キロ)かどちらかの手を掴めよ!!


 躊躇なく二の腕を馬鹿力で掴まれたせいで、抵抗する間もなく元凶(コイツ)と諸共、宙に投げ出されて自由落下だよ!

(あ、死んだ――)

 で、気が付いたらふたり揃ってお花畑にいた。


「どー考えても即死して、あの世に来ているパターンじゃないか!!!」

 立ち止まって怒鳴りつけるも、

「へーーーっ…………」

 わかってるんだかわかっていないんだか、誉玖飛は微妙に不得要領な表情で気のない相槌を打つだけである。糠に釘。暖簾に腕押し。蛙の面に小便とは、まさにコイツとの会話にあるような(ことわざ)だ。


「他人事みたいな顔で適当な返事をするな! お前が原因で非業の死をとげ、白玉楼中の人となったんだぞ、ボクはっ! ――てか、何が悲しくて十五歳で人生を終えなきゃらないんだ。それもいい加減な男の軽率な行為の巻き込まれ事故で!?」

 しかし何より納得できないのは、なんでコイツと一緒に彼岸(ひがん)だか賽の河原だか冥土だかにいるんだ!? どう考えても()く方向がお互いに逆だろう?!


 生前の善行とか悪徳とかは関係なく、単純にタイミングが合えば十把一絡(じっぱひとから)げで呉越同舟するものなんだろうか? ボク的には生まれた時はだいたい同じでも、死ぬ時はコイツとだけは一緒になりたくはなかったんだけどなぁ。


 とほほほほ……と落ち込んでる間にどうにか理解が及んだらしい、誉玖飛が腑に落ちた表情でポンと小さく手を打った。

「なるほどつまりここは天国か。やっぱり日頃の行いがいいから、ふたり揃って極楽にこれたんだな~」

 厚かましいにも程がある。

「だけどな~~~んにもないとこだな。それにふたりっきりっていうのも――あ、そうか! つまりここで俺とお前が新世界のアダムとイブになれと言う神の思し召しってことか!」


 何やら壮大な妄言を吐き出す誉玖飛(アンポンタン)

「なんだその斜め上の結論は!? 第一ボクもお前も男同士だろうが! アダムとイブじゃなくて、アダムとアダムでどーしろって言うんだ!!」


 そりゃボクは小柄だし華奢だし、思いっきり女顔で街を歩いていても男にナンパされるわ、店に入ると女性コーナーに案内されるわ、レディースデイには確実にサービスされるわ、小学校高学年あたりから男子の態度があからさまに挙動不審になるわ、とどのつまりに幼児期に誘拐されかかったこと三回、ストーカー被害十回、(男からの)レイプ未遂十七回という常軌を逸した記録を更新中である。

 ついでに幼馴染(コレ)には連日のように告白されるわ――まあお陰で他の勘違いした男子からの秋波を防ぐ防波堤になったり、性的被害を未然に防ぐ抑止力になっていた。その利点までは否定しないけど――この期に及んでまだそんな世迷言を抜かしているのか!? バカは死ななきゃ治らないというけど、治ってないどころか悪化してるじゃないか!!


 溜め込んでいたストレスのガス抜きもかねて、ボクは思いっきりそういったことをぶちまけた。

 一気呵成に言い放って、ハアハアと肩で息をしているボクを妙に優しい……慈しみを湛えた眼差しで見据えながら、誉玖飛(ほくと)がボクの両肩に軽く両手を乗せ、幼子に言い聞かせるように答える。


「まだそんなことを言っているのか、彩來望(いくの)。ずっと前から言っているだろう。お前に男子は向いていない。無理なことはさっさと諦めて本来の道を歩むべきだと」

「性別に向いてるも向いてないもあるか~~っ! 第一、本来の道を捻じ曲げようとしているのはお前じゃないか!! どこまでバカなんだお前は!?!」

「ンなことはない。この間のテストだって学年三十位以内だったし……まあ、トップクラスのお前には負けるけど」

「頭良くても、明らかに脳味噌の使い方を間違えてるんだよっ!」

 自明の理そのものといった顔と口調で大真面目に戯言(たわごと)を抜かす誉玖飛に言い返したところで、ふと現在の状況を思い出して背筋に悪寒が(はし)った。


 誰もいないお花畑。

 ふたりっきり。

 何をやっても問題なしなシチュエーション。


「――彩來望(いくの)……」

 瞳を潤ませながら誉玖飛が唇をタコみたいに尖らせて迫ってくる。

「アッーーーーー!!」

 逃げようにも両肩をガッチリとホールドされて逃げようもない。迫る貞操の危機に自分が死んだと理解した時以上に取り乱すボク。

 なんぼ周囲が天国みたいなお花畑でも、頭おかしい奴と同伴している現状は地獄以外の何物でもない。


 いっそ殺して――って死んでるんだった。逃げ道がどこにもない!!!


 絶望したその瞬間、何もなかったはずのお花畑に動物? 猛獣? 怪獣みたいな雄叫びが響き渡り、続いて二頭の巨大な獣がどこからともなく現われて、パカパカと(ひづめ)の音も高らかにこっちに向かって走り寄ってきた。


 一見すると(たてがみ)の生えた馬のようだけれど大きさが全然違う。

 最大の馬種であるペルシュロンでさえ背丈は最大級でも二メートルだというのに、アレは遠目に見ても象よりもでかい。その上、体には鱗が生えていて頭からは鹿のような角がそそり立っている。


「……まさか……あれって……キ」

 さすがに行為を中断して呆然と魅入る誉玖飛同様、近づいてくる伝説のソレを目にして、ボクは思わず生唾を飲み込んでいた。


 と――。

「なんだありゃ!? 馬と鹿のキメラか? あはははははははははっ、だったら文字通りの“馬鹿(ばか)”じゃん! 見ろよ彩來望っ。馬鹿がくるぞ」

 誉玖飛が二頭を指さして、腹を抱えて(わら)いだした。

 よほどツボに入ったのか、大うけにウケて「馬鹿だ馬鹿だ!!」と、馬鹿を連発している。


「馬鹿はお前だ、アホンダラ! どう見ても麒麟(きりん)だろうが! 『形は鹿に似て大きく背丈は五メートルあり、顔は龍に似て、牛の尾と馬の蹄をもち、背毛は五色に彩られ、毛は黄色く、身体には鱗がある』。ちなみに『()』はその雄、『(りん)』は雌で、古来中国では聖人が世に出、王道が行われる時生まれ出ると伝えられている瑞獣だっ!」

「はあ? あれのどこがキリンだよ。お前こそ大丈夫か? テレビや動物園でキリンくらい見たことがあるだろう」

「アフリカのキリンじゃなくて、ビールのラベルに描かれている方の麒麟だよ!」


 なお『礼記』によれば、鳳凰、霊亀、応竜と共に『四霊』と総称されて瑞獣の中でも、とりわけ徳が高くて生物を食べず、雌の麟に至っては歩いても草を踏まないくらい温厚とされている。


「あと孔子の『春秋』の最後に『春、西に狩りして麟を獲りたり』とあることから、物事の終わりの意味を持つともされてるんだから、人生終わった後のあの世にいてもおかしくないの!」

「――はっ。そんな御大層な動物か、あれ。見るからに馬鹿じゃないか。馬鹿馬鹿しい」


 ボクの説明に木で鼻をくくった返事をした誉玖飛(ほくと)に向かって、一直線に向かってきた麒(オスの方)だが、直前でクルリと後ろを向くと、

「――? うわあ~~~~~~~~~~~~~っ…………!?!?」

 一瞬の躊躇もなく後脚でバカを思いっきり蹴り飛ばした。


 驚愕の声とともに空の彼方へ、星屑になって消えていく誉玖飛。

 仁獣である麒麟を本気で怒らせて蹴られた人間など、アイツが史上初ではないだろうか? ガンジーとキング牧師が二人三脚で殴りかかってくるよりも、ある意味快挙である。


 馬鹿呼ばわりされた鬱憤を晴らした麒は、心なしか満足そうな顔でいなないた後、その巨体と誉玖飛の最期を目の当たりにして思わず二、三歩後ずさってしまったボクを横目に、どことなくバツの悪そうな感じで恐縮しつつ、気を使ってくれたのだろう自分の方からちょっと離れてくれた。

 そこへ麟(メスの方)が軽く麒を窘めるような視線を送りつつ、子供をあやすような優し気な声を発しつつ、ボクと麒の間に割って入ったかと思うと、その場にしゃがみ込んで無防備に背中を向けるのだった。


「ええと。乗ってもいい……ってことかな?」

 恐る恐るそう尋ねると、麟はその通りとばかり首を上下に振る。

 あ、雌の方って角が一本だけ――ユニコーンみたいな形状なんだ! と、どうでもいいことに感心しながら、えっちらおっちら……途中で甘噛みで持ち上げられながら、どうにか小山のような麟の背中に乗った。


 きちんとボクが背中に跨って鬣を手綱代わりに掴んでいるのを確認した麟は、軽くいななきつつゆっくりと立ち上がると、傍らで待機していた麒と示し合わせて並んで歩き始めた。

『草すら踏まない』という言葉通り、歩いた後を見ても足元の花畑に変化はなく、上下の動きや振動も驚くくらい何もない。


 そうしてボクは麒麟とともにいつしか黄金色に光り輝く地平を抜けて――。

気分転換に一気に書きました。

評価、感想などいただけましたら作者のモチベーションも持続いたしますので、是非ともよろしくお願いいたします★★★★★

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― 新着の感想 ―
[一言] おおっ新作! 楽しみです。 しかし問題は続くのかどうかで……
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