プロローグ2 覚醒
眩い光のベールを潜り抜け、目を開けたボク――いえ、私の目に飛び込んできたのは、大きな硝子窓から差し込む柔らかな朝の陽ざしと、見事な彫刻が施されたベッドの天蓋でした。
「――うっ……ここは? 麒麟は……?」
そう半ば無意識に呟きながら上半身を起こします。
ちょっとだけ眩暈がしましたが、すぐに収まりました。軽く首や肩を振ってみましたが、特に体調は悪くはなそうです。
そして改めて周囲を見回せば、自分が体が沈みそうなほどふかふかな寝具に、キングサイズは優にありそうな巨大なベッドに横になっていたことに改めて気づかされました。
どれほどの財と手間暇をかけたのか想像も尽きませんが、真珠のような虹色の輝きを放つ貝を象嵌したらしい四柱には、精緻な刺繡が施されたレースのカーテンがかかっています。
豪華絢爛ではありますが、成金趣味など一切なく、最高級の材料の選定から超一流の職人が精魂込めて造ったこだわりの逸品……というのが、物言わぬオーラと化して主張しているような素晴らしい品です。
そして部屋の調度類もその調和を下さないように、計算され尽くした贅と趣、品格と歴史が感じられる一見して簡素ながら、途方もない財力と労力がかけられたと、見る人間が見れば一目瞭然のまるで国宝か王宮の一室のような――ではなくて、そのままな――二十畳ほどの小部屋でした。
二十畳くらいの寝室を普通に『小部屋』と思える感覚と、庶民のリビングの倍以上あって寝室のひとつか!? と愕然とする価値観が同時に湧き起って、
「う~~ん……?」
と訳が分からなくなり首をひねったものの、
「危ない危ない。引きずられるところだったわ。いまの私はカレン。イクノはもう死んだ人間だもの。たとえ前世の記憶だとしても、転生……まず転生よね。転生した以上、いまの自分がすべてなのですもの。努々忘れてはならないわ。――ともあれ、あれからどれくらい経ったのかわからないけれど、ここは私の寝室ね」
続いて目に入った自分の寝巻――白くてレースがついていて、すとんとしたシルクのネグリジェ――を見て、すぐにいまの自分がカレン(キャサリン・シャーロット・グルーバー・エテュアン)大公女にして王女であるという矜持と自覚が私の背筋を叩いて、強く自戒を促すのでした。
こうした一種の擦り込みとも言える強烈な自己主張が出てくるのは、この世界――明らかに地球ではないでしょう。なにしろ文明レベルが中世~近世ヨーロッパ程度で、魔法や魔術を使える人間がいて、魔物もウヨウヨしているのですから――生まれた時から徹底的に教え込まれた淑女教育と帝王教育の賜物でしょう。
――さて、状況も掴めましたし誰か使用人でも呼ぼうかしら。
そう考えたところで折よく部屋の扉が遠慮気味にノックされ、期先を制せられた形で思わず黙りこくってしまった私が誰何の問いかけを発するよりも先に、聞き慣れた若い女性の心配げな正規アイテール語の挨拶とともに、おずおずと扉が開かれました。
「失礼いたします。シャーロットお嬢様、お加減はいか……」
入ってきたのは屋敷のお仕着せである侍女用メイド服を着た(一般的な貴族家の使用人の場合、制服というものは存在せずに、女主人のおさがりであるワンピースなどを着ているようですが、ウチでは一目見て職務と役職がわかるように何種類かの制服を支給しています)、私よりも四~五歳ほど年長な私付の専用侍女であるクラリーチェが折り目正しく部屋に入ってきました。
彼女は我がグルーバー大公家に代々仕える(と言っても初代で、いまだ矍鑠としておられるお祖父様から数えて三代目だそうですが)譜代の家臣で、筆頭伯爵家たるナルディーニ伯爵家の令嬢でもあるので、そこいらの上級貴族に勝るとも劣らない優雅な所作を身に着けている彼女ですが、その瞬間――上半身を起こしていた私と目が合うと、見たこともないほど表情を崩して、おおきく目を見開いたかと思うと、
「お、お、お……お嬢……お嬢様!?! お嬢様が、シャーロットお嬢様が、三日ぶりにお目覚めになられましたっ!!!」
取り乱した様子でその場で回れ右をして、廊下いっぱい――どころか城ほどもある屋敷中に響き渡るような声を張り上げたのです。
それを聞いて家人たちがマナーも忘れて、バタバタと廊下を走ってくる騒ぎを聞きながら、
「三日ですか……長いとも言えますし、十五年分の記憶を一気に追体験していたかと思えば、思いのほか短いとも言えますわね」
同時に自分が日本語ではなく神聖アイテール語で思考し、自然に喋っていることに気付いて、私は妙な安堵と納得をするのでした。
◇
その後、別室で待機していた担当医――というか帝国病院の医局長や神聖魔術の導師クラスが、わらわらと円陣を組んで私を取り囲み、二時間ほど頭の先から爪先まで余すところなく診察と治療を行い。
「現時点で異常は見当たりません。体重が軽かったことと打ち所が良かったのでしょう。多少あった打撲は跡形もなく治療しておきました。あるいは『一角獣の加護』をお持ちのグルーバー大公家御令嬢であればこそ、この程度で済んだのかも知れませんが」
医師団がとりあえず問題なしと判断をしつつも、念のために二、三日無理をしないで横になっているように注意をしてから寝室から退去していきました。
「――はあ~~っ……」
「お疲れでしょう、シャーロットお嬢様」
最後のひとりが出て行ったのを確認して、思わずため息をこぼした私を心配そうに眺めながら、残っていたクラリーチェがいたわりの言葉を口に出します。
「気疲れしたのもあるけれど、改めて自分が女の子――カレンなんだなぁって確認したのも大きいわね」
具体的には胸部装甲がそれなりの盛り上がりを見せ、下半身には見慣れた見慣れないものがなくなっているのを目の当たりにしたところで、わかっていたけど改めて覚悟を突きつけられた気分です。
「――はあ? あの、お薬をお飲みになられますか?」
気休めで薬師の方が処方していった粉薬を取り出して、私の体と精神状態を気遣うクラリーチェ。
彼女の美人というよりも愛嬌のある顔立ちを見つめ返しながら、私は自分の白金色の髪先をもてあそびつつ、
「いいわ。それよりも鏡を用意してくれない、クラリーチェ?」
そう要望を口にしたのでした。
「はあ、鏡ですか?」
「ええ、顔が映る程度のものでいいので、お願いね」
軽く小首を傾げながら、クラリーチェは衣装タンスの方へと向かいます。
※アイテール語は五百年ほど前に滅びた大帝国が使っていた公用語(地球で言うところのラテン語みたいなもの)。
そこから派生して各国の言語が生まれたので、周辺国同士であればちょっとした訛りの違い程度で通じます。
もっとも一般庶民は自国語オンリーが普通で、日常使いに使えるのは貴族と学者と聖職者くらい。
ただし時代とともに簡略化されている。正規アイテール語は当時帝国で公用語として使われていたもので、これが使えるのは上級貴族階級か大司祭以上。
神聖アイテール語は当時、皇帝一族が使っていた特別もので、皇族以外が使うと不敬とされています。
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