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8・真相

「ごめんなさい、明け透けに過ぎたわね。手当をした時に、印が見えたものだから。もちろん、あなたの生まれについて批判や非難をするつもりはありません。少し変わった力を持っているといっても、つまりは足が速いことや耳がいいことと同じでしょう?」

 目を見開いて絶句する私の様子を見て何を思ったのか、ダルシー婦人は申し訳なさそうな顔になって言った。やや口早ではあるものの、少なくともこうして見ている限り、分かりやすい白々しさやわざとらしさは感じない。

 珍しいことに、本当にそのように――呪い子を呪われたものでなく、少し変わった能力を持つだけの人間だと思っているのかもしれなかった。

 でも、だとしても疑問は残る。

「何故?」

「え?」

「どうして、そういう風に考えるんです。呪い子のことを」

 問い掛けると、ダルシー婦人は一瞬目を見開き、そして逸らした。

 その顔をじっと観察しながら、私は内心で訝しむ。婦人の顔に垣間見えたのは、何らかの悔悟の念であるように感じられたからだ。

「……あなたの生まれを暴いてしまった以上、私も正直に話すべきなのでしょうね」

「別に、話すも話さないもあなたの自由だと思いますが」

 そんなもの、勝手に負い目に感じられても困る。私は確かに問うたけれど、それだって強制力なんてどこにもありやしない。答えるも答えないも、誤魔化すも偽るも、全て婦人の選択だろう。

 それに、皆まで語られずとも分かることはある。

 呪い子の呪印は大体の場合、その特質が最も顕著に出るところに浮かぶ。例えば私は心臓の上、手振りで水を操作していたテートは右の掌。見ることに関する異能を持つアクトンは一等分かりにくくて、瞳の奥だった。

 印自体は誰に浮かぶのも同じ意匠だから、それと知っていればすぐに分かる。ただ、意外と分かりやすいところに出ないことも多いのだ。だから、多くの人は「呪い子には呪印がある」とは知っていても、呪印そのものがどのようなものかまでは、意外と知らない。

 それを知っている――分かるということは、過去に呪い子に関わったことがあるのではないかと思う。

「私の子供もね、呪い子と呼ばれたのよ」

 婦人が目を伏せる。悔いる声で呟かれた言葉は、やはりその推測を裏付けるものだった。

 とは言え、その告白自体が意外でないかと言えば、決してそうでもない。胸の中に去来したのは、驚きと納得とが半々だったように思う。

「……そうですか」

 相槌を打つと、婦人は力なく微笑んで、窓の外へと目を向けた。ここではないどこか、遠いところを見るように。あの子は、と吐息のような囁き。

「今どこにいるのか、どうしているのかも分からない。本当に、本当に普通の子供だったわ。綺麗な、人を癒す歌を歌えるだけの。それなのに、連れ去られてしまった」

 人を癒す歌。癒しの異能は役に立つ割に珍しいから、かなり重宝されているはずだ。であれば、婦人の子供が今も生きている可能性は決して低くない。ただし、それがその子にとって良いことかどうかは分からなかった。

 婦人が三十歳だと仮定した場合、子供が早くに産まれていれば現時点で十歳を過ぎている可能性もある。練兵所の平均的な卒業年齢は十一歳だけれど、癒しの異能なら早めに部隊へ送られていてもおかしくない。そして、部隊にいれば「褒賞」の対象に入る。そうなっていたら、もう後のことがどうなっているかなんて、想像もつかなかった。

 私は私利私欲で動くロクデナシだけれど、さすがにその見立てを包み隠さず喋るのはよろしくないと分かる程度の分別はあった。よって、もう一度「そうですか」と頷いておくだけにする。

 そんな私へと再び視線を戻すと、婦人はほのかに笑んだ。

「だから、あなたが倒れているのを見つけて――しかも、呪い子と呼ばれているだろうことが分かって、どうしても放っておけなかったのよ」

「……では、私はその癒しの歌の子に感謝しなければいけませんね。私の所属部隊では、癒しの歌を扱う者はいなかった。もし他の部隊で見つけたら、気に掛けておくようにします」

 もっとも、今はハプザカナの665からも離れてしまった身、他の呪い子と出会う可能性は限りなく低い。それでも、そうしようと思ったのは本当だ。だから嘘じゃない、と頭の中で誰に当てたものかも分からない言い訳をしながら、婦人に向かって頭を下げてみせる。

「ありがとう、そう言ってもらえると少し気が楽になるわ」

 ただ、婦人がよもや感極まったような声で答えてきたので、少し後ろめたい気もした。

 その苦い感情を努めて無視し、改めて婦人に問い掛ける。

「ところで、私の装備はどこに? あれが手元にあれば、もう少し回復が早まるはずです」

 今までの話の流れからして、婦人が私に行動を阻害する類の術をかけたとは考えにくい。今の不調も、おそらくお守りを手放したことで回復が遅れ、痛みが強くなっているせいだと考えられた。

 そして同時に、これで婦人に対する一つの確認ができる。剣を戻してくれるかどうかで、私への警戒の度合いが見えてくるはずだ。

「ああ、そうね、そうだったわ。ごめんなさいね、私も気付いたのが今日になってのことで――」

 私の内心を知る由もなく、婦人はどこまでも人のよさそうな顔で眉尻を下げる。

「あの剣があれば」

「え?」

 先ほどの婦人ではないけれど、目が丸くなった。――え? 何だって? 剣?

 ぽかんとする私の前で、婦人は不思議そうに首を傾げる。

「ええ、剣でしょう? 素晴らしい癒しの術が施されていたものね」

 婦人は何の疑いもない風で言うけれど、私の頭は静かに混乱し始めていた。

 いや、待って、ほんとに? 癒しの効力を持っていたのは、少尉がくれたお守りじゃなくて? 剣だったってこと? 少佐の? ――冷淡が人の形になったような、あの人の?

「どうしたの?」

「……いや、その……」

 何でもないです、と答えるので精一杯だった。


 三日も寝ていたのだから、身体の調子を確かめる為に少し周りを歩いてきたい。

 そう告げると婦人は「まだ安静にしていた方がいいのじゃないかしら」と難色を示したものの、私の呪い子という身の上が鈍ることを許さないのだと答え、

「軍にあった、この村が賊に襲われているという通報の真偽も確かめないといけないので」

 そう説明すると、渋々ながらも送り出してくれた。

 この「通報」というのはさすがに真っ赤な嘘だけれど、まさか本当のことを喋る訳にもいかない。緊急の通報があった為、単独任務で近くに来ていた私が急遽立ち寄ることになったが、その途中で魔獣に襲われて力尽きかけてしまった――という脚本だ。

 そもそも、この村が本当はどういった状況におかれているのか、未だ私は少しも把握できていない。その不明をはっきりさせる為にも、村の調査は必須だった。

「くれぐれも無理をしないようにね。辛くなったら、すぐに戻ってくるのよ」

「お気遣い痛み入ります」

 最後の最後まで心配げな顔をしていた婦人に見送られ、薬師の工房を後にする。

 外に出てみると、よく晴れた、雲の薄い良い天気だった。鳥のさえずりが遠く聞こえ、長閑そのものの空気が流れている。婦人の工房は村はずれにあるということもなく、すぐ近くには隣家があった。家の中からは声がするが、特に荒事の気配は感じない。何の変哲もない、怠けた子供を叱る母のお小言だ。

 ほんの少し和んだ気分になりながら、婦人に教わった通りの方角――村の中心へと向かう。

 剣を携え、お守りを首に掛け直して、着せてもらったブラウスとスカート姿のまま。普通なら、そんな姿を見せれば怪しく思われたって仕方がない。不審なものと見られることも覚悟していたものの、どうやら婦人が「賊か魔獣に襲われた傭兵のようだ」と方便を流しておいてくれたらしく、道中見かけた村人たちには「災難だったね」と同情的な目を向けられることこそあれ、怪しまれることはなかった。助かる誤算だ。

 そして、その噂は更に私にとって都合のいいものでもあった。

「嬢ちゃんを襲った奴は、まだこの辺にいるのかい? 平和なのがこの村の一番の取り得だったんだけどなあ」

 私がこの村にやってきた経緯は、一定以上周知されている。であれば、村人も警戒していないはずがなかった。

 村の中心部――集会場には、険しい表情をした男衆が集っていた。そして、彼らは私に気が付くと、真っ先にそのように問うたのだ。

「いえ、流れの魔獣だったようです。私が半分相討ちで仕留めたので、群れからはぐれたものがいるのでなければ、もうこの辺りに危険はないかと」

 少し考えてから答えると、男衆はあからさまにホッとした風だった。

 これまで目にしてきた様子で確定したようなものではあったけれど、どうやらダルシー婦人の言っていた「平和な村」という評価に真実間違いはないらしい。危険の可能性を想定しておきながら、それに対する警戒や迎撃態勢を取るまでには及ばない。その呑気さは、俗にいう平和ボケの語を思い描かせるに十分だった。

「すげえな、若いのに強いんだな」

「慣れてますからね」

 ははは、と適当に笑って返す。嘘は言っていない。

 その後は話の流れも当たり障りのない世間話じみたものへと変わっていった。この村は特別秀でた何かがある訳ではないけれど、穏やかで住みやすいとか。薬師の腕がいいので、近隣の村から訪ねてくる人もあるとか。林にはたまに野犬が出るけれど、秋には実りも多く、数は少ないものの多様な薬草も取れるとか。

 ダルシー婦人はこの村で随分と信頼されているようだ。私の言葉がそれほど疑われる様子もなく受け入れられたのも、婦人の評価が影響してのことであったのかもしれない。

「うーん……。じゃあ、昨日のは見間違いだったのかなあ。いや、でも……」

 しかし、和やかな世間話で終わるかと思いきや、おもむろに発された一言が、ぴくりと私の中の何かを刺激した。見間違い?

 声を上げたのは、中肉中背の青年だった。テートと同じくらいの歳だろうか。隣にいた同年代と見える青年に問われて、何とも言えない顔で首をひねっている。

「何だ、エリオット、お前何か見たのか?」

「いやさ、うちの裏はすぐ林だろ? 昨日の夕方、裏の窓から林の方を見た時、動く影が見えた気がしたんだ」

「影? 獣ですか?」

 間を空けず私が尋ねると、エリオット青年は戸惑い顔で頭を振った。

 いつしか、辺りはしんと静まり返っていた。ほんの数分前までに漂っていた安穏とした空気は、既にない。息を呑むような緊張が張り詰めている。

「に、人間……。それも、大人の男くらいの体格に見えた……」

「昨日の夕方、この村の方でエリオット殿のお宅の裏に出向いた方は?」

 周囲を見回しながら問いかけるも、誰もが一様に首を横に振っている。では、と私が続けようとすると、男衆の中で最も年嵩に見える壮年の男性が、険しい表情に重々しい口調で告げた。

「エリオットの家は村の西の端だ。誰も夕にわざわざそんなところに行ったりはしねえ」

「なるほど、村人の可能性は低い、と。――エリオット殿、詳しい場所を教えてもらえますか。念の為、確認してきます」

 このタイミングで怪しい人影となれば、何か作為的なものを感じたくもなる。

 重ねて尋ねると、エリオット青年の家について語った壮年の男性が「いいのか?」と躊躇い半分の顔で言った。

「ええ、ダルシー殿に助けて頂いた恩があります。もっとも回復途中の身ではどこまでお役に立てるか分かりませんし、差し出がましい真似でしたら、自重しますが」

「いや、そんなことはねえよ。正直に言って助かる。俺たちは、その……恥ずかしい話だが戦いの心得となると、ちっともでな」

 後ろ頭を掻きながら言う男性に同調するように、他の男衆もコクコクと頷く。年齢的にも、雰囲気的にも、この男性が村の男衆の代表のような立場にあるのかもしれなかった。

 それにしても、この田舎の村は本当に平穏らしい。賊は人の行き来のあるところを狙いたがるものだし、魔獣の脅威は常に国内各地にあると言っても、軍が随時討伐を図って被害を抑えるべく尽力している。或いは、特筆するものもない田舎だからこそ、ここまで穏やかにいられるのかもしれなかった。

「エリオット、お嬢さんに――」

「あ、すみませんね、名乗りもしないで。トリクス・フェランと申します。お嬢さんなんて呼んで頂くような大層な者じゃありませんもんで」

「――トリクスお嬢さんに、説明を」

 にやりと笑って、壮年の男性は言った。意外といい性格していらっしゃるな……?

「あ、はい。場所はうちの裏の窓から見て右手に逸れた方向で……百スィダ(メートル)も離れていなかったかな。後で案内しましょうか?」

「そうですね、念の為お願いします。お家の裏までで結構ですので。他に何か気になったことや気付いたことはありますか?」

「……その、風に流れて、声が」

 聞こえた気がする、とエリオット青年は蚊の鳴くような声で言った。隣の青年が呆れた顔をする。

「お前、そこまで見聞きしてて、よく『見間違い』なんて言えたな」

「だって、そんな怪しいものを家の裏で見たなんて思いたくないだろ!」

 エリオット青年の声はもはや叫ぶに近かった。いよいよ洒落にならない事態になってきたかもしれない。

 二人のやり取りを見ていた壮年の男性は困り顔の趣を一層に強くさせ、「エリオット」と呼ぶ。

「お前の気持ちも分かる。次なんてないと信じたいが、もし次があったら、その時は『見間違い』だなんて自分を誤魔化そうとするなよ。それが本当に賊の類だったら、真っ先に狙われるのはお前の家なんだからな」

「はい……すみません……」

「分かればいい。――で? どんな声を聞いたんだ?」

 男性が促すと、エリオット青年は気を取り直した様子で「途切れ途切れなんですけど」と語り始める。

「ウタツグミだったかな、それがどうとか……。この近くにウタツグミなんていないし、だから余計に意味が分からなくて……」

「ウタツグミ? 確かに訳が分からないな」

「何かの暗号とか?」

 エリオット青年の言葉を受けて、男衆たちがざわざわと喋り出す。

 私はその声の真っ只中にありながら、ほとんど言葉として聞き取ることができなかった。ぞわりとした震えが背筋を這い上がる。

 ウタツグミ。

 ――それは、

「マーヴィス?」

 唇の隙間から漏れ出した声は、かすれていた。

「ああ、そう、それです!」

 ようやく思い出せた、とエリオット青年が笑う。

 その笑顔を見ながら、足元が崩れ落ちるような感覚に囚われてなからなかった。

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