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2・褒賞

 665部隊が拠点を置くハプザカナの街は、ルスフィキアの国の南方に位置する。

 ハプザカナは南方随一の大都市で、他の「呪い子」部隊も同様に各地方の大都市を拠点としていた。昔は僻地で隔離するように運用されていたらしいものの、より効率的、より効果的な利用と監視体制の確立を図る為に、二十年ほど前に現在の形に移行したんだとか。

 ルスフィキア南方軍ハプザカナ支部は街の中心部から北に逸れた郊外近いところにあり、高く厚い壁に囲われている。内部には司令部の他、軍人が居住する営舎、広大な訓練場などがあり、十年近くこの支部に留め置かれている私でさえ、隅々まで知り尽くしているとは言えない。……まあ、南方方面のあちこちに頻繁に飛ばされて仕事をさせられているから、探索する暇も気力もないと言う方が正しい気もするけども。

 ともかく、そのハプザカナ支部に我々665部隊は帰還した訳だ。薄曇の、午後三時。

 これまでの道のりや過程はともかくも、獲得してきた物資を所定の部署へと預けてしまいさえすれば、ひとまず任務は完了。部隊長であるテートは報告書を書くという新たな仕事が浮上するものの、それ以外の面子は名目上待機に入る格好になる。まあ、有体に言えば休憩時間ってとこ。

 今の665は年少組の比率が高いだけに、少しでも身体を休める時間は欲しい。そもそも呪い子はまともに治療も受けられないので、部隊にそこそこでも使える治癒魔術の術者がいるかどうかによって損耗率も大きく変わってくる。幸い、今は私たちから二つ下の世代になかなか腕のいい奴――ラッセルがいるお陰で、それ以前に比べれば格段に戦死する仲間は減った。

 私とアクトンの世代なんて、一年の間に都合七人ばかり配属されたものの、一年で二人が死に、結局ラッセルが入ってくるまでの二年の間に五人が死んだ。もちろん、その数も「同期」に限った話であって、それ以外でもバタバタ死んでいる。あの頃は本当、さっき見た顔が次の日には居ないなんてことがザラだった。

「ラッセル! 負傷者はないはずだけど、新入りで体調を崩したりしてるのがいないか見ておいて」

「りょーかーい」

「それ以外にも自分の身体で痛んでるところ、気になるところがある奴は私まで報告。今更下がる評価も、上がる評価もありゃしないんだ。変に我慢はするなー。隠された方が次の作戦で穴になりかねないから、そっちのが困る」

「トリクス、私、右の膝が痛い」

「おれは左足」

「うーん? グレンダとサイモン? ……ちょっと視てみよか、一緒に私の部屋来て」

 報告書を書くテートとは司令部の前で別れて、ああだこうだと喋りながら、ぞろぞろと665の専用営舎へと向かう。支部の敷地でも外れの外れに位置する、廃屋のような二階建てのそれが、悲しきかな我々のホームだった。

 因みに、アクトンは私の横を歩いているけれど、相変わらず何も言わない。少しくらいは協調性ってもんを見せて、チビたちの世話を手伝って欲しいもんだよ、全く。

「トリクス・フェラン、アクトン・クワイン、エイルマー・パーキンズ、マーシー・ブライズ!」

 その時、俄かに呼び止める声が響いた。

 怪訝に思って振り返れば、司令部の……誰だったかな、ナントカ中尉だっけ? それほど歳は取っていない、二十後半くらいの歳と見える男が、少し離れたところに厳しい表情をして立っているのが目に入る。

「何か御用ですか」

「用があるから呼び止めているに決まっているだろうが。司令官がお呼びだ。先の四名は至急司令執務室へ急行すること。それ以外の者は、営舎にて待機せよ」

 それだけ言うと、中尉(仮)は私たちの返事も聞かずに司令部へ戻っていった。

 何とも言えない沈黙が落ちる。私、アクトン、エイルマー、マーシー。テートを除いて、歳を取っている方から順に四人。もしかしてアレかな、などと考えていれば、エイルマーとマーシーが心なしか不安げな目をして私を見ていることに気がついた。そして、他のチビたちも。

「……何はともあれ、命令が出たからには従わなけりゃいけないのが空しいトコさね。ラッセル、チビたちを連れて営舎に戻ってて。それから、各自可能な限り身体を休めること」

「了解」

 頷き返すラッセルの返事は、さっきとは打って変わって重い。

 後は頼むよ、と言い置いて、歩き出す。後ろから三つの足音が続いてくるのを聞きながら、面倒なことにならなければいいと、それだけを祈った。

「……おまえの運命が来たぞ」

 なのに、すぐ後ろを歩く同期が、そんなことを言いやがったので。

「そんな面倒くさそうなもの、御免こうむりたいね」

 思わず、心からのため息が出た。


 ハプザカナ支部を統括する司令官の執務室は、防衛上の都合からか、司令部の建物の中でも一等分かりづらい場所にある。

 当然ながら通い慣れた場所でもなければ、ちゃんと辿り着けるか怪しかったものの、アクトンの補佐によって無事辿り着くことができた。アクトンだって私と大して変わらない身の上であるはずなので、どうせその出来のいい眼で何かを見通したりしたんだろう。

 そうして、いざ司令官の執務室に足を踏み入れてみると、これまで道中で抱いてきた懸念がまさに現実になったことを認めざるを得なかった。

 室内には、司令官の他に見知らぬ軍人が一人と、テートがいた。665の直属の上官は、一応この司令官ということになっている。報告書を提出に来て、そのまま留め置かれていたのかもしれない。

「来たな、呪われ子共。貴様らの部隊長に同じく、そこに一列に並べ」

 五十がらみの司令官が言う。相変わらず高圧的で、こちらを見下しているのを隠しもしない奴だ。

 適当に「了解」と返事をして、テートの隣に並ぶ。こうして司令官の部屋で並ばせられたことは、過去にも何度かあった。そう多いことではないものの、びっくりするほど珍しいものでもない。「褒賞」の授与の為だ。

 この軍の中で一定以上の戦功を立てると、褒賞――もとい手駒として、呪い子が与えられることがあるんだそーだ。呪い子が疎まれ忌み嫌われるのは、軍の内部でも変わらない。むしろ治安を乱すものとして余計に風当たりがきついくらいであるだけに、与えると言われても素直に受け取る奴はそれほど多くない。

 それでも呪い子が褒賞の一つとして扱われ続ける慣習に変わりがないのは、やっぱりその能力が有用だからだろう。呪い子の異能は後天的に技術として習得する魔術と異なり、あくまでも先天的に持って生まれた能力だ。

 極論すれば、魔術は消すことができる。その技術さえあるのなら、構築式に干渉して術を分解し無きものにしてしまうことができた。けれど、個人に由来する能力として出現する異能は消しようがない。走ることや泳ぐことと同じだから。仮に制限することはできても、その行動自体を消すことはできないって訳。

 どこで聞いたんだったか、褒賞としての呪い子を受け取る奴と拒む奴とは、三対七くらいなんだとか。机に着いたまま忌々しそうな眼でこっちを見ている司令官の隣に立っている奴は、その珍しい三割の方なんだろう。

 改めて見てみると、そいつは呪い子を貰い受けられるほどの戦功を上げたにしては、割と普通そうな見かけだった。歳はさっきの中尉(仮)よりは少し上くらいかな。三十そこそこ? 今まで「褒賞」をもらいに来た正規部隊の奴らの中でも、かなり若い方だ。出来る奴なのかもしれない。

 ただ、いかにも屈強とか筋骨隆々とかいう風体でもない。体格も悪い訳じゃないけれど、背の高さが目に付く分だけ少し細身に見える。アクトンよりもまだ背が高いかもしれない。短い黒髪は隙なく整えられて、そこらの子供が見たら泣き出しそうなくらいに鋭い紫紺の目が、油断なく私たちを観察している。顔も悪くはないんだろうけど、どうにも険のある風体だった。

「少佐、これらがそれなりに使えるであろうと思われる者共だ。テート・カーニー、二十一歳。水を操る。トリクス・フェラン、十九歳。自身の肉体に限り、損傷を高速で治癒する。アクトン・クワイン、十九歳。透視と強化視力の複合。エイルマー・パーキンズ、十八歳……」

 司令官が説明をしているのを聞きながら、私はどうにも眠くなってきて困った。

 魔猪を討伐した森は、ハプザカナから片道五日のところにある。森の最寄の支部までは転送機で送ってもらえたものの、そこからは徒歩だ。行きはまだしも帰りはベキベキに折れた骨と、そのお陰でズタボロになった内臓を治しながらの行軍を余儀なくされた。そりゃあもう疲れは溜まっているし、できるなら早く営舎に戻って寝たい。

 そんなことを思っていたからか、欠伸が出そうになった。さすがに司令官の面前で大口を開ける訳にもいかないし、口をもにょもにょさせながら噛み殺していると、

「――では、トリクス・フェランを」

 ……なんですと?

「本気かね、あれは頑丈さしか取り柄がない跳ねっ返りだぞ。上官への口答えも少なくない」

「頑丈であれば、盾としては十分かと」

 あっさりと、そいつは言いやがった。微塵の躊躇いもなく。人を「盾」なんぞと。

「ふむ……。身代わりと考えれば、それもそれで使い道があるのやもしれんな」

 唖然とする私の前で、ろくでもない会話が進んでいく。

「それでは、現時刻をもってハプザカナ支部第665部隊所属トリクス・フェランをファリシゴ支部ケリー・マーヴィス少佐直下への異動を認める。トリクス・フェラン、貴様は以後マーヴィス少佐に従え」

 そして、司令官は微塵の迷いも、躊躇いもなく、そう言いきった。私はまだ半ば以上ぽかんとしたまま、了解しました、と答えるので精一杯だった。信じられない気持ちでいっぱいだ。

 ――まさか、これがアクトンの言ってた「運命」だっての?



 元々わずかな着替えしかないような私物をまとめて、元の仲間たちとはまともに挨拶をする余裕もなく。おっかない顔をした愛想の欠片もない少佐殿に連れられてファリシゴ支部に到着したのは、その日の夕方――五時近い時刻だった。

 支部と支部の間は転送装置で繋がれていて、ほとんど一瞬で行き来することができるものの、ハプザカナからファリシゴへ移動しようと思えば、本来は馬車で三日はかかる。同じ南方方面に属していても、物理的にも住人の心象的にも、ファリシゴは決してハプザカナから近い街ではなかった。

 更に言えば、私の生まれは東なので、南方ではハプザカナに次ぐ規模の街だということくらいしか知らない。まあ、どうせこれからも寝るか食べるか任務でこき使われるかの三択の日々であろうからして、街のことなんて気にするだけ無駄かもしれないけどさ。

「貴様は俺の直下に配属されたという形式を取ってはいるが、要は所有物の一つと大して変わらん。一切の指示は俺を介した上で伝達する。有象無象の命令に従う必要はなく、俺の命令以外に従うこともまた禁ずる」

 私の数歩先を歩きながら、少佐は淡々と喋った。その声は突き放すようでもあり、まさに親しげなんて言葉とは対極にあるようだ。全く、初っ端からこれとはお優しい上官殿ですこと。

 嘆息する代わりに「了解しました」とだけ答えて、ちらと窓の外へ目を向ける。つい先日夏至を迎え、すっかり日も長くなっていた。空はまだ青々としている。手持ち無沙汰に流れる雲の数を数えながら、いくつかの階段を上がり、廊下を歩んで、やがて少佐はある扉の前で足を止めた。

 少佐は扉を叩くこともせず、部屋の中へと踏み込んでいく。ひどく殺風景で、まだ荷解きも済んでいない箱があちこちに積まれているのを見るに、まだ引っ越してきて間もないのかもしれない。部屋の中にはご立派な机がでんと据えられており、壁際には空っぽの棚がいくつも並んでいることを踏まえれば、執務室の類なんだろうとは想像がつくけれど。

「この部屋は?」

 少佐の後について部屋に足を踏み入れながら、問い掛ける。

「新たに与えられた執務室だ。街を出る任務などがない場合、貴様はこの部屋で待機することになる。また、この支部には『呪い子』を隔離しておく棟などは存在しない。営舎内の一室が貸与される。後で管理人に確認しろ」

「了解。……それで、私はここで何をすればよろしいんでしょうね。まずは掃除と整理整頓のお手伝いでも?」

 試しに一つ訊いてみれば、少佐は部屋の中央に据えられていた机の上に持っていた書類を置き、半身に私を振り向いた。眉間に皺を寄せ、ひどく怪訝そうな表情をしている。

「貴様をそのような仕事に使ってどうする」

「身代わりの『盾』なら、傍に置いておかなければ意味がないのでは」

「今のところ、『盾』が入用な状況ではない」

 ほとんど即答に近い切り返しだった。なら、何で私を選んだんだ――と思わないではないものの、口に出したところでどうにもならないような気もした。お喋りに付き合ってくれる寛容さもなさそうだし、黙っていた方がまだマシかもしれない。

「では、私は何を?」

「決まっている。俺が行けと言った場所に行き、しろと言った仕事をしろ。貴様の役目は665にあった時と大して変わらん」

 告げる声は、やはり冷ややかだった。温かみなんて欠片もない、抜き身の刃じみた響き。

 たぶん、少佐は心底から私を「部下」などとは思っていないのだ。所詮は「所有物」の「駒」であり、「身代わりの盾」という認識でしかない。きっと何かあっても私を庇ったり守ったりすることはないだろうし、ここぞという時には捨て駒にするのも厭わないことだろう。

 そう確信させるに足る口振りであり、眼差しだった。

「――だが、餌を与えねば獣も動かぬものだ。戦果を上げろ。俺が求める通りに、俺が求める以上に。そうすれば、相応の見返りくらいはくれてやる」

 ……けれど、一つ評価するとすれば。

 振る舞いは冷たく、信用することなどできそうにない奴だとしても。駒の使い方はわきまえているんだろう。私を見据える紫紺の眼は昂然として、少なくとも嘘偽りをなすもののようには思えなかった。

 なるほど、と胸の中でひそりと呟く。

「その『相応の見返り』というものを、金銭でいただくことは?」

「金?」

「故郷の家族に仕送りをしているもので」

 眉根を寄せた問い返しに、肩をすくめて答える。

 ほんの一瞬、少佐は目を細めて私を見つめた。怪しんでいるようにも、探ろうとするようにも取れる目付きだった。

「いいだろう。貴様の示した戦果に応じ、別途報酬として金銭を与える。その旨をマーヴィスの名において約す」

 短い間の後、少佐はこれまで通りの冷ややかさでもって言った。それでも、今回ばかりは大した反発も沸き起こらない。むしろ、ちょっとした驚きに抱かれてさえいた。

 家名を引き合いに出すということは、その名誉を天秤にかけるということだ。決して違えることのない誓約であると、最も分かりやすく示す行為。

 そんな大層な口上を、まさか呪い子(わたし)相手にするとはねえ。よりによって、正規部隊の少佐様がさ。

「もっとも、そこまでの大口を叩いたのだ。生半な戦果で恵んでもらえると思うなよ」

「了解。想定外の出費に青褪められませんよう、お覚悟あれ」

「生意気な口をきく」

 少佐が鼻で笑う。それに私もニヤリとし返しながら、やっぱり、と思った。

 アクトンは遠くのことだけでなく、未来でも見えていたのかもしれない。この食えなさそうな少佐と上手くやっていけるかは分からないけれど、ハプザカナの司令官に比べれば、ずっとマシなように感じられた。少なくとも呪い子相手に約束をして、ある程度は守ろうという気をみせるくらいなんだから。

 或いは、今ここが被っていた猫の脱ぎどころなのだとしたら。それを運命と言い換えることもできるのかもしれなかった。

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