エピローグ(2)
ニールの発作について話し終わった後、ニールは双子と遊びに出かけてしまった。相変わらず屋敷の中を探検しているようだが、広い屋敷の中では毎日が発見の嵐らしい。昨日は天井に謎の模様を見つけて喜んでいた。
「まったくさー」
ボスは上に伸びをしながら、アクルに話しかけた。黒く長い廊下を、二人で歩いている。向かうはボスの部屋だった。ボスが部屋に戻ると言うので、そこまでアクルもついて行くのだった。
「子供は可愛くてしかたないよなー」
「本当ですね」
「元気だしさ」
「ミクロ、マクロ、ニールの三人は、毎日本当に元気ですよね」
「ね。しかしよかったよ、双子に友達ができてさ」
「ずっと気にしてましたもんね。あの二人に同年代の子供がいないこと」
「うん。本当によかった」
ししし、とボスは笑った。つられてアクルも笑う。
「ねぇアクル」
「はい」
「あのさぁ……」
ボスは唇を前に突き出しながら、何かを言いたそうにしていた。急に変化したボスの態度に、アクルは首をかしげる。何か言いたげなことがあるのは分かるが……何だろう?
「……どうしました?」
「あのさぁ……今度さぁ、一緒に食事いかね?」
「へ?」
ボスからの意外な誘いに、アクルは驚いた。ボスから仕事に行こうと誘われることは多いが、それ以外のことで誘われるのは本当に珍しい。
ボスはアクルと目を合わさず、床を見ながら言った。
「いろいろさぁ、世話になってるしさ、アクルには。なんかお礼したいなぁって思って、今日の夜にでも食事、いかね?」
「ふたりでですか?」
「ふっ」
ボスは目を右往左往させた。ふたりだと、なにか、なにか問題でもあるのか?
問題あり過ぎか? あれ?
ボスが無言になってしまい困ったアクルは、馬鹿正直に自分の気持ちを言ってしまった。
「あ、いや、っていうか、ファインの料理があるから、別にわざわざ外に行かなくてもいいかなーって言うか」
アクルの辞書に、乙女心や乙女の勇気などという言葉は存在していなかった。うっと言葉を詰まらせながら、ボスはなんとか喋りはじめた。
「そ、そうだけどさぁ。でもさぁ、なんつーかさぁ……」
二人でどこかに出かけたいんだよ、なんて言うことなどできず、ボスは言葉を濁す。
「あー!」
アクルが思い出したように叫んだ。
「わかった、ボス、あの駅前のイルミネーションが見たいんですね? だから夜、外に行こうとか?」
「へっ?」
話しが意外な方向に展開していき、ボスの頭はついて行かない。
い、いるみねいしょんがなんだって?
「ほら今日からじゃないですか、駅前の、結構有名なイルミネーション」
「そ、そうだっけ」
「またまたぁ、とぼけちゃって。ボス、きらきらしたもの好きですよね?」
「お、おう」
すっかり会話は、アクルのペースである。アクルは子供のように、楽しそうに話を進めた。
「じゃぁ今晩行きましょう、俺暇なんで! 夕ご飯食べた後にでも」
「う、うん」
なんかデートに行けるらしい、とボスは察し、心の中でガッツポーズをした。
なんか、なんか結果オーライ! 作戦成功?
「おれ、目いっぱいおしゃれしていきますねー」
アクルの言葉一つ一つに、ボスはドギマギしていた。こいつは一体何を考えているのか? ボスには一生分からなさそうな問題だった。
「なな、なんで」
一応訪ねてみたことを、直後に公開することになる。アクルは何も考えていないような能天気な声のトーンで、こう言った。
「だって、デートみたいじゃないですか。ボスみたいな綺麗な女性の横に立つんですから、それなりにカッコつけないとー」
「ひっ」
ボスは思わずせき込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
アクルはボスの背中をさすった。それと同時に、ボスはますますせき込んだ。
「だ、だめ、か、げほっ、だめかもごほっ」
「えー!」
「や……大丈夫だ」
ボスはなんとか呼吸を落ち着かせると、真っ赤な顔でアクルの顔を指差した。
「お前が、お前が、変なこというから!」
「な、なんか俺言いましたっけ」
アクルの返答に、ふんとボスは鼻で笑う。
「お前、とぼけてるのか?」
「え?」
くそう! とボスは叫び声をあげた。
「もういいもん! 俺部屋にこもる!」
ちょうどボスの部屋の前についたところで、ボスは拗ねた子供のように、部屋に入ってしまった。ボスの部屋の前で、首をかしげるアクルであった。
「ケンカですか?」
「ケンカですか!」
アクルの後ろから、双子の声がした。振り返ると、ミクロにマクロ、真ん中にニールがいた。
「盗み聞きか」
「屋敷全体に聞こえるような大音量でのけんかでございました」
「屋敷全体に公開放送していたけんかでございました」
「けんかじゃねぇよ。しかし、まじでか、そんなに大音量だったか」
「まじです」
にこりとニールが笑った。
「アクルさん、面白いですよね」
「なにが?」
「アクルさん面白いよねー」
「ねー」
双子が顔を見合わせてそう言うと、きゃらきゃらと笑いながらアクルに背を向け、走り出した。ニールも笑いながら、それに続いた。
「え、ちょ、どういう意味だこら!」
アクルはその背中を、走って追いかけた。
「きゃー! 逃げろー!」
「わー!」
「まてこのやろー!」
叫び声と笑い声が、二階に響くほどの大音量で、屋敷全体を包み込んだ。
ニールは、黒い廊下を、全速力で走った。全力で笑いながら。涙が出るほど、笑いながら。
アクルはそんなニールの後ろ姿を見て、ひとり小さく微笑んだ。
End.