キロナビ案内所
悩みを抱えた人だけが辿り着ける場所がある。
路地裏にひっそりとあるその場所は、看板もない。
地図にも載っていない。
それでも、悩みを抱えた人だけが、なぜか迷うことなく辿り着く。
その名は--『キロナビ案内所』
ここを訪れた人は、帰る頃には少しだけ表情が変っている。
まるで、長い間握りしめていた何かを、そっと手放したように。
「来てよかった。」
誰もがそう言いながら帰っていく。
けれど、不思議なことに、案内所のオーナーについて知る者はいない。
名前も。
年齢も。
いつからそこにいるのかも。
そして、誰一人として、その顔を覚えていない。
焦らせることもない。
否定することもない。
励ますことさえしない。
ただ、相手の言葉が静かになるまで、そっと近くにいる。
キロナビ案内所は、樫の木で造られた木造の建物だ。
壁も床も天井も、長い年月を過ごしてきた木のぬくもりに包まれている。
扉を開けると、木の匂いが心地よく鼻をかすめる。
初めて訪れたはずなのに、誰もが「帰ってきた」と思ってしまう。
どこか懐かしい匂いがするのだ。
窓辺には、小さなランプがひとつ置かれている。
蜂蜜色の灯りが、静かに部屋を照らしていた。
その灯りは、誰かの到着を待っているようにも見える。
ここには、焦りも急かす声もない。
「今のままで、ここにいていい」
そんな空気がこの場所には流れていた。
だけど、不思議なことに、
オーナー自身もまた、訪れた人の顔を覚えていない。
昨日、誰がきたのか。
何を話たのか。
思い出そうとしても、白い霧がかかったように、輪郭がぼやけていく。
思い出せない。
「…まぁ、いいか」
そう呟くと、蜂蜜色のランプが静かに揺れた。




