50 角と杖
バラバラバラバラ。魔弾の衝撃が天井を崩す。
崩落の雨の中、魔力の残滓が魔素と共鳴し、キラキラと光った。
その光の中、視線の先、魔弾が開けた大穴の前にヴェルトルが立っていた。
「……」
防護魔法を展開したのか、展開しても間に合わなかったのか、ヴェルトルの全身からボタボタボタボタと血が流れていた。
しかし、ソレを意に介す素振りを大魔法使いは見せない。
大魔法使いは視線を背後の大穴、魔素の残光、そして、アルバスへと順番に移した。
「アルバス」
「うん」
アルバスは折れた左腕でハクアを支えて立ち上がる。
バラバラ、バラ。天井の崩落が止まる。生き残った魔物達が動きを止め、他に動く物は無かったから、会場はとても静かだった。
だから、ヴェルトルの声が良く聞こえた。
「……お前は、何だ?」
闇を煮詰めたような声だった。泥に塗れたような声だった。
ヴェルトルが自身の爛れた左半分の顔へ爪を突き立てる。グジュリと爪は埋まり、そこから血が溢れ、地面に流れ落ちる。
「弱いままのお前が、叶えるのか?」
アルバスとハクアは半壊した檻から出る。
ヴェルトルが立つ大穴の奥から太陽が見えていた。
夕陽が落ちる。夜が始まろうとしている。
「なら、俺は、何だ?」
ずっと変わらなかったヴェルトルの右側の顔が歪む。憤怒、悲哀、悔恨、どれとも取れる表情だ。
「知らないよ」
ヴェルトルの問いにアルバスは答えない。
これは自分に向けられた物では無い。きっとこの質問に答える者は何処にも居ないのだ。
そして、音を出すのが夕陽だけに成った時、ヴェルトルが杖を掲げた。
「この世界は為すがまま」
詠唱と共にヴェルトルの杖が一際強く、激烈に発光した。
「この世界に在るがまま」
この詠唱をアルバスは知っている。
「この世界を意のままに」
杖の光が周囲の魔物達を飲み込み、その魔力組成を組み替える。
「「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」
全ての魔物が叫び狂った。
この魔法をアルバスは知っていた。
魔法使いの可能性を押し上げた偉大なる大魔法だ。
「魔素集約、魔力変性」
魔力の形が糸を模す。糸が伸びるのは会場を埋め尽くす魔物達。
ボタボタボタボタ。大魔法使いの体中から血が溢れ出していた。
過剰な魔力使用。命に関わる程の重篤な症状だ。しかし、その見開かれた眼は真っ直ぐにこちらへ注がれている。
「調律魔法カンダタ」
そして、魔法が完成した。
可視化される程濃密な魔力は繭のような形状を取っている。
「お前らの全てを捧げろ」
命令に繭から伸びた無数の魔力の糸が全ての魔物を貫き、そこから魔力を全て吸い上げる。
「ガッ」
魔物達のどれもが魔力が枯れ果て息絶えた。
魔力を吸い切り、ヴェルトルが掲げた杖をアルバス達に向けて振り下ろす。
「構えろ、杖無し」
意図は明白だ。
呼応する様にアルバスもまた杖をヴェルトルへと向けた。
「そこを退け、大魔法使い」
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
白晶の杖が躍動する。隷属させた魔素は魔力となり、ハクアごとアルバスを魔石で包み込んだ。
二つの杖が光っていた。
ヴェルトルの杖は精緻な光。糸を模した膨大な数の魔力。無限の糸が魔弾を編み上げた。
アルバスの杖は荒々しい光。周囲の魔素を隷属させ、ただ一つの魔弾を練り上げた。
ハクアがアルバスを強く抱いた。
「全部壊して、アルバス」
アルバスに恐れは無い。
自分が角を折ってしまった少女が、アルバスを信じて横に立っている。
ならば、これ以上何を恐れるというのか。
先に魔弾を放ったのはヴェルトルだった。
「くらえ」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
無限の糸が編み込まれた魔弾。
それは分散し、視界一杯に広がってアルバス達へ放たれる。
逃げ道は無い。
逃げる場所が無い。
逃げる意志も無かった。
杖を握るアルバスの右手にハクアの手が合わさった。
隷属するは魔素。
集約するは魔力。
結実するは一つの魔法。
「「放て!」」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
射出されるは魔法。
解放されるは魔力。
共鳴するは魔素の光。
それは区別なく全てを消し飛ばした。




