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49 決意と微笑

 ハクアがたたき込む様に檻の扉を強く閉めた。

 それと同時に魔猪の体が檻へと激突する。


「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 狂化された魔物の動きに理性は無い。檻の格子は歪みながら揺れ、軋む音を立てた。

 衝撃にハクアはアルバスごと檻の中に倒れ込んだ。

 倒れた衝撃で折れた骨が痛む。だが、痛みよりもアルバスの頭にあったのは疑問だった。


「どうして、ここに?」


 どうにか体を起こし、アルバスは聞く。何故、ハクアが逃げ場の無い鳥籠の中に入ったのか分からなかった。

 今見た通り、魔物の攻撃に何度かは耐えられるようだが、無限に耐えられる訳ではない。


 檻の周囲には続々と魔物達が集まってきていた。きっと、ハクアの魔隷角に惹かれたのだ。ここから出る事も最早望めない。

 状況は絶望的。檻が壊れたらすぐにアルバス達は殺されてしまう。だと言うのに、ハクアは何かを決意した様に笑っていた。


「ハクア?」

「……アルバス、お願いがあるの」


 アルバスの左腕は折られている。だからか、ハクアがまだ無事なアルバスの右手を握った。

 痛みをアルバスは忘れる。魔猿に折られ、そこら中が鋭く鈍い痛みを持っている筈なのに。

 きっと、それはハクアの透き通った瞳に自分の姿が映っていたからだ。

 そして、ハクアがアルバスの手をゆっくりと持ち上げ、額に当てた。


「わたしの、角を折って」


 アルバスは息を呑んだ。何を言われているのか分からなかった。祈る様な言葉の意味を理解したくは無かった。


「わたしの角を杖にして。この角なら、きっとアルバスも魔法が使える様に成るから」


 魔隷角。世界最高峰の杖の素材。これを使えばどんな者でも一流の魔法を放てると言う。


「わたしは未折だから。きっとアルバスの望み通りの杖に成れるよ」


 アルバスは杖無しだ。魔素に愛されなかった。それはもう、そういう決まりの下で産まれてしまったという事で、魔素満ちるこの世界が定めた法則の様な物だ。

 しかし、未折の魔隷角、世界の法則すら捩じ曲げ得る奇跡、それを使えば、もしかしたら魔法が使えるかもしれない。


「ねえ、アルバス、お願い」


 それは甘美な誘惑だ。

 脳裏に湧き上がるのは慟哭の日々。

 どれ程夢に見ただろう。魔法が使える姿を。

 その夢を叶える機会が目の前にあった。


「いやだ」


 だが、それは何の意味も無い誘惑だ。


「僕は、ハクア、君を助けに来たんだ。君を傷付けない為に、傷付けさせない為にここに来たんだよ」


 魔法は使いたい。魔法を使えるとは何かを知りたい。

 その夢が叫ぶ。魔隷角を試すのだ。

 生きて来た時間が望む。試せ。夢を叶えろ。


 母が壊れて辛かったのだろう? 父に捨てられ悲しかったのだろう? 一族に蔑まれ悔しかったのだろう? 魔法を使えなくて苦しかったのだろう?

 魔隷角を使え。そして魔法を使え。

 そうでなければ悔恨の日々は何だったのか。


「それじゃあ、意味が無いじゃないか」


 しかし、それでは、何のためにここまで来て、何のために決意をしたのか。

 目が熱くなる。鬼の美しい瞳に映った杖無しの姿があまりにも情けない。


「意味はあるよ、アルバス。あなたに折って欲しいの。わたしを助けに来てくれたあなたに。わたしが必要だと言ってくれたあなたに。わたしがあなたに折って欲しいの」


 少女の手は震えていて、決して強く握られている訳ではない。

 けれど、彼女の目に映った情けないマギアが言っている。お前は逃げられない、と。


「アルバス、角を握って」


 鬼の瞳の中でマギアが顔を歪めた。アルバスの手が震える。

 檻の外からは魔物達の声がしていて、牙と爪が何度も突き立てられていた。


 ガシャアン! ガシャアン! ガシャアン! 軋む音が決断を急かす。

 魔法、アルバスが憧れ続けた魔法。何か一つで良い。ただそれだけで良い。それさえあればきっと、一族の誰も、母も狂わなかった。


 角を握れ。角を折れ。角を杖にしろ。

 蓋をしていた欲望が顔を出す。


「アルバス、良いの」

「でも」

「お願い。わたしをあなたに捧げさせて」


 柔らかく鬼は微笑む。その優しい声がマギアを追い詰めた。


 ガシャアン! ガシャアン! ガシャアン!

 魔物達の暴走は激しさを増し、鳥籠は軋み、今か今かと破壊の時を待っていた。


「……っ」


 断頭台の囚人の様にハクアが頭を下ろした。

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