48 後悔と怒り
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静かな夕陽の眩しさがルビィの目を覚ます。
ヴェルトルとの魔法戦。それで発生した大爆発。雲を突き抜けて飛ばされた先は見ず知らずの荒野だった。
「何処よ、ここ?」
落下時、保険に掛けていた防護魔法が発動したのだろう。大きな外傷は無い。
「ホウキは、無事ね」
近くに落ちていたホウキも無事である。
体にも装備にも、特段の問題は無かった。
問題なのはここが何処か分からないという事だ。既に陽は傾いている。随分と悠長に気絶していたらしい。
「ちっ!」
すぐさまにルビィはホウキに跨がり、空を飛んだ。地図は無い。飛ばされた方向も分からない。
それでも狂鳴の森に戻らなければ。
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!
風切り音を鳴らしながら雲の下ギリギリまで高度を上げ、ルビィは世界を見下ろした。
「あっちね」
見知らぬ土地だが、地形は把握している。元居た狂鳴の森の方向はおおよそ予測できた。
「行け!」
魔力を操り、ホウキが駆ける。
速度は全速力。軌道は直線。
最短最速で狂鳴の森に戻るのだ。
「くそっ」
一体何をしているのだ。
ルビィは苛立つ。何故、自分がここまで苦労しなければならないのか。
アルバスの家に設置した魔力反応が途絶えたと聞いて、すぐにルビィは執事の言う事も無視して狂鳴の森へと飛び立った。
王都での任務があった。それを無視し、夜を徹してアルバスの元へ向かったのだ。
何かがアルバスにあったのだ。十年前自分を捨て、一族に捨てられたあの杖無しの身に何かが。
「ちくしょう」
アルバスは生きていた。
焼け落ちた家の前でボロボロに成りながらも、息をしていた。
ほとんど十年ぶりに見た兄の姿は記憶とは随分と違っていたのに、思い出の中とは同じ様な姿をしていた。
ルビィはアルバスを連れ帰ろうと思った。
今の自分は大魔法使いだ。誰にも文句は言わせない。我儘を通すだけの結果は残してきた筈だ。
そのためにきっと頑張ってきたのだから。
けれど、アルバスは帰らないと言った。
ハクアと言う魔隷角の鬼を助けると、杖無しの身で、何もできない無能者の身で、あの角落一座と戦うと言うのだ。
「ちくしょうちくしょうちくしょう!」
アルバスはまだ狂鳴の森に居る。生きているのかは分からない。
いや、アルバスは杖無しだ。戦う力など無い。とっくの前に殺されていても不思議では無い。
「アタシは何をやっているのよ!?」
苛立つ。怒りの炎が胸を焼く。
一体何がしたくて、何をするためにここまで来たのか。
連れ帰ると決めたのだ。大魔法使いの自分がそうしたいと決めたのだ。であるのなら連れ帰れば良かったのだ。
自分は大魔法使いだ。我儘を通せるだけの成果は残して来た。
なのに、兄に頭を下げられて、手伝ってくれと言われて、断れなかった。
ルビィは激怒する。自分でも説明ができなかった。
兄を行かせたら、ほとんど間違いなく死んでしまうと分かっていたのに。
狂鳴の森には、角落一座にはヴェルトルが居る。ルビィと同じ大魔法使いが。
戦ったから分かる。あの大魔法使いを相手にしてアルバスでは万が一にも勝ち目が無い。
勝負になると考える事すらおこがましい。それだけの技術と技能をヴェルトルは持っていて、杖無しのアルバスでは勝負すらできないのだ。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
風切り音が鳴る。ルビィのホウキは速い。
当代でも有数の速度だろう。そんなホウキが今はとても遅く感じた。
一瞬一瞬が惜しい。
まばたき一回でも早く戻らなければ。
そして、もしも奇跡が起きていて、アルバスが生きていたのなら、今度こそ、何があってもあの杖無しを連れて帰るのだ。
「見えたっ」
狂鳴の森が見え、アルバスを下ろした最奥が目に付く。
ルビィのホウキはこれ以上加速できない。それにも苛立つ。
やっと見えたのに、速く早くはやく!
焦る気持ちのまま、ホウキは空を駆ける。
ルビィは気付いた。先ほど飛んでいた時には気付けなかった一角に狂鳴の森に似つかわしくない大屋敷が見える。
「あそこかっ!」
ホウキが旋回し、ルビィは叫ぶ。
大屋敷のある一角には大量の魔物達が今まさに流れ込んでいた。
ヴェルトルだ。調律の魔法だ。すぐさま理解する。理由は分からない。しかし、あの大魔法使いは今まさにこのアルバスが居る筈の一角に魔物の大群を放っているのだ、
ルビィは杖を取り、眼下の魔物達へ放たんとした。
「燃え――」
まさにその瞬間だった。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!
ルビィの視界に一条の光が現れた。




