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40 独善と醜悪

「ありったけの爆光苔と鉄カビの煙玉を使えば、もしかしたら……」


 絶望的な状況に頭は都合の良い希望的な未来を思い描こうとする。

 爆光苔の矢、鉄カビの煙玉、それに火粘土に火打ち石。英雄の様にそれらを上手く使ってハクアと共に森に逃げ込める未来。

 かつて読んだ事のある英雄譚。全てが思い通りに動くとしての意味の無い仮定。

 悲観的で現実的な思考がアルバスの常だ。だから、すぐに都合の良い未来を否定する。

 そんな事はあり得ない。いくら道具を揃えたとしてもこの場をくぐり抜けられる筈が無い


「でも、やるしかない、か」


 が、もはや、この状況では賭けに出るしか無い。限りなく零に等しい確率の成功を引き当てるしか生き残れる未来は無かった。

 道具は少ない。けれど、賭に出なければ遠からず、ハクア諸共に死んでしまうのだ。

 窓の外には十数体の魔鳥、その下には魔狼に魔猪。廊下からは魔猿の声だってする。

 奇跡を起こさなければ突破できない。


「魔法が、使えれば」


 もしも魔法が使えたなら、ルビィやヴェルトルの様な大魔法使いであったのなら、きっとハクアを助けられるのに。

 あり得ない仮定が頭に浮かぶ。諦めそうになっている自分にアルバスは気付いた。

 魔法が使えないのは前提だ。それを今更願ってどうするというのか。

 駄目だ。切り替えろ。これ以上無駄な事を考えるな。無理やり思考を回す。だけれど、活路を見出せない。

 そんなアルバスへハクアが言った。


「……アルバス、わたしを置いて逃げて」

「駄目だ」


 反射的にアルバスは否定する。


「助けに来てくれて嬉しかった。それだけでわたしは救われたから。だから、もうこれ以上は要らないから。アルバスだけでも逃げて」

「駄目だ」


 明確な意思でアルバスは首を横に振る。


「魔物達はわたしを追いかけてる。アルバス一人だけだったらきっと魔物達も気付かない。逃げられるよ。わたしが囮に成る。だからお願い、一人で逃げて」

「駄目だ」


 ハクアの言葉はアルバスには受け入れられない。受け入れてはならない物だった。


「本当に嬉しかったの。もう充分なの。わたしは救われたから」

「駄目だ」


 二人の言葉は平行線だ。決して交わらない。

 アルバスはハクアを、彼女の角を見た。水晶の如き白い角。空気中の魔素を吸収し、発光している。

 美しかった。魔物達が魅入られるのも分かる気がした。


「ハクア、君の角に魔物達は魅せられている。確かに君を置いて行けば僕は逃げられるかもしれない。僕は杖無しだからね」

「そうだよ。わたしのこんな角がアルバスの役に立つなら、この角があって良かったって思えるの。だから、ね、お願いだから、逃げて」

「それじゃあ、意味が無いんだ」


 アルバスはハクアを助けに来た。助けると決意したのだ。

 決意とは誓いである。誓いは果たさなければ成らない。


「ハクア、君の角が僕の役に立つとか、役に立たないとか、そんな事はどうでも良いんだ。そんな事に意味は無いんだ。僕は君を助けに来たんだよ」


 ならば、助けなければ。助けようとしなければ。

 そうでなければアルバスに残っていた何かとても大切な物が今度こそ砕け散ってしまう。

 きっと、この行動はとても独善的で、ともすれば醜悪的だ。


「一緒に逃げよう、ハクア」

「わたしは、アルバスに死んで欲しくないのっ」


 泣きそうな顔で、泣きそうな眼で、泣きそうな声だった。

 目の前の鬼がそんな顔をしてそんな声を出す事に耐えられない。


「ハクア」


 アルバスはハクアの手を握った。

 魔法使いの、それも杖無しの力など鬼ならば簡単に振り払えるだろう。振り払われたとしても構わなかった。また握り直せば良い。

 アルバスはハクアの眼を見て、分かってくれと願った。


「君が居ないと意味が無いんだ」


 ハクアが眼を見開く。その唇が「い、み」と小さく動いた。

 意味、そう、意味なのだ。仮にこの場をくぐり抜けられたとして、その隣にハクアが居なければ何の意味も無い。


「それは、でも、」

「僕に君が必要なんだ。君じゃないと駄目なんだ。だから、助けさせて。お願いだよ」


 アルバスは何度でも言う。ハクアが必要なのだ。

 ハクアの為では無く、アルバスという存在の為に今ここで彼女を助けたいのだと告げる。

 紛れもない本心だ。自分のためにお前が必要なのだと。だから、お前を助けたいのだと。ありのままの心をハクアへ告げる。


「君と過ごした日々が僕にはとても幸せだったんだ。それが救いに成っていたんだ。だから、頼むよ。僕の為に君を助けさせてくれ」


 アルバスはハクアの手を握る力を強くする。少しの時間を挟んで、ハクアが諦めた様に手を握り返した。


「……なら、アルバス、お願いがあるの」


 ハクアが祈る様にアルバスの手に額を当てる

 アルバスは言葉を待った。とても重要な事を言われようとしていると理解したからだ。

 ハクアが口を開く。


「わたしの──」


──ヒヒッ。

 その時、引き攣った笑い声が響いた。

 アルバスとハクアの息がピタリと止まる。

 声が聞こえたのは部屋の入口。

 ドアがギィッと音を立てた。

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