14 侮蔑と帽子
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「薬草とか魔石を売りにテツバイの町に行って来るよ。明日には帰るから」
雨の日々が終わった頃、アルバスはいつもよりも大きなリュックを背負っていた。
採取してきた薬草や魔石を町に売りに行くのだ。
「ハクア、一人でも大丈夫?」
「大丈夫。アルバスも気をつけてね」
ハクアが心配だった。狂鳴の森は不気味な程平穏だったが、数日に一度は黒服達が眼に入る。心なしか黒服を見る頻度も増えている気がしたし、黒服達の雰囲気にも焦りが見えていた。
狂鳴の森が普段と違う。その森に一人ハクアを残したくは無い。
けれど、採取物を売らなければ、塩や矢が手に入らない。冬ごもりにはまだ遠いとは言え、金策の機会を見逃しては直ぐに餓死してしまう。
「もう一回言うけど、余程の理由が無い限り、この家から出ないでね。敷地の中に居れば安全だと思うから」
「うん。分かった。ありがとね」
強固な認識阻害の魔法がアルバスの家にはかけられている。どんな魔物だって敷地内に入って来た事は無い。
ここから出なければ黒服達に見つかることも無い筈だ。
それでも心配は尽きない。ずっと独りで過ごしてきたアルバスは家に誰かを残すという事慣れていなかった。
いっそ、一緒にテツバイの町に行こうかとも考えた。
まだ完治していないとは言え、ハクアの傷は随分と癒えている。もしかしたらもうほとんど万全と言っても良いかもしれない。
鬼の体力ならば、町までの距離を歩いても問題は無いだろう。
しかし、その提案をアルバスはできなかった。町に連れて行く事は別れを意味するかもしれないからだ。
元々、傷が癒えるまでこの家に居て良いと言ったのだ。そして、ハクアの傷はほとんどが癒えてしまっている。
町に連れて行って、もしもハクアがアルバスの元から去ると言ったとして、断れる理由が無い。
そんな想像が頭を過ってしまったから、アルバスは一人で行く事にしたのだ。
「いってらっしゃい」
「……うん、いってきます」
ハクアにこうして送り出される日々が気付いたらかけがえのない物に成っている。
この感情が一体何なのか、アルバスには分からなかった。
森の外はこげ茶色の荒野だった。命の気配は無い。狂鳴の森に吸われてしまったかの様に。
ただひたすらに歩かなければならない事に眼を瞑れば荒野の道は楽である。魔物も野盗も居ない道を履き潰した靴底で鳴らし、アルバスは足早に進む
急げ、急げ、急げ。早く帰るのだ。きっとハクアが待っている。
感情が逸り、足が動く。ほとんど休憩無しに夜明け前から歩き続ける。
そして、錆の匂いが鼻を付く。夕陽が差し迫る直前、黒々とした鉄カビに覆われた町が見え、程なくしてアルバスはテツバイの町に到着した。
「良し、大分早く着いた」
ほとんど休憩なしに歩き詰めた足裏が痛い。だけど、アルバスには気にならなかった。
まだ、日が落ちきっていない。これならまだ商店はやっている。
鉄カビ塗れの町をアルバスは進む。
壁、地面、ドア、あらゆる物が鉄カビに侵食され、視界の端で町民達がそれをこそぎ落としていた。この町の鉄カビは質が良い。各地へ輸出され、魔物討伐用の装備に加工されている。
鉄カビの匂いを嗅ぎながら歩いていると掲示板が目に入り、アルバスは一度足を止めた。
狂鳴の森で暮らすアルバスにとってこの様な掲示板は世界の動向を知るための数少ない手段だった。
どうやら、少し前の王都でのニュースが報じられている様だ。
「最年少大魔法使いが王都任務で竜を討伐。すごいねぇ」
最近、最年少記録を塗り替えたという大魔法使いの活躍を讃える文章がびっしりと書かれていた。
「すごいなぁ」
アルバスよりも若い。確かハクアよりも低い筈だ。なのに竜討伐を成し遂げた。大魔法使いの偉業へ思わず口から言葉が漏れた。
「……おい、杖無しが来てるぜ」
その時、耳にひそひそと声が届いた。
「今日も三角帽子を被ってら」
「魔法も使えない落ちこぼれ」
「杖が無用な魔法使い」
「何しにこの町に来たのやら」
杖無しは侮蔑の対象だ。魔法使いとしてまともな仕事にはあり付けない劣等者。
肉体労働をしようにも鬼の体力には遠く及ばない邪魔者である。
ならば、学者の道はどうか、と言えば、それも難しい。魔力を感じられない杖無しでは現代魔学のほぼ全てを理解できない。
加えて、アルバスは杖無しにも関わらず、テツバイの町で魔術書や杖を買ってきた。
鉄カビ以外何も無い町だ。杖無しが魔法教本を買う噂は直ぐに広まってしまう。
きっと、さぞ滑稽な姿に映ってきたのだろう。
アルバスは掲示板の前から離れ、足早に商店へ向かう。
「今日も本を買うのか?」
「幼児用の魔術書は試したのか?」
「無駄な努力だ」
「いい加減諦めれば良いのに」
侮蔑の声は止まない。いつもの事だ。
アルバスは帽子を深く被り直し、慣れた道を進み、直ぐ目的の雑貨商店を見つけた。




