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第36話 こんな大人になりたい

「拓海の処分を撤回してください!」


 翌日、俺は学校に直談判に来ていた。


 夏休み期間とは言え、当然ながら教師たちは休みでは無い。

 職員室に怒鳴り込んだ俺は、他の先生たちの視線を浴びながら、ナナ先生によって生徒指導室に拉致された。


「全く。いきなり学校に来て何を言うかと思えば」


「だって、拓海はむしろ被害者なんですよ! 悪いのはあの女たちで……!」


 声を荒げる俺をナナ先生は真っすぐ見つめていたが、頭を何度も横に振る。


「そんなことはわかっている。処分の前に、芳澤から事情は聴いたよ」


「だったら何故⁉」


「芳澤はその女の子たちに暴力は振るってない。お前が止めたからな。だが、大声で叫びながら殴りかかろうとして、その姿を何十人もの人達に見られている。削除要求は出しているが、一部では動画も出回っている」


「だからそれはあの女たちが、拓海の彼女をいじめてて、しかも、それで煽るような真似をしたから……」


「それをいちいち、周りの人に説明して回るのか? あの光景を見た人たちは、『デカい男がか弱い女の子3人組に殴りかかろうとしている』という表面しか見ず、悪意にしか解釈しないだろう」


「……」


「いいか、高科。今回の件、学校の処分は確かに納得がいかないかもしれない。でも、この処分は芳澤を守るためでもあるんだ」


「拓海を守る、ですか?」


「そうだ。夏祭りの場で警察沙汰になるような事件を起こして、目撃者も多い。『学校は何をしている、問題を起こした生徒を退学させろ』と言ってくる人たちもいる。実際に学校にはもう、そういったクレーム電話やメールが何本も来ているんだ」


「……」


「今回の処分は、そういった人達に対して、『もう処分は済ませているので、これ以上の罰は必要ありません』と言うためのものなんだ」


「……」


「お前は知らないかもしれないが、謹慎は停学とは違う。学校教育法上の懲戒処分である停学と違って、謹慎は欠席扱いで記録も残らない。今回、謹慎期間の殆どは夏休み期間だから授業に出られないのも数日だ。これは事情を踏まえ、学校として最大限配慮した処分なんだよ」


 噛んで含めるように説明をするナナ先生の言葉に嘘は無いのだろう。だけど、それでもまだ納得できない。


「拓海を守るためって言ってますけど、結局は、学校を守るためじゃ無いんですか?」


「学校を?」


「学校が非難されないために、トカゲの尻尾切りをしたんじゃないですか? 違うって言いきれますか⁉」


 分かってる。言いがかりだ。尻尾切りしたいなら退学処分にでもして放り出せばいいだけなんだから。でも、ナナ先生はそんな子供の言いがかりみたいな俺の言葉すら真正面から受け止めてくれて。


「そう言った側面があることは否定しない」


「!」


「我々は学校を守らなければならない。だけど、それは、単に学校と言う組織を守るためだけじゃ無い。学校には多くの生徒が通っている。学校を守ると言うのは生徒を守ることでもあるんだ」


「……」


「今は気が昂っているだろうから、言葉通りの意味には取れないかもしれない。だけど信じて欲しい。先生にとっても芳澤は大事な生徒だ。見捨てたりはしないよ」


 その声は何処までも穏やかで、真摯で、でも、だからこそ俺は、その先までも踏み込んでしまったんだ。


「……拓海が大事だって言うなら、お願いがあります! あの女たちにも罰を与えてください!」


「何を言ってる?」


「だって悔しいじゃ無いですか! 本当は拓海の方が被害者なのに、あの女たちは警察でも軽く事情を聴かれただけでゲラゲラ笑いながら帰って行って、恐らく学校からの処分なんかも無い! こんなの不公平ですよ!」


「落ち着きなさい。その子達はこの学校の生徒じゃ無い。いくら先生でも出来ないことはあるんだ」


 それは落ち着いて考えれば当たり前のことで。それなのに、頭に血が上った俺は受け入れられなかった。どうしようも無い怒りが湧き上がって来て、心がぐちゃぐちゃで、ただただ涙が溢れた。


「許せない! 絶対に許せない! あいつら、拓海の彼女を自殺しようとするまでいじめて、拓海のことも嘲笑って……あんな奴ら、あんな奴ら、生きてる価値すら無いよ!!」


 パンッと乾いた音が響き、左頬に痛みが走った。

 叩かれたのだと理解するまで、少しの時間がかかった。


「そんな言葉を二度と使うな!」


 呆然とする俺の両肩を掴み、語り掛けてくるナナ先生の顔は怒っていて、どこか悲しそうで、そして、どこまでも真剣だった。


「『生きてる価値が無い』なんて言葉、他人にぶつけたらダメだ。相手のためじゃ無い。自分のため、君のために、二度と使ってはいけない。わかったね?」


 真っ直ぐこちらを見つめる瞳に、急速に自分の言動が恥ずかしくなった。怒りに任せてただ暴言を吐いた。まるで駄々っ子だ。


 視線を逃れるように下を向いてしまった俺に、ナナ先生の優しい声が響く。


「友達のために怒る、それ自体をダメだと言ってるんじゃ無い。でも、怒りに飲まれちゃダメだ」


「……はい」


「もう一つ。お前のその怒りは、純粋に芳澤のためだけのものか?」


「何を……?」


「申し訳ないが、お前の過去については、聞かせてもらっている。芳澤のかつての恋人へのいじめ、それに対する怒りは、同様に、自分をいじめてた者達に対する怒りなんじゃ無いのか?」


 言葉が無かった。自覚すらしてなかった。自分でも抑えようの無い、身体の奥底から湧き上がって来るような怒り。あれは自分の過去に囚われたもの……


 みんなの視線が脳裏に蘇って来る。再び。赦されたはず、なのに……。


 その時、ポンッと頭の上に手が置かれた。優しく。そしてまるで子供をあやすかのようにポンポンと軽く叩かれる。


「辛かったな」


 ハッと上げた視線の先、ナナ先生の瞳はどこまでも優しくて──俺はもう、涙が止まらなかった。





「……ず、ずびまへん」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ただ謝罪を繰り返す。

 そんな俺をナナ先生は、ただ優しく、辛抱強く、泣き止むまで見守ってくれていた。


「……すみませんでした。取り乱して、お恥ずかしいところを」


 涙が枯れると急に恥ずかしくなってきた。

 子供みたいに駄々をこねて、泣きわめいて……


「大丈夫だ。泣きたい時は泣けばいいんだよ。先生はそれを恥ずかしいことだなんて思っていない」


「……でも、これじゃまるで子供じゃ無いですか」


 恥ずかしさに俯く俺の頭に再び優しく触れる手がある。


「何言ってる。君はまだ16歳なんだ。まだまだ子供だよ……だから、困ったら大人を頼りなさい。わかったね?」


 ポンポンと頭を軽く叩いてくる先生。

 普段なら、子ども扱いするなと文句を言うところなのだろう。


 だけど、それは、殊更子ども扱いすることで、俺の心を軽くしようとしてくれているわけで。


 その、先生の優しさがわからない程には子供では無くて……


「はい。……ありがとうございます、ナナ先生」





「さて、話は終わりかな」


「あ、あの、すみません、もう一つだけ」


 そろそろ話は切り上げ時だったが、一つだけ忘れていたことを思い出した。


「あの、拓海と早川さん、拓海の彼女ですけど、もう一度会えるようにできないでしょうか?」


「それは芳澤から頼まれたのか?」


「あ、いえ、そうでは無いですけど、早川さんが自殺未遂を起こした後、会うこともできずに離れ離れになったと聞いたから。俺は喧嘩別れしてしまった夏月と再会できたけど、あいつは再会できてないから」


 その願いに、ナナ先生は難しい顔をして考え込んでいた。


「それは、そう簡単にはいかんぞ」


「何故ですか?」


「芳澤はその一件以降、早川さんと連絡が取れていないんだろう? 芳澤から連絡が取れないのはわかる。早川さんの連絡先が全て変わったんだからな。だが、芳澤の連絡先は変わっていない。これがどういうことかわかるか?」


「あ!」


「そうだ。早川さんから芳澤には連絡を取ろうと思えば取れるんだ。だけど連絡が来ていない。つまり、早川さんの方が芳澤に会いたくないと思っている可能性がある」


「何故?」


「そこまではわからんが……彼女は芳澤と付き合ったことでいじめられてたんだろう? 芳澤と会うことで、過去を思い出して辛い……というのはあるかもしれないな」


「なるほど……」


 確かにそれはあるのかもしれない。自殺未遂にまで追い込まれるほどだったのだ。思い出したくも無いだろう。そんな相手の気持ちも考えず、俺はまた勝手に暴走して……


「まあ、でも、努力はしてみよう。教育委員会の知り合いに相談してみるよ」


「え、いいんですか?」


「大事な生徒の頼みだからな。さっき『大人を頼れ』ってカッコつけてしまったし」


「カッコつけじゃ無いです」


「ん?」


「ナナ先生は本当に……カッコいいです」


 言葉にするのは恥ずかしいけど本心だ。こんな大人になりたい、そう思ってしまった。そんな俺にナナ先生は──


「ありがとう。嬉しいよ」


 優しく、微笑んでくれたんだ。


次回は梨沙、夏月と3人で里帰り。

4月9日(水)20:00頃更新。

第37話「過去との対峙」。お楽しみに。

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