新聞記者、トルカ村を取材
勇者の訃報からしばらく経った後、トルカ村を取材したとある記者のコラム
『世界を救った勇者カイトの訃報から、もう一年が経とうとしている。
巷では「悲劇の勇者」や「最後まで愛を貫いた勇者」として、勇者カイトの愛憎劇を題材にした娯楽小説や演劇が大人気だ。
当初こそそういった小説を発禁にしたり演劇を規制したりと必死だったサランバルトだったが、他国で発行されるものまで禁止することは叶わず、輸入も完全には止められず、その悪足掻きが更に悪評を呼び悪循環。今や完全に諦めたようである。
そのおかげで——しがない平民の記者である私が執筆することになったこのコラムも、無事次の号に載せることが出来そうだ。
勇者がその最愛の恋人と死を遂げたことが明らかになった日から、二人の故郷であるトルカ村は大変な騒ぎだったらしい。
連日他国の新聞記者が押し掛け、サランバルトの勇者関連の記事への規制がなくなってからは自国の記者が押し掛け、勇者とその恋人の在りし日々を村中に聞いて回って。
村人から聞き出されたエピソードの一つである、幼い二人が交わした結婚の約束は最早勇者の演劇で外せない鉄板のシーンである。この話が流行ってから各国での結婚指輪の相場がぐんと上がり、世の男性達の懐を直撃したのは記憶に新しい。
そして、そんな騒ぎからしばらくの時が過ぎた今——私は、勇者の恋人の父親、トルカ村の村長に取材を取り付けた。世界を救い、最後まで愛を貫いたとされる勇者だが……父親にとっては娘を永遠に奪っていった憎き男ではないか。当初のどんな取材にも穏やかに答えていたらしいその村長の本音を、時が経った今こそ吐露してもらえないか。という思惑があって、この度我が社は再びトルカ村へ赴いたのである。
結果として。我々の思惑はただの下衆の勘ぐりだったと言わざるを得なかった。何故なら私達の「勇者をどう思ってるか、娘に会いたくないか」という質問に、村長は畑を指差しこう答えたのである。
「勿論会いたいですよ。でもね、二人からの書き置きで、誰も追ってこれない遠い遠い地で幸せに暮らすから心配しないでくれと書いてあったんです。そんなに遠いなら、中々帰って来れんでしょう。だから今、コレットの好物だったルビーイチゴと、カイトの好物だったグリーンベリーを育ててるんですよ。保存が効くようにジャムにする予定で。二人が帰ってきたら、沢山持たせてあげられるように」
畑を見ると、その通り沢山のルビーイチゴとグリーンベリーの葉が生い茂っていた。「二つ共このあたりでしか育たんから、きっと二人もその遠い地では食べられずに恋しがってるだろう」と村長は語る。
その目を見て、私は確信した。村長に勇者への恨みなど一片も無いと。ただただ二人がいつか帰ってくる日を信じて、二人の好物を用意して、待っているのだと……』
「わーい!グリーンベリーのジャムだ!こんなに!?持ち切れるかなぁ」
「やったぁルビーイチゴ!懐かしい〜!カイト、全部持って帰るわよ!」
「おうおう、好きなだけ持って帰れ。勇者ベリーとコレットイチゴだぞ。今や他国にも輸出してバカ売れの大人気商品だからな」
「え?何て?」
「まだ実がなる前くらいに記者が取材に来てなあ。せっかくだからお前達の好物ってことで宣伝させてもらったんだ。おかげでブランド名もついて一躍大人気商品、これでこの村も安泰だ」
「お父さん……商魂逞しいんだから……」
「お義父さん……さすがです……」
勇者の訃報から一年数ヶ月。通信魔法を完全に遮断する魔力絶縁体を開発し、カイトがコレットを連れてトルカ村へ帰って来た。勿論産まれたばかりである二人の子も一緒に。
そして一年前に出来なかった挨拶回りをようやく終えて、グリーンベリーとルビーイチゴの——いや、今や勇者ベリーとコレットイチゴと呼ばれるそのジャムを沢山お土産に貰い、皆に見送られ村を発った。次に帰る時は、今まで程間を開けないと約束して。
村長はカイトとコレットが生きてるとしっかり信じてました(^-^)