ボルタ編 その3
過去の話しが出ますが、またの機会に披露できればと考えています。
ちょいと血なまぐさい話しなので(今回も十分血なまぐさいですが)
いよいよ、ボルタもどきが攻めてきます。
さてジタンの戦いは?
9 龍の瞳
『祟り神が目覚めれば、世界は滅ぶ」
その忌まわしい言い伝えを知る者は少ない。
しかし祟り神の恐ろしさを知るジタンには、まだ記憶に新しい。
祟り神を滅ぼすことは事実上不可能と言われている。
その為対祟り神には完全封印の法を使う。
念法者にしか出来ないとされる封印の法である。
地の底に沈めた祟り神の上に念法者が作る封印石を設置する。
更に封印石の四方に聖なる社を祭り、儀式を完成させる。
数千年に一度、天空より舞い降りる祟り神を念法者は命をかけて、封印してきたのだ。
その数13。
世界には洋々な形の封印石が点在している。
どれも超巨大なモニュメント形態になっていた。
ボルタ神もそのひとつである。
祟り神ボルタの封印石を守る社のひとつが破壊された。
原因は調査中であるが、簡単にできるわけではない。
あと三つの社が有るが、封印の力が弱まった事は確かである。
社が二つ、三つと破壊されれば祟り神復活を阻止する事が難しくなる。
ボルタ神復活の危険性が上がったと言ってよい。
しかし、既に念法者の血筋は絶えて久しい。
祟り神を封印する術が無いのだ。
ー まだボルタが、本体が目覚めた訳では無い。
城下には大雨と大風の被害はほとんどなかったが、近隣の村で幾つかの被害報告が、上がっていた。
川の氾濫が数カ所、畑への浸水、家屋への浸水、山道での土砂崩れ、等々が報告されていた。
アンバルの町を襲った大災害の被害報告はまだ時間がかかる。
国王も臣下に調査団の派遣を促している矢先であった。
そこにジタンから『アンバルの町に異変あり」と言われた。
ジタンは差し迫った状況にあることを告げた。
誰もが息を飲んだが、ジタンはかまわず説明した。
『まず、集められる限りの魔法師の召集をお願いします」
『なに?集められる限り、だと?」
流石に王は顔を歪めた。
『はい、それも大至急です」
『あい分かった。直ぐに手配しよう」
言ったのは魔法師神官レインであった。
王は驚いてレインを見た。
ー 何人集めるつもりなのか?
と、眼が聞いていた。
『レベルを考えなければ、訓練師も含め約1500、でしょうか」
レインはさらりと言う。
この時ジタンとレインはアンバルの災害をある程度掴んでいたのかも知れない。
ー アンバルの大災害!
ジタンは三匹の従者から逐次連絡を受けていた。
レインは、多分拙攻部隊を出して報告を受けていたに違いない。
アンバルを食い尽くした黒い絨毯は、必ず血を求めこの城下へとやって来ると踏んでいた。
『魔法攻撃で迎え打つのですか?」
ゴルディンが問う。
総司令官の顔である。
『いえ」とジタン。
『祟り神、多分もどきでしょうが、それでも、奴には魔法攻撃は通じません。最初の攻撃は多少効くでしょうが、」
『では、何故?剣で戦うのか?」
『剣も効かないでしょう」
斬っても斬っても、ボルタもどきは再生してしまう。
不死身の怪物。
ゴルディンは腕組みをして黙ってしまった。
『魔法師には結界魔法陣を作ってもらい、奴を閉じこめます」
『結界精製槍を使うか?」
レインがぼそりと言う。
『はい、ランサーは多分20000本必要でしょう、それで向かってくるボルタの黒い絨毯を取り囲みます」
『20000!」
王も、ゴルディンも息を呑む。
『多分、広範囲で囲わないと逃げられますから」
だがレインは落ち着いた声で言う。
『分かった、直ぐに取りかかろう、しかしボルタは移動しているのであろう、結界に入れられるのか?」
『雷が最初の頃なら幾分効果があると思います。空中からの攻撃で動きをある程度止められるはずです。長くは持ちませんが」
『なるほど、では空中攻撃部隊の編成も必要だな」
レインはなにかブツブツと呟きはじめていた。
誰かと話しているようだ。
ラディオン王はまだ半信半疑だが、ジタンを信じる気持ちは変わらないようだ。
だが、それでも事の大きさが実感できずにいた。
あまりにも現実ばなれしている。
30年何事もなく、この国を治めてきたのだから。
『結界を敷いてその後は?」
王の素朴な疑問であった。
『剣も魔法も効かぬ相手にどうやって?」
ゴルディンも疑問を口にする。
『私が結界の中に入ります」
『ジタン殿お一人で?」
ゴルディンが思わず聞き返した。
『何か策があるのか?」とレイン。
『これを使います」
ジタンは懐に忍ばせてあった懐中袋を取り出し、中から大きめの宝石を付けた指輪を出した。
宝石は動物の瞳を連想させる輝きを放つものであった。
真っ赤な瞳の宝石。
『それは?」
王とゴルディンは同時に言った。
宝石の瞳はまるで生き物のように採光の部分がギラリと変化したように見えた。
しかしレインは指輪をチラリと見ると、直ぐに視線を外して言った。
『火炎龍の瞳では?恐ろしい物をお持ちだ」
レインは見てはならない物を見てしまったかのように、顔をそむけた。
魔法師に余りにも危険な輝きであった。
持つ者を滅ぼすと伝えられる凶悪なる神器とされる、
ジタンは指輪を再び懐にしまった。
『その指輪がどれほどのマジックアイテムかは解らぬがボルタを駆逐出来る物なのか?」
王の至極真っ当な疑問である。
レイン神官がジタンの代わりに答えた。
『指輪はマジックアイテムではありません。多分、私も初めて実物を見ましたが、ドラゴンズアイは伝説の神器、古の法具と呼ばれる物です。
魔法攻撃が効かない相手でも効果があると、期待できるでしょう」
『ドラゴンズアイ、ふむ、」
王は尚更意味不明な表情になった。
『無駄な血は流したくないので、この作戦で動いてもらいたいのです、よろしくお願いします。あとゴルディン殿には城下の警護に尽力をお願いします」
『おまかせあれ」
ゴルディンは胸を張る。
『小さな指輪一つが頼りとは、いやはや」
王の感想は当たり前であろう。
ジタンはそれ以上何も言わない。
時間が惜しいと言う事になり、ジタンとゴルディンは早々に王の部屋を後にした。
ボルタの一件が片づいたら、またゆっくりと会う事にした。
塔を出てゴルディンはジタンに疑問を口にした。
『ジタン殿の、そのなんですか、指輪で駄目な場合は、その、後何か良い策がお有りなのでしょうか?」
ジタンは予想していたのだろう、薄く笑うと。
『その時は全員直ちに、この地から逃げるだけだ」
『え、!」
『一刻も早くね」
ゴルディンは言葉が無かった。
◆◆◆
『私も直ぐに手配をします。衛士の編成をしなくては」
ゴルディンとわかれ、中庭に差し掛かった所で煙のように現れた年若い魔法師に呼び止められた。
まだフードを付けず、紫色の魔法師用マントで躰を覆っている。
栗色の巻き毛が可愛い少年であった。
レインに言われ、ここで待っていたのか。
二人っきりで話したいことが残っているのだろう。
『ジタン様、レイン神官長様より神官執務室まで起こし願いたいとのことで、ご同行お願いしますか?」
『あいよ」
ジタンは呼ばれる事を予測していた、二つ返事をする。
迎えの魔法師に連れられジタンは、中庭を横切り宮殿中央に向かった。
目の前に白亜の巨大宮殿がそびえている。
一般人も許可を貰えば、この庭園まで見学をする事が出来る。
しかし、この先は駄目である。
守護の衛士がしっかりと検問し、不審者を排除していた。
ジタンは先導する魔法師のおかげで、見とがめられる事も無く検問を通過した。
美しく磨きあげられた白亜の中央階段を3階まで上り、広い踊り場にでる。
ひんやりとした廊下を左に曲がると神官執務室があった。
重そうな、分厚い扉が軋みながら開いた。
執務室の中は以外と広い。
壁一面に書棚が設置され、厚い書物がギッシリとつまっている。
収まりきれない本が床に、所狭しと積み重なり山となっていた。
部屋の奥に重厚はでかいデスクが、ドンと置いてあった。
デスクの上にも書物が山と積まれている。
山の間にレインの頭が見えた。
フードは外してあるようだ。
いつの間に移動したのか?
魔法師の魔法師たる由縁であろうか。
『レイン神官長様、ジタン様をお連れしました」
『ご苦労、下がってよい」
『は、」
若い魔法師は音も無く消え去る。
神官レインはデスクで何通かの書面をしたためるとやっと立ち上がり、ジタンに部屋中央にあった応接用のソファーを薦めた。
ジタンは書物の多さでソファーに気づかなかった。
淡い朱色の、三人がけのソファーであった。
年代物であろう。
レインは向かい側のもう一つのソファーに座る。
ジタンは座るとレインと向き合った。
レインも60を既に越えているはずだ。
白髪に痩せた顔。
高い鷲鼻は健在だ。
伏せた両眼は寄る年波を感じさせるが、眼光は変わらず鋭い。
銀髪は白髪に変わっているが、若い頃からの頑固さは変わらない。
ー 魔法師の神官クラスを超えると200年は生きると聞く、レインはどうなのか?
ジタンはチラリと考えた。
『私はそんなに長く生きる気はないよ」
レインはさらりと言い放つ。
ー む、読まれている。
『陛下と伴に生き、陛下と伴にに去るつもりだ」
ー 周りがほっとかんだろ。
レインは表情には出さなかったが、少し笑ったように見えた。
『ルーと会ったであろう」
『うん」
『そう言う事だ」
『説明になってないぞ」
『おや、説明がいるのか?」
『む!」
『ゴルディンの立っての願いだ、判れ」
『禍根を残しても、絶つことはできないか」
『・・・・」
その話しはこれで終わりであった。
レインはこれを確認したかったのだろう。
ー もう、終わった事だと。しかし、あの血は残ったのだぞ、レインはそれも含めて終わったと言っている。
ジタンは一抹の不安を覚えるが、今は他にどうすることも出来はしない。
ルーに罪は無い。
そして。
『陛下は今回の事態を余り重く受け止めてはいない、実感が無いのが本当の所であろうが」
『・・・」
『王位に付いて、30年余り、大事無くやってこれた。しかし王位に付いた経緯もあるから、尚更血生臭い話しにはしたくないのかも知れない。それでも、」
『首相を置かぬのも?」
『ふ、そうだね。それもあるかも知れない、陛下は私一人で良いと言われた」
ゴルディンも協力したはずである。
生半可な事ではなかったであろう。
ー 無理もないか。
ジタンの素直な感想であった。が余り感傷に浸ってばかりはいられない。
『それで?槍はどのぐらいで?」
『誰に聞いている?槍20000本など直ぐ集めてくれる」
『ほ~ぉ、凄いね」
『だが、大変なのは、集めた槍に結界精製魔法を仕掛ける事だ」
レインはさらりと言う。
結界魔法を魔法筒に封入していく。
かなり、いや、凄く、とっても凄い作業を強いる事になる。
『魔法師1000人で作業をやっている」
『明日朝までに間に合うか?」
『間に合わせる!」
『(^-^;)」
『魔法師の拙攻を出して、逐次報告が入っているが、アンバルの地は悲惨な事に成っているようだ。」
『うむ」
『今はなにもできぬ。悔しいが」
『なんとかするさ」
レインは遥か昔の記憶が蘇る。
あの時のジタンの『なんとかするさ」には腹が立った。
なんたる無責任な言いようか!と
だが今は頼もしく聞こえる。
ー あの時と重なるようだ。
この後、空中攻撃部隊の編成の話しとか、進行を止める算段をきめて、部屋をでた。
実際問題として、槍20000本は法外な数である。
レイン神官は、ジタンにあのようには言ったが、備蓄を全て出しても20000には足りなかった。
戦争状態ではない平常時なのだから、余分になど置いていない。
城の宝物殿の槍200、大層高価な槍だそうだが、それらも全て集められた。
貴族が使用する儀式用の飾り槍やら、祭典などに使用する黄金の槍やら、根こそぎ持ち出された。
民衆、町家にも伝令が走り家で保管してある槍も接収された。
最初は皆なんだなんだと騒だようだが、ラディオン王の命令だと知ると、以外にすんなり槍集めは進んだようだ。
ラディオン王の人徳であろう。
そうして集められた槍は、数カ所に設置された仮設作業所に運ばれた。
待機していた魔法師達により結界魔法が封入されていった。
魔法師達にとって精神を疲弊させる大変な重労働であった、
作業は夜通し行われることになる。
夕闇が来る。
闇が迫る。
黒い絨毯は直ぐそこまで来ている。
10 スエ
夜明け前。
ジタンは一報を受け、大門の前で待っていた。
三匹の従者からの式による鳥型の文であった。
夜明けとともに作戦は開始される。
そのほんの少し前。
雷鳴がとどろく音が聞こえる。
早々と戦闘が始まった。
程なく、ジタンから2、30離れた場所に犬丸が姿を現した。
身に付けた鎧、胸当てや胴は真っ赤に染まっていた。
ジタンがかけよる。
背負っていた少女を猫娘がおろした。
『自分の血ではありません、彼女の、」
少女を抱えた猫娘は、そばに来たジタンに渡す。
血の気が無かった。
抱き上げた少女は随分軽かった。
『守りきれなんだ」
犬丸がボソリと呟く。
『すいません」猫娘がうつむく。
離れた場所で飛猿が肩を落としていた。
『君たちは十分に仕事をした。大丈夫だ」
ジタンはそう言って猫娘の頭を撫でた。
『スエちゃんです」
『うん」
直ぐに大門に向かった。
大門をくぐり少し行った先に治療院の仮設テントがある。
応急処置のできる施設を仮設していた。
負傷者が出たときの為、緊急に立てられたのだ。
治療に特化した魔法師が数人控えているはずだ。
ジタンは中に入ると幾つか置いてある一番奥のベッドにスエを寝かした。
控えていた看護助手がスエの身体に手早く包帯を巻いていく。
白い包帯はすぐに赤く染まっていった。
直ぐに二人の治療法師がかけよる。
が、スエの様子を見て、ジタンを見返した。
首を横にフル。
手の施しようが無かった。
傷が深すぎた。
包帯で巻かれた身体が痛々しい。
アンバルの町、最後の生き残りであった。
『少しの間でよいから、命をつなぎ止めてくれないか?」
『?、は、はぁ」
ジタンの言う意味を、治療法師二人は理解したようだ。
すぐに延命治療のルーンを切り呪文を唱え始めた。
ジタンは少女スエの手を握り呪を呟き始めた。
『スエちゃん、もう少しがんばってくれ」
ジタンの呪がづつく。
ボルタもどきの包囲までまだ時間がかかるはずだ。
爆撃の地響きか時々伝わってくる。
ジタンの呪が終わると同時にスエの息も途絶えた。
握りしめていた両手をゆっくり離す。
『あとは頼みます」
ジタンは治療法師達に言うとすっくと立ち上がった。
マントを翻して仮設テントを出る。
門までの通りは朝早いにも関わらず、兵士が慌ただしく往き来していた。
大門を出た所に三匹が待っていた。
『敵を打つぞ」
ジタンは静かに言う。
『はっ!」
三匹は同時に頷く。
◆◆◆
雷の攻撃が続いていた。
雷鳴が轟く。
空中からの攻撃で前進する黒い魔獣と化したボルタもどきを、なんとか止めようとしていた。
結界用の槍を敷設するには時間が足りない。
必死の作業が進められていた。
まだ合体をせず、分裂しているボルタもどきの思わね攻撃で、怪我人が多数出ている。
死者もでている。
包囲網がもう少しで完成する。
魔獣は気づいているのか?
そこを突破されれば、せっかく張った槍の結界が無駄になってしまう。
そうなればボルタもどきを止める手段が無くなってしまう。
『どうにかならんのか!」
ゴルディン総司令官は叫ぶしかなかった。
城の警備に人員をあて、采配を振るっていたが、包囲網部隊の劣勢を聞き、いても立っても入られず駆け付けていた。
雷の効き目がさっきと明らかに悪くなっているのがわかる。
『指令閣下、お下がり下さい。このままでなは」
『下がらね、引けば結界が出来ぬ」
『しかし!」
ボルタもどきは合体を繰り返し、巨大化をしている。
小山程の大きさに膨らんでいた。
時間が立てば槍の結界も、いつまで持つかわからなくなってきていた。
雷の攻撃で移動を遅らせているが、そろそろ種切れになりそうだ。
ゴルディン率いる小隊は全員剣を抜き、いざというときは突撃する覚悟であった。
『無駄死になるから、絶対に斬りかかるな!」とジタンに釘を刺されていた。
ー しかし、しかし、ジタン殿。
ゴルディンは唇を噛み締める。
このまま手をこまねいて、事態が悪い方向に流れるのを黙って見てはいられなかった。
『たとえ、犬死にだとしても、しても!」
ー 化け物に一太刀浴びせれば。
その時、ゴルディンの部隊がいる前の地面に黒い染みの様な丸い穴が空いた。
最初は小さなボール程であったが、気づいた時には5、6ホーンはある黒い穴になっていた。
『なんだ!?」
その黒い穴から数十人の人影が現れた。
ゴルディン隊の誰かが叫んでいた。
『アルト隊だ!」
斥候にでて消息を絶った騎士団が突如黒い穴から出現した。
全員が黒い液体の様な物を身体中に付け、眼は赤く不気味に輝いていた。
『馬鹿な」
ゴルディンの声が震えた。
アルト隊全員が人外の物に変じたと言うのか?
アルト隊が全員抜刀し、襲いかかってきた。
昨日まで仲間だった者達であった。
『応戦する!絶対にここを通すな!」
ゴルディンが叫ぶ。
『閣下はお下がり下さい!」
部下達が脇を固める。
『馬鹿を言うな!老いたりとは言え、お前達に後れはとらぬ!」
『しかし、閣下にもしもの事でもあれば」
『侮るな!そら来るぞ」
ー 結界が完成する。もう少しだ。それまで何とか。
人外の物達の剣が襲いかかって来た。
人の力を越えた魔剣であった。