第二話 ノボル
何者かに肩を叩かれ、高見は体を起こした。
「おまえ、寝すぎだろ」
高見の幼馴染みであるノボルが呆れた表情で立っていた。
寝ぼけた頭で黒板の上にある壁掛け時計に目をやる。
12時を回っていた。
高見は体から血の気が引くのを感じた。
中島さんにこの失態を見られただろうか。いや、一時間目から昼まで寝ていたんだ確実に見られただろう。
俺のバカ。高見は心のなかで自分を罵った。
中島のほうへ視線をやると、ユキ、サチと机を挟んで向かい合い、楽しそうに弁当をつついている。
「どうした高見、腹でも痛いのか」ノボルが興味がなさそうに訊いてくる。
「いや、大丈夫だ、問題ない」青ざめた顔で高見が言う。
「それじゃさっさと、屋上へいこうぜ」
高見は鞄から弁当箱を取り出し、ノボルとともに屋上へ向かった。
「おまえもいいかげん、リピドー・クエストをやったらどうだ」
弁当を食べ終え、遠くの景色を眺めていたノボルが諭す口調で言った。
「ふんっ、くだらないねそんなゲーム、現実の世界ではなんの役にもたたないし」
高見は右手に持っていたおにぎりに噛みついた。
「そんなことはないぜ、モンスターには懸賞金がかけられていて倒すと現実世界の金がもらえるんだ、このゲームを職業にしている人間もいるぐらいだからな」
そのぐらいの情報は高見でも知っていた。
新聞でモンスターランク一位の魔王なんちゃらの懸賞金が20億円になったという記事を読んだことがあった。
金をもらえる人間なんて廃人みたいにやりこんでいる人間だけだろう。自分が参加したところで金が手にはいるとは思えない。
そもそも高見はヴァーチャルな世界に全く興味がなかった。
「ばかばかしい」高見は吐き捨てた。
「でもおまえ、いつも教室でひとりでぽつんといてよ、つまらなそうだぜ、クラスっていうか校内でリピドー・クエストやっていないの高見だけだろ」
高見は鼻で笑った。愚か者め、俺以外にももうひとりやっていない人間がいるだろう。
ほころびそうになった顔を引き締めてから言った。
「その、なんて名前だっけ、えっと、あっそうだ、中島だってやっていなかっただろ」
わざと中島の名前を思い出せないふりをして、興味がない女ですアピールをした。
ノボルに中島のことが好きだということを知られたら、どんなからかわれかたをされるかわからない。
「中島って、おまえが好きな中島のことか」ノボルがさらりと言った。
「はぁ!?、ちょっ、はぁ!?、なにいっ、はぁ!?、あんなおんっ、はぁ!?ばかじゃっ、はぁ!?」
ノボルの呆れかえった視線が、隕石でも落ちてきたかのように動揺している高見に向けられる。
「たぶん、高見より後ろの席にいるやつら全員、気づいていると思うぞ、おまえ中島のこと見過ぎだ」
高見の顔が爆発しそうなぐらい赤くなる。恥ずかしさで気を失いそうになっていた。
「安心しろ、みんなゲームのことに夢中だから、からかうやつなんていないよ、おれを除いてはな、ふふっ」
殴りたい衝動に駆られたが、後々、面倒なことになるかもしれないので高見は堪えた。
ノボルが暴走して中島にチクルなんていう可能性もなきにしもあらずだ。
午後の授業が始まる時間が近づいていた。
高見は鋭い視線をノボルにやりながら教室へ戻った。




