4th Record:together⑨’
後日談、その2。母親たちの対談から話は続きます。蒼天のAIRLINEは一応このお話で完結となります。
――ロージナとカエルムの同盟が結ばれてから一週間。
友好の証として、双方から交換留学生を出す事が決定していた。数名の生徒を送り合い、互いの文化を浸透させていく目的だ。だが、初めての同盟だった為、ロージナ側では留学生の交換が滞っていた。未知の飛行艇を前に名乗りを上げる生徒がいなかったのだ。
そんな中、一人の少女が率先してカエルムへの留学を決意した。
ロージナとカエルム、両方の総艇長はその少女の立候補に賛同している。彼女がカエルムへと渡る事で、様々な準備が省略出来たからだ。
カエルムへと来る留学生の名は、リリス・エレフセリア。
世話になる寄宿先も即座に決まった。長い月日を過ごしていた事もあり、自然な対応としてロージナの過半数が認めている。
正々堂々と胸を張って、リリスはカエルムへ戻る事を許された。
「そんなに胸を張っても身長は変わらないよ?」
「変わります! 二、三センチは伸ばせるんですっ!」
「測定時の姿勢だよ、それは。根本的に変わってないんだって……」
背筋を伸ばすリリスに対し、カインドは呆れ顔を浮かべた。
学園の内部だと称される通路を歩いて、数十分。ミエンとアネットを加えた彼等四人は見覚えのない道を誘導されていた。
「随分と暗いわね。……こんな所来たの、初めて。ミエンは?」
アネットが周囲を見回しながら、反対側の友人へと訪ねた。
「アタシも知らねーよ」
ぶんぶん、とミエンが赤い髪を左右に振った。彼女の隣を進むカインドも不思議そうに眉根を寄せていた。どうやら、一般的に公開されている通路ではないようだ。
「…………ここだ」
低い声が通路内で反響した。四人をここまで案内してきた彼が、ある扉を前にして呟いていた。誘導してきた男の巨体が眩む程の大きな入口が立ちはだかった。
男がリリス達に背を向けた。手元が蠢いている。扉を開けようとしているのだ、と容易に想像は付いた。だが、扉は中々開く気配がない。背中から観察しているだけでも、複雑な手順を行っているのは明らかだった。
「この先に何が有るんですか、ボーデン総艇長」
カインドが訝しげに声をかける。それは少女達三人の疑問を丸ごと形にしていた。
数秒間の無言が返る。ボーデンの腕は動いているのだが、口は動かしてもらえなかった。聞こえていない、という可能性が脳裏をよぎる。カインドも同じ様に考えたらしく、リリスの横で再び訊き出そうとしていた。
だが、彼の問いかけより早く、総艇長の解答が見せつけられる。
「これを見れば、分かる」
ごごご、と振動が地面を通じて響く。
ボーデンの目前を塞いでいた扉が段々と開かれていく。厳重な開錠が今になって完了したのだ。ひんやりとし風が、広がる隙間から流れてくる。向こうには空調設備がある、とリリスは感付いた。
そして、その予想を遥かに超えた光景が、リリスの視界に飛び込んだ。
「な……」
誰かが呆然と声を晒す。特定は出来ない。それ以上に、リリス達の全身を衝撃が駆け抜けていった。瞬きも呼吸も、心臓の鼓動さえも消え去った様だった。
部屋には幾つもの機械が壁に沿って並んでいた。大小は様々であり、正確な室内の広さは不明である。操縦席の機器に似た稼働音から、全てが作動している事は容易に知れた。
天井で伸びているパイプから発せられた光が、部屋を幻想的に淡く照らす。その真下に設置された円柱状のカプセルも同色に彩られる。
「ここが」
ボーデンが目を見開く生徒達に教える。
「カエルムの操縦席だ」
彼の鈍重な響きが、カプセル内に漂う操縦者の反応を濃くした。
『ようこそ。わたしの、へやへ』
出迎えたのは拙い舌使いだった。
少女の意識と繋がった光が度合いを強める。カプセルに満たされた液体は刻々と強弱を変えていった。機械の故障とは思えない。明らかに、ガラス状の容器に閉じ込められた少女による仕業だった。
リリス達は未だに驚きを隠せていない。それぞれに感じた驚愕を、表情へと深く刻み込んでいる。
『はじめまして。シャイナ、です』
十歳前後であろう少女が、頭を下げる。瞬いているかの様に純白が動いていた。薄い緑色の液体に静まっていようが、少女の白さは兎に角目立っていた。頭からつま先に至るまで穢れが無い。
輝きに似た白に当てられたリリスは、ぽつりと呟いた。
「天使……」
普段から聴き慣れた名称の存在が眼の前にあった。比喩ではない。目を擦ってみたが、リリスの視界から年下の少女は消えていない。幼さが前面に出た顔立ちもリリス自身を見つめている。現実だよ、と訴えかける目だ。
「こんなことが、有り得るのか……?」
カインドが閉じない口元を掌で覆い隠した。彼もカプセル内の少女に衝撃を受け、身体が麻痺している様だ。
リリスも同じ意見だった。シャイナという名前の少女には親しみを覚えながら、矛盾するような愕然を痛感させられた。
輪郭を超える輝きを持った物体が、彼女の背後から伸びている。
――シャイナの背中から生えていたのは、翼。
少女の背面には白い十二本の羽が左右対称に展開されている。小さくはあるが、間違いなく天使の翼だ。時折に先端が振れている。それも周囲の機器と同じく、少女――シャイナの意志が関与していた。
『なんか、はずかしい』
シャイナが自身に降り注ぐ視線に頬を染めた。後ろの数多い羽を振り返り、体に隠れる程に折り畳む。やはり、翼は彼女から生えている物だった。
『……おねえちゃん』
翼を生やした少女が呼びかける。その目線はリリスへと向けられていた。
「…………声から察していたのですが、やはり、貴女があの時の」
『うん』
シャイナが小さく頷いた。
その時、アネットが唐突に叫び出した。
「ああ! それって、まさか!?」
カプセル内の少女が細い双肩を上げる。近くに居るリリスも彼女の方を振り向かずにはいられなかった。何事ですか、という疑問を持ってアネットの顔を除く。
「ほら、ミエン。任務の時に聞こえた、あの大声よっ」
「そういや、耳の中で凄え声が響いたな。……そんで、次の瞬間には」
正面の天使に目を奪われたミエンはその先を口にしなかった。顔を固定したまま、彼女は自分達を囲む機械に横目を向けた。カエルムの操縦席とボーデンが称した部屋。それらと連結している少女が居る以上、答えは一つだった。
『あれは、わたしだよ』
翼を生やしたカエルムを飛ばしたのは自分だ、とシャイナが惜しげもなく晒す。えへへ、と子供らしく自慢げに笑っていた。
カエルムにおける一人目の大天使階級。
名前や年齢、性別さえも不明だったその存在が、彼女達の前に姿を現していた。神秘的にして非現実的な翼も携えている。直感的には認めたのだが、理性がリリス達の納得を妨害していった。
「リリスちゃんよりも幼いじゃないか。……このリリスちゃんと比べても、やっぱり年下にしか見えない……!」
要領を得ないカインドの驚愕が繰り返される。驚いているのは分かるのだが、琴線の在処に共感できなかった。
「今じゃなかったら頭突いていましたが……許しましょう」
色々と気になる指摘から外れ、リリスは改めてシャイナを見つめた。
十二枚の翼を含め、リリスの視線はシャイナへと釘着けになった。人間離れした少女だが、リリスは親密感を抱いた。話が本当であれば、シャイナは自分と同じ大天使の階級だ。そうした共通点が見た目の衝撃を和らげてくれる。
『……げんき?』
白髪の少女が尋ねたのは、突然だった。
「へ?」
きょとん、とリリスは目を白黒させる。間延びした舌使いによって、言葉の理解が少しだけ遅れてしまった。
『おねえちゃん、もう、つらくないの?』
気遣う様な口調が聞こえて来た。心配している。その事実がリリスの胸中に駆け抜けていった。そして、これまでの出来事も同時に思い返す。
シャイナの声はこれまでに何度も頭に響いた。自分が辛かった時、必死に支えてくれようとした。ロージナ救出作戦の際には、カエルムを駆使して窮地を救ってくれた。大天使階級としての先輩であり、恩人。
翼の生えた外見など些細な事だった。リリスは彼女から受けた親切を何倍にも増やして返して上げようと思った。
「――――はいっ。私は、元気です!」
カエルムの広い操縦席に、リリスの声が響き渡る。
近隣でカインド達は笑みを浮かべていた。活発なリリスの反応に、安堵を漏らしている様だった。
一方で、少し離れた場所にてボーデンは腕を組んで立っていた。表情には変化がない。シャイナとの邂逅を見守る中、リリスの態度を咎める事もない。
『よかった』
幼い恩人は顔を綻ばせた。
リリスも釣られて笑う。心が通じ合った、共鳴の如き安心が胸の奥で芽生えていった。きっと彼女とは仲良くなれる。いや、きっと自分達は既に友達なのだ。
『……えっと、あのね。それでね』
ふと、シャイナは顔を赤らめながら俯いた。リリスの復活を知ってか。何処か遠慮気味な態度だった。
「……」
その先が言われなくても、リリスは少女の考えている事に予想がついた。自分もかつてはそうだった。だから、分かる。そんな自分であるから、逡巡するシャイナへの対応は自然と振る舞える。
手をシャイナの前へと差し出し、リリスは誘った。
「どうぞ」
シャイナは戸惑いながら、願いを口にする。リリス達を救った時に告げていた、リリスへのお願い事を。
『わたしと、いっしょに、とんでくれませんか?』
かつてリリスがカインドへと向けた言葉と、それはほぼ同じだった。当時のカインドはすぐに「ああ」と了承してくれた。あれから数か月。自分が彼の側に立って、似た台詞を聞くとは夢にも思っていなかった。
リリスも、カインドを見習って一言で答える。
「いいですよ」
当然イエスしか選ばない。それ以外の選択肢は脳裏には微塵も浮かんでこなかった。下手をすればシャイナが言い出さなくてもリリスから申し出ていたかもしれない。そう考える程に、目の前の少女を連れ出したかったのだ。
「行きましょう、一緒に」
ここからは見えない蒼天の世界。少し前までの自分が憧れ、手が届かなかった世界。
今、リリスはそこへ自分の意志で飛んでいける。ロージナとのしがらみも解け、蒼い海へと羽ばたいていける。
心が躍り、誰かに気持ちを分けてあげたくなった。もう一人増える位が丁度いいのかもしれない。シャイナの願いは又とない機会だ。狭いカプセルの中から彼女を連れ出し、空へと連れて行こう。
「そこでは狭すぎます。貴女も、私達と一緒にもっと広い世界へ行くべきです。……不肖ながら、私が連れて行ってあげますよ」
差し伸べられたリリスの手に触れようと、シャイナがおずおずと片手を前へ突き出す。だが、細くて白い腕はカプセルの壁によって阻まれた。透明な壁がリリスとシャイナの間を区切る。
二人の距離は明確だった。近い存在であろうが、見えない何かが存在している。その何かが、実態として動きを抑え込んでいた。
――三十年前の超重力爆発より前に開発されていた機体。
――活発化してきている黒雲。
――最上位の熾天使階級とつながりのある、カエルム総艇長。
――そして、翼を生やした大天使階級の少女。
ロージナとの問題が解決されようが、疑問は山積みである。リリスは全てを把握しきれなかったが、話題を口にしたカインドは浮かない顔をしていた。
……何とか、なるでしょう。
無責任とは思いつつ、リリスは気楽に考える事とした。悩むのはやはり自分らしくない。頼れる先輩が今後も調査を続けてくれるらしい。リリスはその提案に甘えた。彼はリリスに対してこうも言っていた。
『君は君らしく、自由でいてくれ』
ならば、彼の言葉に素直に従おう。望み、望まれている生き方を、リリスはこれからも貫いていくのだ。
「返事は?」
リリスはシャイナへと問い返した。透き通る壁を隔てた先で、呆然とした白い顔が晒されていた。何だか見覚えのある顔だと思った。
年下の少女は小さく頷き、数秒の間を経て答える。
「うんっ。……ありがとう、おねえちゃん」
少年少女は、見据えきれない未来を描き、飛ぶ事を願う。どんな困難があろうとも、明日への前進は止められない。空の住人にとっては、それは空を飛ぶ事だった。
あの日、あの空、あの瞬間。
蒼天へ、光の航空路はきっと刻まれる――。
【4th Record:together Fin】
蒼天のAIRLINE、完結。伏線は色々と残りましたが、これで終わりとします。この4thRecordまでが第一部となっており、第二部も構想していたのですが、人気があまり出なかったので、完結とさせていただきました。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました!




