第七話:見たくない断面
第七話
野球部が壊滅した…たった一人を残して。
文字だけみると戦闘でも起こったみたいだな、おい。
そんな噂を聞いて、俺は運動会の練習後に向かった。
「たのもー」
部室の前では別に戦闘は起こっていないようだ。噂によると特殊部隊がやってきて野球部部室に眠るアンデッドの秘宝を奪っていったとか、金なら五枚銀なら一枚の某嘴をとりに来た等々…色々と噂はあったんだけどなぁ。どれも信憑性に欠けるものだ。
「あ、白取先輩」
部室の扉が開いて、鈴が出てくる。どうやら、ここは噂通り日本人形のような可愛い後輩一人しかいないようだった。
「……本当に壊滅してるんだな」
一体、何があったんだろうか。
野球部の連中に話を聞きに行ったら殆どいないし、学園に来ていた数人の野球部員は『野球部に所属?僕は二次元研究同好会に所属しているよ』なんて記憶が違う人もいた。幸せそうな顔をしていたからそれ以上立ち入った事は聞きづらかった。
「約束通り、来てくれたんですね。あ、今お茶を入れますから」
「お構いなく」
この部室は野球部のはずだった…汚いと思っていたのにかなりきれいで、畳とか敷いてある。掛け軸とか、生け花、高そうな和風の壺とか置いてあるし、茶道部か?」
「はい、どうぞ」
「あ、ああ…わざわざすまん」
「気にしないで下さい」
野球部部室で、其処のマネージャーと一緒にお茶を飲む…そのために、此処に来たわけではない。
「…それで、何で鈴は一人なんだ?」
「実は、皆さん辞めてしまったんです」
「顧問もだろ?」
「はい」
顧問の真柴だとかいう先生も鈴が入部した次の日から学園に来ていないらしい。マネージャーがいない時に何かあったのではないかと噂になっていた。
「一体、何があったんだい?」
「…特には。あ、私はボールが頭に当たりました」
「頭?大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。他の部員が驚いて…泡を拭いて倒れたんです」
もしかして、派手に血が吹き出たとかだろうか。ここの野球部員はへたれの巣窟だって噂だったけど…ボールが当たっても血は出ないだろうしなぁ。
「目撃している人を探してくるよ」
グラウンドの隅が野球部の領地みたいなもんだ。一部活が独占しているわけではない為、もしかしたらグラウンドに居た他の生徒がみているかもしれない。
「それなら練習風景を撮っているビデオがあります」
そういってビデオカメラを指差した。
「ちょっと、待っててくださいね」
お茶のお代わりをもらって飲んでいると鈴はビデオカメラとは反対の方向へ…つまり、扉の方へ歩き出した。
「これでよし…っと」
「あれ?何で鍵をかけてるんだ?」
「いきなり誰かが来たらびっくりしてしまうので」
ホラー映画だったらわかるけど、これは単なる野球部の練習風景だと思うんだが。
「再生…は、どうするんでしょう?」
どうやら機会の使い方が良くわからないらしい。
「ちょっと貸してみな」
「え、で、でも、白取先輩はお客様ですから」
野球部にやってきて此処まで言われるのはどの学園や学校でもあるまいよ。
「気にしないでくれ…よし、これで準備オーケーだ」
「ありがとうございます。隣、失礼しますね」
鈴が隣に座ると髪からいい匂いがした。いかんいかん、今は野球部の映像に集中しなくては…。
画面に映し出されたのは単なる野球部の練習風景だ。打者のバッティングにズームしたかと思えば、打った球を追いかけて守備の一人がエラーした。
三回に一回エラーってどういう事だ…いや、それは置いておこう。
この学園の野球部が弱いと言う噂は聞いていたし、そもそも部員数が十人ちょっとしかいない。それでも、全員やめるのはおかしい気がした。
二十分ほど経ったところで鈴が画面を指差した。
「あ、この時です」
「……え」
簡潔に言おう。
鈴の、黄金鈴の頭が…取れたのだ。
部員の放ったボールに当たった瞬間、ぼてっという擬音が聞こえてそうな感じで地面に落ちた。
何だか、みないほうが良かったような断面が、見えた気がした。気のせいだと…思いたい。
映像が止まったわけではない…野球部のほとんどが泡を拭いて倒れ、何人かが呆然としている…静まり返ったところで映像は終わった。一言いいたい、どんだけしょぼいメンタルなんだ…。
「また見ますか」
「いや、いい」
脳内にしっかりくっきり…今晩、悪夢でも見そうだ。
今、隣に居る少女はさっきの映像だけを見ると首が取れたはずだ。生きてはいまい…と言う事は、やっぱりこれは何かの冗談か?
「あの、顔色悪いですよ…」
「ちょっと、疲れちまったみたいだ」
ラブコメ見てたとおもったら下手なサスペンスをみた気分だ。
出ようとすると、鍵がかかっていた事を思い出した。ちょっと混乱しつつ、がちゃがちゃ鍵を鳴らしまくる。
「もう、帰ってしまうのですか?」
「あ、ああ…でもまた来るから」
背後に鈴がいる。しかも、かなり近い距離だ。
こういう時に背後を振り返ってはいけない。落ちついて鍵を外す。
扉を開けて在る程度距離を開けて振り返る。
てっきり、不敵に笑っている黄金鈴が立っていると思っていた。
少し泣いている女の子が寂しそうに立っているだけだった。
「あ、あの、話だけでも今日聞いてくれませんか」
「…………あー、もう、わかったよ」
得体のしれない相手でも、女の子だ。しかも、可愛いと来た。それなら話を聞くしかあるまい。




