8 鼻歌
エルフの使者達を対応した後、私は一人で会場内を見て回っていた。
ルカは国王に呼ばれ、近隣貴族達への挨拶へと向かったようだ。
横を通りかかったときに聞こえてきたのは見合いがどうとか跡取りがどうとかの話。
彼女は女の子だ。国としても、たとえ彼女が女王となって国の顔となったとして、その横に立つ婿が必要なのだろう。
その地位を狙っている貴族は非常に多いとか。
王族ってのも大変なんだな。
少なくとも前世で一般人として過ごしていたはずの彼女が、器になった人間が王族だったが故に王族としての教育を受けさせられる。
そして彼女の凄いところはそれをこなしている所だ。
元々異世界やこうした世界に知見があったとは言え、それでも普通の女子高生がたった数年で王族としての立ち振る舞いを完璧に習得していた。
振る舞われている料理もそんな彼女の気遣いによるものだろう。
全体的に野菜や果実、キノコといったウサギとしての私が食べやすいものを中心として、それらを晩餐会で出ても違和感の無いような配分でちりばめている。
料理長にお願いしてくれる彼女の姿が目に浮かぶ。
お陰でウサギとしての種族的体裁を違和感なく守れている。前世が人間なのとその他スキルも相まって肉や魚も普通に食べられるのだが、少なくとも今は『肉を食べる聖獣』という印象を人間に与える必要は無いだろう
こうした細かいところでも私はルカに守られていた。
一年前に私が守るためにスキルを与えたと思っていたのにな…
「ウサギ様。」
そんなことを考えながら私用のテーブルに盛られた野菜の盛り合わせをつまんでいたとき、リウス法国の使者が声をかけてきた。
名前は確か……
「ディアル枢機卿、こんばんは。」
リウス法国の使者、ディアル・ベスジーガ枢機卿。
挨拶の時にいた付き人達の姿は見えず、今は彼一人のように見える。
「お食事中でしたかな?」
「ええ、まあ。王女様が私向けの料理も用意してくれていましたから。」
「やはりルカ王女殿下のお考えでしたか。いやはやどうにも晩餐会にしては体に優しいメニューばかりで、私も助かっております。」
「何か私にご用でしょうか?」
「いえいえ、改めてご挨拶をと思いまして。マルル大森林は我々の信仰する神人様とも浅からぬご縁があると思っておりますので。」
丁寧な礼だ。
彼らの国はマルル大森林の北部に連なる山脈の向こう側に位置する。
神人類と呼ばれる崇拝の対象が存在しているらしく、国自体もその加護を受けていて小国ながら非常に豊かな国なんだとか。
詳細はわかんないけど、この世界にもそう言った宗教的なものが存在しているのか。
「今後とも何卒。ウサギ様置かれましても、神人様のご加護があらんことを。」
「ど、どうも…」
宗教の類いが苦手というわけでは無いが、前世でそう言ったものに触れてこなかった手前こうした対応へのリアクションが少し分からない…
せいぜい年末年始にお参りに行くくらいで、敬虔な信徒でも無かったし…
「おっと失礼。信仰と加護の押しつけはよろしくありませんな。」
あ、すごい。そういう理解のある宗教なんだ。
「…その、神人類?を信仰の対象としているんですよね?神さまなんですか?」
「神人様の御身を拝見できるのは法王猊下にのみ許された特権なのです。我々信徒は法王猊下の受けた神託に従い国を動かしているのです。」
神さまと直接お話しできるのは法王だけなのか。
どんな神さまなんだろ。
ほんの少し考えたところで、私の頭に浮かんできたのは甘ったるい声と定まらない見た目をしたあのディレクター…
…あんなの神じゃ無い。神だったとしても邪神だ。
変な考えを振り払うように頭を振り、ディアル枢機卿に挨拶してその場を去る。
…さすがに少し疲れてきたな。
今日だけで色々な事が起きすぎた。
私は少し一人になるために皆の目を掻い潜ってバルコニーから中庭に飛び降りた。
夜風が少し火照った体を優しく撫でる。
心地の良い夜だな…
中庭からでも会場の賑やかな声は聞こえてくる。
それでも今この場所でなら、誰も私の姿を気にかけることもない。
植えられた木々は森のものとは違ってしっかり手入れの行き届いたものばかり。
それでも鼻に抜ける植物と土の香りが不思議と安心感を運んでくれる。
「……すっかり聖獣になっちゃったな。」
前世ならこんな香りで安心するなんて事無いだろう。
むしろ人の多いところの方が見慣れていて安心していたかも知れない。
それでも今の私はこうして草木のそよぐ音を聞いている方が、遙かに落ち着くのだ。
そんな静かな夜の中庭。
ふと聞こえてきた誰かが口ずさむ歌。
人間の歌なんて聴くのは久しぶりのはずなのに、妙に耳なじみの良い、聞き慣れた旋律。
夜風に乗ってその歌が私の耳に届いてくる。
日本の歌だった。
日本で有名な映画の曲で、とある女子高生が猫の王子を助けて、その国の猫たちからありがた迷惑な恩返しを受けるお話。
ぼんやりとしか見たこと無いけど、何年かに一回テレビでも放送されてて、その曲は良く覚えていた。
何年も聞いていないはずなのに、旋律をしっかり覚えているくらいには…
「―――」
中庭の花々の中。
片手に晩餐会の串焼きを持った少女が咲き誇る花たちを愛でている。
その国の正装をしっかり着込んでいるはずなのに、所々のサイズがあっていないまだ幼い少女。
その少女の姿が、口ずさむ曲も相まって中庭の魔法灯にやけに綺麗に映って見える。
白髪、いや明かりに照らされるその髪色は白銀か。
ご機嫌に歌いながら、串焼きを頬張っている姿は見た目の美しさとなんとも言えないギャップを生み出していた。
「ロベルタ・アラモス………」
「…?」
思わず声に出てしまっていた。
「聖獣様…?」
「あ、えっと…ごめんなさい。晩餐会を抜けてきたら歌が聞こえたものだから…」
「あー…そうなんだ。聖獣様も食べる?」
彼女はそう言って食べかけの串焼きを差し出した。
…仕草こそふんわりしているが、彼女は転生者だ。油断は出来ない。
「………ねえ聖獣様。今って周りに誰もいない?」
「…ええ。」
「本当に?特にファディオス帝国の騎士団長とかいたりしたら面倒だなって。」
「彼がどうしたの?」
「………警戒しないでよ。会長から聞いたよ。あなたの中身が誰かは言ってくれなかったけど。」
こちらが転生者だと割れているのか…
念のため鬼火パサランに魔力を流す。
「…会長とは、何か話したの?」
「俺の騎士団に入らないか、だって。この異世界をクリアするとかも言ってたよ。」
「……それに貴方はなんと答えたの?」
「うっさい、興味ない、終わり。」
彼女は串焼きの最後の一つを食べると大きく伸びをした。
「ついでに貴方のことも言ってた。転生者だから気をつけた方が良い、口車に乗らないように、だってさ。何様って感じ。」
何というか、見た目もあってかなり普通だ。
普通に子供。
言葉遣いや立ち振る舞いは前世もあるので見た目の割に大人びているが、会長からの誘いを興味ないで切り捨てるとは…
「あなたのその面白い姿、絶対大変だったでしょ?」
「えっと…まあ…」
「だよねー。だって見た目マジぬいぐるみじゃん。それでもその姿、今となっちゃ結構気に入ってるんでしょ?聖獣様。」
「…気に入ってるも何も、この姿で生きていかないと…もう前世の女子高生、人間じゃ無いから…」
「でしょ。だからアイツの言葉は何様って感じなの。」
彼女は手に持った串をペン回しのようにくるくると指先で器用に回す。
「もうアイツの知ってる私じゃ無い。川越高校の私も私だけど、今の私はお婆さまの孫娘、ロベルタ・アラモス。ロベルタ・アラモスは川越高校の生徒会の言うことなんて聞かなくていいじゃんね。」
「…ロベルタ、でも転生者は……」
「知ってる知ってる、ってか覚えてる。あのモヤモヤが言ってた最後の一人まで生き延びろってヤツでしょ。そんなの私の知らないところで適当にやって。私は寿命できっちり死にたいから。」
「ロベルタ…」
「私はお婆さまと暮らして、大人になって多分お婆さまの跡を継いで。結婚…は、するかどうか分かんないけど、アラモス家の血筋は残したいしなぁ…まあ気が向いたら結婚して。それから寿命を全うして死ぬ。そのために今剣術をお婆さまから教わってるの。私の手の届く大切な人は誰も殺されなくて済むように。お婆さまが守ってきたものを守れるように…」
彼女は串を剣に見立てて振り回す。
お世辞にも上手とは言えないその動きだが、彼女の口角は常に上がっていた。
「私は、今この世界を生きてるの。」
「……そっか。」
本当は【強欲な殺戮】のことを伝えて協力して貰うべきなのかも知れない。
カワサキの作った転生騎士団は驚異だ。その東の驚異に万全な態勢で備えるためには、転生者の仲間は一人でも多い方が良い。
でも、今の彼女を見ていると、そんな提案は出来なかった。
彼女は今、ロベルタ・アラモスとして、一人のこの世界に生まれた少女として普通に生きているのだ。
転生者ではあるかも知れない。
でもその全ての転生者がデスゲームに巻き込まれる必要は無い。
彼女には彼女の生き方があるのだ。
「そうだ!今度ロスフェルマに遊びに来なよ。知ってる?ロスフェルマの特産品の果実、見た目どう見てもリンゴなのに味がカラシの果物があるんだ!」
「…それ、転生者にとっては避けられない地雷じゃん…」
「だよねー。私リンゴ大好きだったからさー、二年前に超痛い目見た。」
ケラケラと笑う子供。
彼女は、それでいい。
私も何だか、肩の力が抜けたような感覚だった。
「…さっきの歌、好きなの?」
「ありゃ、やっぱ聞こえてた?あの映画私大好きでさ。て言っても、何年かに一回夏にテレビでやるの見てただけなんだけど。」
「私も。」
「日本語の曲だからつい口に出ちゃっても子供の適当な曲って流されちゃうんだけどね。お婆さまは良い曲だねって言ってくれたんだー。」
にこやかに家族のことを話してくれる彼女。
そこには【強欲な殺戮】に縛られない少女の姿があって、私にはそれが少しうらやましくも見えた。




