キャラクタークリエイト
その日は突然に訪れた。
「えー、というわけで、秋の味覚というものを楽しむ心は...」
夏休み明けの始業式。山越高校
校長っていうのは毎月毎月よくもまあこんなにつまらない話をしかも長時間話せるよな。
つまんない連絡の後につまんない話を聞かされるこっちの身にもなってくれ。
見ろ、私たちだけじゃない。同じ職場の同僚であるはずの各先生方まで船を漕ぎ始めた。大人だけ椅子に座れるのはどうしたものなのだろうか。なぜ校長の話は立って聞かなければいけないんだ。
「ねぇ、つまんないしさ、抜け出さない?」
「あり。体調悪いとか言って保健室行こ。」
どこかのクラスのギャルたちがそんな事を話している。
そしてそういう子達は実際に行動に移せるのもすごい。
甘ったるい声で中年の男性教員にさりげなくボディタッチをしながら、一人は体調不良を装い、もう一人はその付添ということで抜け出す許可を勝ち取っていた。
すごいなぁ...
ああいう自分のやりたいことを貫き通せる人が、将来やりたいこととか夢を叶えるんだろう。
もちろん、その行動に正当性がなければ周りも認めはしないが、高校生である今はそのやりたいことを行動に移せるのも立派に能力であり才能だ。
もし、私があの子だったらどういう結末になっていただろう。
「あれ...?ねえ先生!扉開かない!」
体育館の後方で先程の生徒が教師を呼ぶ。一瞬生徒たちの視界が後ろに向くが、すぐに数名は何事もなかったかのようにぼんやりと前を見直した。
「こら、校長先生のお話中だ、静かにしろ...!鍵なんてかかってないだろう...ん?」
男性教員が扉を触ったかと思えば、ガタガタと音を立てて扉を揺らし始めた。
「なんっだこれッ!!鍵はかかってないのにッ!!開かんッ...!!」
力任せに扉を開けようとする教員だったが、その扉から反対側の廊下が見えてこない。
息を切らして扉から手を離し、スーツを整える教師を不安そうに後ろの女子二人が見ていた。
「ハァ...ハァ...ったく!誰のいたずらだ!?後で俺のところに来いッ!!」
「まあまあ、高輪先生落ち着いて。ステージ側の扉なら鍵も無いですから。外階段を歩くことになるけど、二人共歩けそう?」
全校生徒の目にさらされながら、ステージ階段横の外階段口に向かう女子生徒二人。
しばしの脱線があったが、また校長の話に戻るのかとため息を付いたとき。
「...あら?」
女性教員が先程の高輪先生の動きを真似るようにドアノブを何度も回すが、その扉も外への道を阻んだまま微動だにしない。
「せ、先生...?」
「ち、ちょっと待っててね!」
たちどころに情報は教員たちの間で共有される。
一つでも扉が開け放たれていたらそこから出ようという判断にすぐ切り替えることができたのだろうが、生憎外へ通じる道は全て締め切られている。
「やっぱりダメです。窓どころか換気口まで開かない!」
「え、何?」「閉じ込められた?」「ヤバくね」
閉じ込められたかもしれない。
その恐怖は一人、また一人と生徒たちへ伝播していき体育館は徐々にざわめき出した。
「み、皆さん!落ち着いてください!き、きっとたちの悪いイタズラです!すぐに警察に連絡を...」
なんと情けない。
校長までもがその空気に飲まれてしまっていた。
そんな中を壇上横から校長のマイクを手に取って立つ生徒が一人。
「落ち着いて。クラスごとに念のため点呼を。先生方は各クラスが全員この体育館に集まっているかを確認してください。」
生徒会長、川﨑俊。
この学校では異例の二年時点で生徒会入り、三年に上がると同時に生徒会長となった。
「俊…!」「俊先輩…」「川﨑…分かった!各クラスは後ろの生徒から順に数えていくように!」
高校生がその不安を拭うことは出来ない。
だが一瞬にしてその不安に対する対処を見せることで場の空気を少しだけ治めた。
高校という狭いコミュニティの中ではあるが、少なくとも生徒達の中では圧倒的なカリスマだった。
得体の知れない不安に染まっていた体育館が徐々に静かになっていく。
「…クソ…圏外だ。今までこんなこと無かったのに…」
「私の携帯もつながりません…」
教員達がスマホから連絡を取ろうとしていたが、つながらない様だった。
「あらぁ~?もうちょっとパニックになるかと思ってたんですけどねぇ~。」
間の抜けた、子どもとも大人とも取れない声がステージ上部から聞こえてきた。
声の先には体育館用のスピーカー。その上に足を下ろして腰掛けている人...の、様なもの。
人だという判断は、その姿形による判断だけ。灰色のノイズのような黒い靄が人の形に留まっていた。
「な、何をしているッ!!そこから降りてきなさい!そして今すぐ扉を開けなさい!!」
「落ち着いて下さいよぉ〜、高輪先生。生徒の前だからって虚勢を張っちゃってぇ〜。」
笑っている。実際に笑っているのが見えるわけじゃない。そもそも口角どころか表情もない。そこにあるのは一昔前のテレビに映される砂嵐のような人影だけ。
それでも、コイツは笑っている。『笑っているとわかる』
「さぁてさてぇ〜、山越高校の全校生徒、及び教職員、用務員の大人の皆様ぁ、ハジメマシテぇ〜。私はぁ...えっとぉ〜。」
その場の全員の視線が靄に集まる。かなりの距離があって普通に喋るのでは明確に声が聞き取れないハズなのに、ソレの言葉はまるで耳元で話されているかのようにまとわりついてくる。
「んんん〜、よく考えたら私、名前ありませんでしたぁ〜。」
「ふ、ふざけてないで学年とクラス、名前を言いなさいッ!!」
「ホントに無いんですってぇ〜。あと私はこの学校の生徒じゃありませんよぉ〜?あぁ〜でもぉ〜、呼び方がないと皆さん的には不便ですよねぇ〜。そしたらぁ、皆さんの世界に私の役目と同じようなことしてる職業があるのでぇ〜、それを名前ってことにしちゃいますねぇ〜。」
黒い靄は足をぷらぷらと揺らしながらじっとりとした言葉を続ける。
「私のことはぁ〜『ディレクター』とでもお呼びくださいぃ〜」
「で、ディレクター...?」
ディレクターって、テレビとかゲームの製作上にある役職の事か?
確か現場監督とかそういった意味の役職だったはずだけど。
「私の役目は皆さんをこれから送る世界で監視、時と場合によってはサポートすることなんですぅ〜」
「何を意味のわからないことを...!!」
叫ぶ高輪先生を生徒会長が手で制した。
「ディレクター、さん。いいですか?」
「ディレクターだけでいいですよぉ~、川﨑俊くん~。」
「僕の名前は知っているのか…では、ディレクター、質問させてくれ。目的は何だ。」
「はぁ~い。今から説明しますよぉ~。ここにいる皆さん全員にちゃぁ~んと関係のある事なので、しっかり聞いてくださいねぇ~。んっん~。」
靄、ディレクターはわざとらしく咳払いをすると今までの間抜けな声のまま告げた。
「これから皆さんには、こことは別の世界で最後の一人になるまで生き延びて貰いまぁす。」
あまりに荒唐無稽な発言に全員静まり返ってしまう。
私は一人脳内で今までの自分の人生のアニメやゲームの知識を総動員させる。
異世界?転生とか転移、とかいうやつ?何か色々アニメでやってた様な気がするけど、よくわかんない…
「...あれぇ〜?何だか皆さん微妙な反応ですねぇ〜?皆さんが喜ぶと思って別世界への転生にしたんですけど、もうこっちの世界の異世界ブームって終わっちゃいましたぁ〜?」
「い、いや、急に別世界と言われても何もピンとこないというか...」
「さ、最後の一人になるまで生き残るってどういう事!?」
「俺たちは死ぬのかッ!?」
段々と冷静さを取り戻しつつあった生徒たちが次々に質問や罵声を浴びせる。
「皆落ち着いて!必要な情報をまだ聞けてない。」
「で、でも川﨑…!」
「…信じられないけど、もしこのディレクターの言っていることが本当なら、この場で情報を聞き逃す方が危険だ…」
「わ、わかった…」
「俊先輩がそういうなら…」
騒ぎかけていた体育館中の生徒達と大人達はまたしても彼の一言でディレクターの次の発言に耳を傾けた。
「わぁ~お!さすが生徒会長様ですねぇ~。まさに皆の《《英雄》》って所ですかぁ~?」
「…色々聞きたい事は山積みだが、まずは最後まで説明を聞こう。」
「こうして現場を仕切ってくれるキャストはとぉっても助かりますぅ~。」
どういう理屈かは分からない。それでも先程からおよそ現実的ではない現象ばかり起こってきている。
扉に鍵もかかっていないのに体育館から出ることができなくなったり、関東圏の住宅街にあるはずの学校の敷地で電波が届かなくなったり。
このディレクターは、明らかに私たちの理解の範疇を超えている。
それが告げるルールとやらは、まるで私たちの頭の中に直接ペンで書かれるかのように不気味なほどすっと入ってきた。
それはルールと言うより、これから起きることへの説明書のようなものだった。
・この場にいる全523人を異世界に転生させる
・522人が死んだ時点で生き残った1人の一人勝ちとし、ギフトを与える。
・転生先ではランダムな種族の幼体に転生する
・ある程度の成長を遂げたタイミングでこちらの記憶を転生先の肉体に追加で上書きする
・転生時にスキルを3つ付与する。1つは各自ランダム、もう2つは全員共通のものを与える
以上がディレクターから伝えられたルールとやらだ。
「…さて、それでは質問をさせて貰いたい。」
「はぁい、どうぞぉ~」
生徒会長からディレクターへの質問が始まった。
「こちらの世界には戻って来られるのか?」
「最後の一人だけですぅ~。皆さんの体はこの後一度死亡、後消滅しますぅ~。」
「…そうか…じゃあ、異世界で生き残った際のギフトとはなんだ?」
「二つのうち、どちらか一つを選べますぅ~。成功者としての未来を約束されてこの世界に戻ってくるか、向こうの世界で願いを叶えるか。生き残った際にまた改めてヒアリングしますねぇ~。」
「何でもありか…じゃあ最後に、スキルって何だ?」
「それはあなたならきっとすぐに分かりますよぉ~。」
「僕だけが分かっても仕方が無い。ここにいる全員が、今、分かるように説明してくれ。」
「まぁまぁ~、さすが英雄様はお優しいことぉ~。かしこまりましたぁ~。」
再び、ディレクターの説明が始まる。その補足は先ほどと同様に頭の中に直接文字のように届いてくる。
・転生先の異世界では「スキル」と呼ばれる能力に応じた行動や魔法、その他いろいろなことが出来る。
「それではぁ〜、これから転生を開始しまぁす。」
ディレクターが告げて私たちに手をかざすと、急激な頭痛と目眩に襲われる。
どうやらここにいる全員が同様の症状に侵されているようだ。
痛みなんて生ぬるい、文字通り死にそうな痛みが私たちの意識を少しずつ奪っていく。
「…ッ!!!大丈夫だ!!!必ず…最後まで生き残る!!!」
「…♪」
生徒会長のその叫びにディレクターが何かを伝えていたが、一体何人が聞き取れていただろう。
やがて視界が明滅し、私の、現代社会で生きる人間としての人生が終わりを告げた。




