011 エリー・イン・メイド③:ルームサービス
サービスワゴンは二台。一台につき、木製の岡持ちを三つ載せる。
岡持ちは三段重ね、一段二食。計六食の朝食が入る。
ワゴン二台で占めて三十六食分。
配膳の大部分が一階と二階の静養客向けで、例外は二食分のみ。
三階で過ごす当主代理イーリャ・コシノヴァ、それと地下に囚われたミケーレ・アンドリーニの分だ。
これらを全て、エリーとキャスパーで手分けして配膳する。
「ひとまず、お嬢様と捕虜の分は私めが。エリー様は先に二階でお泊りのみな様へお持ちするようにお願いします」
一階の方が楽なのに。
エリーに芽生えた怠け心をキャスパーはお見通しだった。
「バーンズご夫妻やアンドリーニ一家のご様子を窺いたくはありませんか。初めてのお勤めですから、少々手間取っても不問にいたしますよ」
確かに、前々からスペイ・バーンズにはヘーゼルの話を訊きたいと思っていた。
内通者であるヴィトー・アンドリーニにも小まめに牽制をかけていきたい。
二階であれば、ヘーゼルが大事を取って休んでもいる。
見舞いに行けると思えば良い提案だ。
ただ、キャスパーの誘導はどことなく嫌らしい。
「……性格悪いって言われません?」
「お連れ様から事あるごとに」
慇懃な鉄面皮に、少しだけ影が射す。
今の会話の流れからそんな顔を見せられると、エリーはどうにも弱ってしまった。
「二階には分娩中の方が一名いらっしゃいます。水飴と冷ましたお茶のセットは、その方にお持ちください。あまり召し上がる余裕はないかと存じますので、そちらは後回しにしてくださって結構です」
結局のところ、エリーが自由に探りを入れる時間はないらしい。
キャスパーとの打ち合わせを終えて、エリーは岡持ちを三つ、一旦二階に上げることにした。
思ったより軽い。一度に二つ持って行けそうだ。
アルフレッドが寄生しているから、エリーの感覚よりも力持ちになっているのだろうか。
階段を三往復するつもりが二往復で済んでしまった。息も上がっていない。この身体も悪いことばかりではないようだ。
二階に据え置きのサービスワゴンに移してから、各部屋へ配膳に回った。
一階の喧噪に紛れていた、お産のいきみがどこからか聞こえてくる。
「はいはい通るよごめんね」
桶いっぱいの湯冷ましを運ぶ女性が急ぎ足でエリーを追い越していく。
せかせかと突き当りの部屋に入っていくと、扉が開くと同時にいきみが強くなる。
あの部屋で分娩が進んでいるらしい。
分娩中でなくとも授乳中の場合もある。ノックは欠かせない。許しを得て入室する。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
なんて、キャスパーの見様見真似で振る舞ってみる。普段と違う丁寧口調がこそばゆい。
相手がヘーゼルが猶更だ。
見知った仲を良いことに、練習台になってもらおうという魂胆だ。
「おはよ……あん? 何でンな格好してんだ?」
ヘーゼルの心配そうな表情が一瞬で不可解さに塗り替わる。少し申し訳ない気分になる。
「成り行きでございますわ。ヘーゼルお嬢様」
ヘーゼルは身震いして、両腕を摩擦した。
「やめろよ。何かゾクッときたわ」
「そんな……及ばずながら誠心誠意ご奉仕申し上げておりますのに、エリーめは大変心を痛めております」
「マジでやめろ」
オオカミ化までされて、エリーはヘーゼルの迫力の前にすくんでしまった。
「全く、人をからかいやがってよ……。」
「ご、ごめん……」
「ま、夜中に見せた面よかマシになってるぜ」
お叱りトーンから穏やかな気遣い。落差にエリーは苦笑する。
「心配してくれてありがと」
エリーが笑って満足したのか、ヘーゼルは居住まいを正して訊いてきた。
「なあ、夜さ、アルフレッドの野郎に何て言われたんだよ。自分、まだよくわかってねえんだけど」
「後で良い? 朝ご飯を待ってる人が大勢いるの」
もやもやと気配りでせめぎ合うヘーゼルにたたみかけるエリー。
「で、夜食しっかり食べてたけれど、お腹空いてる?」
「んおう、空いてる空いてる。今日の朝飯、何?」
ヘーゼルを煙に巻いて、次の部屋をノックする。
ヘーゼルが相手だと全然練習にならなかったけれど、気後れが薄らいだのは収穫だ。
「あれ、メイドさんなんていたっけ」
静養客が驚くのは当たり前で、反省したエリーは次の部屋から自己紹介を頭に加えた。
「エリーです。しばらくこちらのお屋敷で働くことになりました。朝食をどうぞ」
訪ねる客間の雰囲気は、赤ちゃんが生まれる前か後かではっきり違った。
生まれる前なら期待と不安で半々。
赤ちゃんがいれば幸せ半分、倦怠感と達成感でもう半分。
「ほら、お姉さんがおはようって」
おくるみに包まれる赤ちゃんを抱いて、母親があやすように語りかけている。
エリーが吸血鬼を宿していることは周知の事実となっている。そのため、若干の緊張を孕んでいるけれども。
挨拶を通して、エリーもこの幸せな光景に加えてもらえたような気がした。
特別でも何でもないやり取りだけれど、エリーの胸は温かくなった。
アンドリーニ一家を訪ねる。
案の定、老ヴィトーが身構えたけれども、エリーの知ったことではない。
脅しが効いたのか、一晩経ってヴィトーの表情は心なしか険しくなったようだ。
良い気味だ。エリー殺害に加担した奴なんか、ブラフに踊らされていれば良い。
けれども、ヴィトーの息子の嫁――出産を目前に控えるアポロニアは別だ。
「朝食をお持ちしました」
心からにこやかにトレイを運ぶと、アポロニアが口に手を当てて驚いた。
「まあ、一体どういうことなの? 私、エリーさんのこと、貴族か連邦のお役人だとばかり」
昨晩はシックなドレス姿だったのに、今のエリーは一介のメイドにしか見えない。無理もなかった。
笑って誤魔化していると、アポロニアはほろほろと勝手に盛り上がった。
「あるときは令嬢、またあるときはメイド、しかしてその実体は……。ふふふ、まるで旅芝居に出てきそうな人ね」
その実体は記憶喪失の妊婦で吸血鬼の器です。
できればその芝居がハッピーエンドでありますように。
退室間際にヴィトーに耳打ちし、室外に連れ出した。
「とりあえず、無事に一晩明かせたみたいで、良かったわね」
ヴィトーは唾棄した。
「つまらん演技をしおって」
「何のことかしら。でも、お互いに殊勝な態度を心がけていきましょう、おじいさん。配膳に行かなきゃいけないから、これで」
背を向けたエリーに「待て」と声がかかる。
怪訝な面持ちでエリーは振り向く。
今回の接触は釘を刺し直すだけで済ませるつもりだった。仕事が後につかえている。
また昨晩のように激高されても困るので、無視して次の部屋へ行くことにする。
「次がくる」
ワゴンを止めた。
「いつかはわからん。誰かもわからん。じゃが、諦めとらん」
「……どうやってそれを知ったのかしら?」
「これ以上は言えん。告げ口の中身如何では、そっちの動きも自ずと変わっちまうからの。連中は些細な違和感から勘づきよる。バレれば最後、嫁を巻きこむことになる」
つまりは、ヴィトーなりの殊勝な態度が、今の告白なのだろう。
殺し屋の報復と、エリーのかけた見せかけの呪い。
板挟みになったヴィトーが伝えたのは、エリーに与する真実か。
それとも、恭順を装うためのカウンター・ブラフか。
「私が全員返り討ちにします。全部教えてくれますか」
「ふん。話にならん」
ヴィトーは話を切り上げて客間に戻り、乱暴に扉を閉めた。
エリーに関心を寄せていることがわかっただけでも良しとしよう。
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