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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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011 エリー・イン・メイド③:ルームサービス

 サービスワゴンは二台。一台につき、木製の岡持ち(キャディ)を三つ載せる。


 岡持ちは三段重ね、一段二食。計六食の朝食が入る。


 ワゴン二台で占めて三十六食分。


 配膳の大部分が一階と二階の静養客向けで、例外は二食分のみ。


 三階で過ごす当主代理イーリャ・コシノヴァ、それと地下に囚われたミケーレ・アンドリーニの分だ。


 これらを全て、エリーとキャスパーで手分けして配膳する。


「ひとまず、お嬢様と捕虜の分は私めが。エリー様は先に二階でお泊りのみな様へお持ちするようにお願いします」


 一階の方が楽なのに。


 エリーに芽生えた怠け心をキャスパーはお見通しだった。


「バーンズご夫妻やアンドリーニ一家のご様子を窺いたくはありませんか。初めてのお勤めですから、少々手間取っても不問にいたしますよ」


 確かに、前々からスペイ・バーンズにはヘーゼルの話を訊きたいと思っていた。


 内通者であるヴィトー・アンドリーニにも小まめに牽制をかけていきたい。


 二階であれば、ヘーゼルが大事を取って休んでもいる。


 見舞いに行けると思えば良い提案だ。


 ただ、キャスパーの誘導はどことなく嫌らしい。


「……性格悪いって言われません?」


「お連れ様から事あるごとに」


 慇懃な鉄面皮に、少しだけ影が射す。


 今の会話の流れからそんな顔を見せられると、エリーはどうにも弱ってしまった。


「二階には分娩中の方が一名いらっしゃいます。水飴と冷ましたお茶のセットは、その方にお持ちください。あまり召し上がる余裕はないかと存じますので、そちらは後回しにしてくださって結構です」


 結局のところ、エリーが自由に探りを入れる時間はないらしい。


 キャスパーとの打ち合わせを終えて、エリーは岡持ちを三つ、一旦二階に上げることにした。


 思ったより軽い。一度に二つ持って行けそうだ。


 アルフレッドが寄生しているから、エリーの感覚よりも力持ちになっているのだろうか。


 階段を三往復するつもりが二往復で済んでしまった。息も上がっていない。この身体も悪いことばかりではないようだ。


 二階に据え置きのサービスワゴンに移してから、各部屋へ配膳に回った。


 一階の喧噪に紛れていた、お産のいきみがどこからか聞こえてくる。


「はいはい通るよごめんね」


 桶いっぱいの湯冷ましを運ぶ女性が急ぎ足でエリーを追い越していく。


 せかせかと突き当りの部屋に入っていくと、扉が開くと同時にいきみが強くなる。


 あの部屋で分娩が進んでいるらしい。


 分娩中でなくとも授乳中の場合もある。ノックは欠かせない。許しを得て入室する。


「おはようございます。朝食をお持ちしました」


 なんて、キャスパーの見様見真似で振る舞ってみる。普段と違う丁寧口調がこそばゆい。


 相手がヘーゼルが猶更だ。


 見知った仲を良いことに、練習台になってもらおうという魂胆だ。


「おはよ……あん? 何でンな格好してんだ?」


 ヘーゼルの心配そうな表情が一瞬で不可解さに塗り替わる。少し申し訳ない気分になる。


「成り行きでございますわ。ヘーゼルお嬢様」


 ヘーゼルは身震いして、両腕を摩擦した。


「やめろよ。何かゾクッときたわ」


「そんな……及ばずながら誠心誠意ご奉仕申し上げておりますのに、エリーめは大変心を痛めております」


「マジでやめろ」


 オオカミ化までされて、エリーはヘーゼルの迫力の前にすくんでしまった。


「全く、人をからかいやがってよ……。」


「ご、ごめん……」


「ま、夜中に見せた(つら)よかマシになってるぜ」


 お叱りトーンから穏やかな気遣い。落差にエリーは苦笑する。


「心配してくれてありがと」


 エリーが笑って満足したのか、ヘーゼルは居住まいを正して訊いてきた。


「なあ、夜さ、アルフレッドの野郎に何て言われたんだよ。自分、まだよくわかってねえんだけど」


「後で良い? 朝ご飯を待ってる人が大勢いるの」


 もやもやと気配りでせめぎ合うヘーゼルにたたみかけるエリー。


「で、夜食しっかり食べてたけれど、お腹空いてる?」


「んおう、空いてる空いてる。今日の朝飯、何?」


 ヘーゼルを煙に巻いて、次の部屋をノックする。


 ヘーゼルが相手だと全然練習にならなかったけれど、気後れが薄らいだのは収穫だ。


「あれ、メイドさんなんていたっけ」


 静養客が驚くのは当たり前で、反省したエリーは次の部屋から自己紹介を頭に加えた。


「エリーです。しばらくこちらのお屋敷で働くことになりました。朝食をどうぞ」


 訪ねる客間の雰囲気は、赤ちゃんが生まれる前か後かではっきり違った。


 生まれる前なら期待と不安で半々。


 赤ちゃんがいれば幸せ半分、倦怠感と達成感でもう半分。


「ほら、お姉さんがおはようって」


 おくるみに包まれる赤ちゃんを抱いて、母親があやすように語りかけている。


 エリーが吸血鬼を宿していることは周知の事実となっている。そのため、若干の緊張を孕んでいるけれども。


 挨拶を通して、エリーもこの幸せな光景に加えてもらえたような気がした。


 特別でも何でもないやり取りだけれど、エリーの胸は温かくなった。


 アンドリーニ一家を訪ねる。


 案の定、老ヴィトーが身構えたけれども、エリーの知ったことではない。


 脅しが効いたのか、一晩経ってヴィトーの表情は心なしか険しくなったようだ。


 良い気味だ。エリー殺害に加担した奴なんか、ブラフに踊らされていれば良い。


 けれども、ヴィトーの息子の嫁――出産を目前に控えるアポロニアは別だ。


「朝食をお持ちしました」


 心からにこやかにトレイを運ぶと、アポロニアが口に手を当てて驚いた。


「まあ、一体どういうことなの? 私、エリーさんのこと、貴族か連邦のお役人だとばかり」


 昨晩はシックなドレス姿だったのに、今のエリーは一介のメイドにしか見えない。無理もなかった。


 笑って誤魔化していると、アポロニアはほろほろと勝手に盛り上がった。


「あるときは令嬢、またあるときはメイド、しかしてその実体は……。ふふふ、まるで旅芝居に出てきそうな人ね」


 その実体は記憶喪失の妊婦で吸血鬼の器です。


 できればその芝居がハッピーエンドでありますように。


 退室間際にヴィトーに耳打ちし、室外に連れ出した。


「とりあえず、無事に一晩明かせたみたいで、良かったわね」


 ヴィトーは唾棄した。


「つまらん演技をしおって」


「何のことかしら。でも、お互いに殊勝な態度を心がけていきましょう、おじいさん。配膳に行かなきゃいけないから、これで」


 背を向けたエリーに「待て」と声がかかる。


 怪訝な面持ちでエリーは振り向く。


 今回の接触は釘を刺し直すだけで済ませるつもりだった。仕事が後につかえている。


 また昨晩のように激高されても困るので、無視して次の部屋へ行くことにする。


「次がくる」


 ワゴンを止めた。


「いつかはわからん。誰かもわからん。じゃが、諦めとらん」


「……どうやってそれを知ったのかしら?」


「これ以上は言えん。告げ口の中身如何では、そっちの動きも自ずと変わっちまうからの。連中は些細な違和感から勘づきよる。バレれば最後、嫁を巻きこむことになる」


 つまりは、ヴィトーなりの殊勝な態度が、今の告白なのだろう。


 殺し屋の報復と、エリーのかけた見せかけの呪い。


 板挟みになったヴィトーが伝えたのは、エリーに与する真実か。


 それとも、恭順を装うためのカウンター・ブラフか。


「私が全員返り討ちにします。全部教えてくれますか」


「ふん。話にならん」


 ヴィトーは話を切り上げて客間に戻り、乱暴に扉を閉めた。


 エリーに関心を寄せていることがわかっただけでも良しとしよう。

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