010 エリー・イン・メイド②:お預け食堂
008 監視室の朝④:一つの甘美 というタイトルで割りこみ投稿もしました。
そっちも見てくれると嬉しいです。
食堂に入るなり、ごった返す人いきれに当たった。
大人は食べながら語らい、子どもは食べる合間に遊んでは叱られ、老人は休み休み食べて赤子の面倒を見る。
ラムシング村が一堂に会して賑やかな朝の食卓を囲っているようだった。
「本当におおよそ全員お集まりですよ」とはキャスパーの談。
「基本的に当村の住民は全員一緒に三食召し上がります」
「へえ、みなさん仲が良いんですね」
「おっしゃる通りで。しかし、本当の理由は燃料の節約です」
「節約?」
「パン焼きも煮炊きも暖房も、分散すればするほど多くの薪を燃やさなければなりません。あまり無節操に燃やすのも心証が悪うございます。調理を当家の厨房でまとめて行い、暖房の効いた食堂に集まって食べるようにすれば、薪の消費が最小限で済みます」
「森は豊かそうなのに」
「年々、植林しても育ちが悪くなっていますから」
この国は寒冷化に見舞われている。その話なら、ベア院長の話で耳にした。
「何より料理は一度に大量に作って、大勢で食べると美味しくなるものです」
暗い話題に触れた自覚からか、生活の知恵をエリーへ説明するキャスパーに、どこか茶目っ気を感じた。
キャスパーが拍手を打ち、食事中の村人たちの耳を集めた。
「みな様、おはようございます」
静かになりきる前にもかかわらず、食堂の喧噪を割るばかりの通る声だ。
食堂のそこかしこから、ばらばらと挨拶が返ってくる。
「どうぞ、食べながらで結構です。お聞きください。お食事を終えられましたら、各班長は食堂にお残りください。後ほどイーリャお嬢様をお呼びしますので、その際に畑起こしの進捗、設備、農具その他備品の点検状況をご報告願います。他、緊急のご報告、ご相談等ございますお方も、その際にお話を伺います。ですので、班長と同様に食堂にお残りください。本日も張り切って参りましょう」
おお! 村人同士で鼓舞する掛け声に、食堂が湧く。
ラムシング村の内輪から発散されるバイタリティが、エリーには眩しい。
けれども、昨日の畦道で囁かれていた噂や、奇異に向ける視線の嫌らしさはない。
「さ、食膳の受け取り口はあちらです」
キャスパーの手を取って、エリーは食卓間の通路を行く。
行く途中途中で、村人たちが声をかけてくれた。
「おい、祖霊やらいの英雄様のお通りだぞ」
「へえ、メイドにしか見えないけど? ああ、おはよう」
「おはよう。……なあ、あの子、何でメイド服なんだ?」
「お嬢様が新しく雇ったんかね」
「確か流れ者だったろ。お嬢様も肝が据わってんなあ」
「それで祖霊を退ける腕っぷしだってな」
「吸血鬼が憑りついてんだろ。おっかねえよ」
悪い噂の流れる食卓を避けて、エリーは足を忍ばせる。
けれども、エリーに怯える村人へ詰め寄る者もいた。
「バカ言え。だとしてもバルケティルの倅を助けた立役者だろうが」
「そうそう。ありゃ、吸血鬼の手綱を握ってると見たね」
「へえ、だとすりゃ大した肝っ玉だ。んな娘っ子を引っこ抜いたたあ、さっすが、人を見る目の確かなお方だよ」
エリーの足が軽くなった。
「おはよう嬢ちゃん」
「おはよう……おい、今俺に笑ってくれたよな?」
「ああ……可憐だ……」
「何だ、お前らも狙ってんのか?」
「バカ言ってないでさっさと飯を食いな! ……おはよう。ごめんねえ、ウチのバカどもが」
エリーはつい気を好くして、色めき立った若者たちへ、控えめに手を振った。
誰に手を振ったかで若者たちが喧嘩を始める。母親の雷が落ち、エリーは知らん顔で逃げた。
「おはよう。ご苦労さんだったねえ」
「昨日のご馳走は、あんたのおかげだってなあ。ご馳走さん!」
「おはようございます。わ、おはようございます。ああ、おはようございます……」
受け取り口に行くまでに、目を回してしまいそうな挨拶責めだ。
「お姉ちゃん、おばけ退治のお話聞かせてー」
四苦八苦していると、幼子たちエプロンドレスに抱き着いてきた。
おばけ――祖霊のことだろうけれども、どうしてもエリーは血まみれで夜中に徘徊していた自分を思い出してしまう。
それだと、退治されたのはエリーの方だ。イーリャの本で殴られて。
子どもたちの駄々に翻弄されていると、見かねたキャスパーが助け舟を出してくれた。
「後でね」
子どもたちに目線の高さを合わせて。
「このお姉ちゃん、ご飯もまだでお腹ぺこぺこなんだ」
「そうなの?」
「君たち、ちゃんと残さず食べたかな?」
「うん」
食堂のどこからか「またマメ残したね!」と母親らしき怒鳴り声が上がる。
幼子たちは血相を変えて、怒鳴り声から逃げるように走っていく。
「嘘じゃん」
奇声を上げて逃げる小さな背中に、思わずエリーは笑ってしまった。
ふと、いると思っていた顔ぶれが見当たらないことに気が逸れた。
「獣追いの家の人たちは?」
「昨晩の宴会で召し上がれるだけ召し上がったそうで。朝食は要らないと申し出が」
「ちょいとそこなメイドさん、迎え酒くれない?」
いないと思っていた人からお呼びがかかって、また気が逸れた。
「後にしてください、ミキさん」
しれっと村人の喧噪に混ざってゲッソリとしていたミキを、エリーは軽くあしらった。
「まあ待ちなって。ねえ、キャスパー君。エリーさんのその格好は何さ。まさか身重のご夫人にメイドをやらせるつもりかい?」
「僭越ながら申し上げます。ミキ様はいささか過保護でいらっしゃる。エリー様は祖霊を真正面から撃退なさったのですよ。胎児は吸血鬼の庇護をも得ています。家事労働程度で流れるほど軟弱ではございませんよ」
「けれどもね――」
キャスパーはどこに忍ばせていたのか、琥珀色の酒の揺れる小瓶をミキに握らせる。
その前にミキにぶんどられた。
「うん、そうだね。そうかもしれない」
酒の他を忘れたように、まっしぐらに栓を抜き、一口含む。
禁酒の誓いはどこへやら。エリーは呆れてその場を離れた。
「ソーマ先生、あんた少しは程々ってもんを覚えなよ」と、ミキへの苦言が聞こえる。
「君らはキャスパー君の酒が飲めないってのかい! あ痛たたた……」
「いや、あんたもらっただけだろ」
「それを言うなら『俺の酒が飲めないのか』って相場が決まってるし、振舞ってる方しか言えない台詞なの」
「びっくりだよ。他人の酒で威張る人、初めて見た」
村人たちが寄ってたかってミキをこき下ろす。
彼らのミキ・ソーマ評もエリーと似たり寄ったりらしく、エリーはまた失笑した。
ぞんざいな扱いだ。日常的に尻を蹴られていてもおかしくない。
受け取り口で朝の定食をもらうものだとばかり考えていたエリーだが、キャスパーはその脇のスイングドアを跳ね開けていた。
「どうなさいました? こちらですよ」
招かれるままついていく。従者は別室で食事をするのがマナーなのかしら。
「おはようございます、レンスキーさん。お待ちしてましたよ。こちらへ」
忙しなく厨房を行き交う調理当番の一人に案内されると、朝食を載せた膳が満載のワゴンが二台用意されていた。
「静養中のご家族の分と、病人の分、これで全部です」
「ご苦労様です。さ、エリー様。お仕事ですよ」
「はい? 仕事?」
「こちらのワゴンに積んだお食事を、客間にお持ちします」
エリーの腹の虫が、話が違うと鳴いている。
「え……私、ご飯もまだで、お腹ぺこぺこで」って話していたじゃないですか、キャスパーさん。
キャスパーは額に手を当て、首を横に振り、肩で笑った。
「執事やメイドが食べるのは最後に決まっているではありませんか」
「聞いてませんけれど」
「客間の方々もお腹を空かせてお待ちですよ。私めもご一緒しますので、早くお食事になさりたいのなら急ぐのがよろしいですよ」
ぐうの音が出るのは腹の虫だけだった。
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