028 残党狩りの口づけ②:手前勝手
†
「あら……今、あの人の声が聞こえた気が……」
エリーたちがコシノフ邸に到着した頃だった。
アポロニアがベッドから重い身を起こす。
ヴィトーはぎくりとして「寝ていなさい」とその肩を止めた。
「どれ、わしが見に行こう」
全くあの親不孝者め。
ぶつぶつと愚痴るヴィトーは、背に息子の嫁の苦笑を感じながら客間を出た。
嫁に空耳聞かせるほど不安にさせてどうする。
屋敷で聞いた話からすると、仕事まで失敗したようだ。
今頃どこに逃げたのやら。
客間を出ると、確かに騒がしい。
吹き抜け廊下からエントランスを見下ろす。
件の親不孝者が簀巻きにされて喚くのを、屋敷の執事が運んでいる。
思わずヴィトーは柵から身を乗り出した。
(あのアホ、何でここに! 嫁にバレたらどうするつもりだ!)
「危のうございますよ」
屋敷の仮の主、イーリャ・コシノヴァがいつの間にか近くにいた。
その後ろに縮こまって、吸血鬼を宿したという標的の女がついていた。
心臓に悪い。
ヴィトーはそそくさとその場を辞し、捕まった息子ミケーレの後を追う。
ピッキングツールは常備している。
寝室の錠だろうと牢だろうと破れる自信はあった。
物陰で息を潜め、キャスパーが地下から戻るのを見計らい、即座にミケーレを解放する。
今にも泣きつきそうなアホ息子の頬を挟んで黙らせる。
「黙って聞け。何も言わずに逃げい。アポロニアが今のお前を見たら卒倒するぞ。森にまだ待機中のがおる。そやつらを頼れ。吸血鬼女の追跡があるかもしれん。これを持ってけ」
ミケーレは銀のフォークを持たされて、父と見比べた。
「俺、もう降りるよ、親父」
「何言っとる。お前が言い出したことじゃろが。文句のつけようのない成果を上げて足を洗うと息巻いておった威勢はどこ行った。弱音を吐くな。逃げ足ならお前は連邦一じゃ。仕事を降りるにしても今はとにかく故郷に帰れ。お産には立ち会えさせられんが、人殺しとして立ち会うよりましじゃ」
「標的のあの子さ、身重だったんだよ」
ヴィトーは閉口した。何と因果な。
それを皮切りに、ミケーレは泣き言をぽとぽとこぼした。
「もう俺には無理だ。何もかも吐いて楽に」
「弱音を吐くなと言ったろう。何度も言わせるな。標的の事情がお前と何の関わりがある? ああ? とにかく今は、わしの孫……お前の子のために、立派な親父になることだけ考えい。ここに残ってみろ。孫は人殺しの子になっちまうぞ」
「親父……」
「逃げるしかないんじゃ。腑抜けるな」
ヴィトーの先導で、ミケーレは屋敷を後にした。
客間に戻ったヴィトーは嫁に、気のせいだったと嘘をついた。
†
思い返せば、ヴィトー老人の行動には不審な点がいくつもあった。
なぜ二階の吹き抜けからエントランスを見下ろしていたのか。
ヴィトーがミケーレの騒ぎ声を耳にしたから。
祖霊襲撃の際に、村の部外者である彼が息巻いていたのはなぜか。
狗人たちの警鐘で、森方面に逃げたミケーレの窮地を察したから。
そして、銀を要求して暴れていたのはなぜか。
銀なら屋敷にいる全員に貸し出されていたのだから、ヴィトーも持っていなければおかしい。
騒いでいたのは、銀が手元にないと自覚していたから。
つまり、ミケーレに横流ししていたためだ。
全て、息子の窮地を察し、助けるための行動だったのであれば説明がつく。
「ただ、両者が親子であるなら、不可解なことが一つあります」
キャスパーが消化不良を訴えるように言う。
「ヴィトーとヘーゼル様はご面識がございます。ヘーゼル様は足しげくご賢姉様のお見舞いにお越しでしたので、持ち前の社交性をご存分に発揮なさって、村の外からおいでのご静養者様ご一家ともご交誼を結ばれていました。ヴィトーもその例に漏れません。ミケーレと接触した時点で、体臭から血縁関係が判明していてもおかしくないはずでございます。ですが、ヘーゼル様は何もおっしゃらなかった」
「あ、鼻詰まり……」
エリーだけでなく、ミキとイーリャも同時に声にした。
ヘーゼルの不調は鼻詰まりから始まった。
ミケーレを捕まえる前からずっと鼻が詰まっていたなら、臭いに気づくタイミングはない。
「なるほど。であれば発覚が遅くなったことも納得できます」とキャスパー。
それにしても、内通者と知らずにすれ違ったというのに、何だか拍子抜けする。
エリーは挙手して報告に割りこんだ。
「何なりとどうぞ」
キャスパーの心を読もうと、眉間にしわが寄る。
「さっき言ってた名簿って、キャスパーさんならいくらでも改竄できますよね?」
「ちょっとエリー様」
イーリャがエリーの肩へ手を置く。
その手に手を重ね、エリーはやんわりと下ろさせた。
「私の命にかかわることです。質問させてください」
引き下がるイーリャに「何かあったの?」とミキが声を潜めて訊く。
ちょっと目を離している間に、エリーは見違えるほど骨のある人物になっている。
ミキの目には劇的な成長に見えていた。
イーリャにしても同意見なので、首を傾げるばかりだ。
「どうなんですか、キャスパーさん」
エリーに見据えられて、キャスパーの鉄面皮に感心の色が浮かんだ。
すぐさま表情は元に戻ったが、顎に手を当てて考える素振りを見せながら、用意したように口が回る。
「エリー様のご懸念はごもっともなことです。ご指摘の通り、私めは当家の情報を管理する立場に召し抱えられております。エリー様のお立場を慮れば、お疑いなさるのは当然でございましょう。ご心情を酌まず、手前勝手に開陳いたしました無礼をお詫び申し上げます……しかしながら、無礼なりに事態は既に進行しております。恐れ入りますが、最後までご静聴くださいませ」
捕虜ミケーレの自供には説得力があった。
昨晩、急に訪問した旅人の態度に思うところがあったと、キャスパーは語る。
「アルデンス様は『ここ数日で不自然な連絡や手紙、宿泊客はなかったか』とお尋ねでした。その条件に当てはまるのが、アンドリーニ一家でした」
アンドリーニ一家の不審さを説明するには、ラムシング村の来歴がかかわってくる。
そもそもコシノフ邸の産院利用は、当主ゲセカの発案だった。
この屋敷は開拓用の仮設拠点ながら造りが堅実である。
しかし一方で、入植者が自宅を建てるにしたがって空き部屋が増えていった。
宿にするにしても、ミルズの森を越えた街道沿いには便利な宿場町がある。
第一、ラムシング村は通り抜けできないどん詰まりの村なので、村そのものに用事がなければ来客も少ない。
村に大した魅力もない。
コシノフ邸は一時閑散とし、その収容能力を持て余してしまう。
そこで、空き部屋の有効利用のため当主が打ち出したのが、産院だ。
ラムシング村にはベア・バーレイ修律院長を始め、叩き上げの助産師が揃っていた。
彼女らの力を借りない手はない。
助産師たちの働きが功を奏して、快適な環境で安心してお産に臨めるという評判が徐々に広まっていった。
村が一丸となった努力が実り、今や安産を願う家族が方々から集まる場所となる。
嬉しい誤算もあった。
食いっぱぐれた家族の面倒も見ている内に、産後そのまま一組、また一組と、入植を希望する家族が現れ始めた。
他方、子宝村の名が広まるにつれて、困ったこともしばしば起こった。
その一つが、出産間際での入村だった。
出産間際では、道中でいつ産気づくかなど予測できたものではない。
危険極まりない行為であるとして、ラムシング村は事前連絡と妊娠期間の開示を基本とした計画的な入村を訴えてきた。
『臨月の到着お断り。当村滞在を禁ず』
とハッタリをかましさえしたが、額面通りに非情になりきれる者がいないことなど誰もがお見通しで、無茶な旅程を組む者が後を絶たなかった。
ヴィトーは、急な仕事で家を空けた息子の代理として、臨月間際の義理の娘と共に急遽ラムシング村へ静養に来た客人である。
アンドリーニ一家も、そうした困った来客の一組だと思われていた。
一家の到着は、エリーが来る三日前。妊婦は予定日間際で、駆け込みにしても度を越した無鉄砲さだった。
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